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『ゆめや』
作:夢月こもも



4.本業


【本業】
“うめや”で売っているものは、うめが沙耶に言った通り、古本と中古の家具のみで、店構えの古さに加え、表から中が見通せない怪訝さと、宣伝も一切しないことから、売り上げと呼べるものなどないに等しかった。
だが実際のところ、当時即金で購入した店には、たいしたランニングコストがかかるわけでも無く、本人に尋ねたところで、
「頂戴するありがたい年金で、つましく暮らしております」、
あるいは
「この婆を養っていただけるのでございましょうか? でなければ、余計なお節介でございます」
とでも、慇懃いんぎん無礼な口調で返されるのがオチだろう。

そんなうめに対し、世間には「あんな婆さんにも、きっと裏の商売があるに違いない」とか、「もしかしたら、莫大な遺産を隠しているのかも」などと、まことしやかに囁く向きもあった。
駄菓子屋でもないのに、いつも小学生が立ち寄る場所となっていることも、一部の親たちには要チェック場所として煙たがられているようだが、今のご時勢ではそれも仕方のないことのようだ。

そして喜ばしくないことに、もっと具体的な二つの噂が、だいぶ前から一人歩きをし始めていた。
「“うめや”の商売は世間をあざむく隠れ蓑で、実は“夢屋”が本業。夜見る夢を自在に見せて、その代わり大金をせしめる超能力婆さん」
という説と、
「どんな夢(願い)でも金次第で叶えてくれる魔法使い婆さん」
という説。もちろんどちらも、真実を言い得てはいない。
それらはうめに止めようも無く、風に乗って口から口へと伝わる。妙な尾ひれがついてしまった今では“学校の七不思議”レベルの怪しい話にまでレベルアップしていた。
金の亡者のように言われることは、うめにとってはどうでもいいことだったが、それが沙耶のような勘違いの相談者を呼び込んでしまうことと、それを原因に誤った方法で金を調達しようとする動きだけは、うめには耐えがたいことだった。

ポン太を撫でに来る子どもたちだけは、そんな噂話とは無縁で、うめも心を許して寛容な自分になれる。
その彼らも、年齢が二桁になる頃には、自然と下級生たちと世代交代をしていくから不思議だ。“うめや”を「卒業」した子どもたちは、大人たちの妙な話を耳にしても「そんなの嘘だよ」と鼻で流した。

うめは、世間からたとえどんなことを言われようと、一日も欠かさずにこの店を営み続ける。
果てしない時の流れと思われる毎日の中で、「ここに居る」ことが自分に出来る唯一のことであり、きっとそれが自分の天命でもある、と信じているからだ。

雪深い東北の出身のうめは、東京に出てからはずっと一人で生きてきた。そして田舎の両親も亡くしたはるか昔から天涯孤独な身なのだが、頼りになる相棒のお陰で、救いようの無いほどの寂しさを感じることはない。
小上がりの脇にある、人の腰の高さの電話台――その上と店先のわずかな時間の陽だまりが、ドラ猫ポン太の居場所になっている。
ドライフードの味など知らないこの猫は、化け猫の上を行くくらい長く生きている。灰色トラ柄の毛並みは、さすがにパサついてはいるが、眼光の鋭さはまだまだ健在だ。
今はもう外を出て歩くことはなくなったポン太も、昔は外猫として近所の散歩を日課にし、毎日を自由気ままに楽しんできた。
普段は滅多に鳴かない猫だが、通りを見張っていて、遠巻きに店を見つめ続けるような御仁(本当にうめを必要とする相談者)が来れば、「グゥルゥルルゥゥ……フンギャアー」と、うめに告げるのも一つの役目となっていた。

 佑香が“夢屋”を知ったのは、高校のバスケ部合宿の伝統となっている「交流を深める会」と称した晩のこと。狭い一部屋に各自の枕を抱えた部員全員が集まって、車座になったり、二段ベッドから顔を出したりして大騒ぎした時、先輩の朋子から聞いたのだった。
「さぁさぁ、寄っていらっしゃい、聞いていらっしゃい!」
大袈裟な手振りで、人寄せをする。「聞いた話なんだけどさぁ!」
朋子の性格をまだよく知らなかった後輩たちは、真剣に身を乗り出す。だが、さも興味をそそるように話を始める時はいつもたいして実の無い内容であることを知っている同学年の女子たちは、今回もまったく相手にしない。
「まぁた、朋子の『聞いた話』が始まったー。皆、真面目に聞かなくていいからねー」
 小馬鹿にされた朋子は、鼻を膨らます。
「あー! そういうこと言うヤツには、一切教えてやらないからね! これこそ取って置きの話なのになぁ、勿体ない。――さ、さ、早く! 聞きたい女子だけ集まれー!」
ひと声上がると、佑香と数人の一年生、それと二年生の「付き合いで聞いておきましょうか」という顔の数人が集まり、朋子を中心にひと塊になって耳を寄せ合う。
「よしよし、可愛い後輩たちよ。薄情な三年は放って置いて、この『ともっち先輩』が、まことに有益な話を皆に伝授してくれようぞ〜〜」
と、そこから先は輪の中だけに聞こえるように、小声で話し出した。
「ある町にね、お婆さんが独りで経営している骨董品屋があってね、そのお婆さんって言うのが、なんと! これが、魔法使いでさぁ!」
そこで数人の肩から一斉に力が抜けたのを見た朋子が、慌てて言い方を変える。
「まぁ、最後まで聞きなさいって。そのー“魔法使い”ってのは、さすがにちょっと大袈裟だったけどね、何でもこれが、すっごい念力の持ち主でさー……」
佑香は昔から人一倍好奇心が強く、怖い物好きでもあったから、朋子の口からどんなにまやかしめいた言葉が出ようと、ワクワクした気持ちを抑え切れず、一言一句聞き漏らさないよう集中した。
「……とまぁ、そういうことなのよ。信じる・信じないは勝手だけどね。でもさ、それがもしも本当なら、嘘みたいにありがたい話でしょ? だからね、みんな、よく覚えて置きな。でもさ、あんまり人に言っちゃだめだよ。いざ自分が頼ろうと思った時に、肝心のお婆さんがくたびれ果てて、店仕舞いしちゃっていたらさ、元も子もないからねー」
「それで、その『夢屋』ってどこにあるんですか?」
二年生女子の質問に、朋子は一つ大袈裟に咳払いをしてから答える。
「あれ? さっき言わなかったっけ? どっかの町よ、どっかの。そこがミステリアスでいいんじゃない。見つけた者勝ちってやつよ。ま、風の噂だけどね。だれか本当にその店を見つけたら、絶対教えてよ。あたし、どうしても入りたい大学があるんだよねー」
その夏、佑香の心に「骨董品の“夢屋”」の情報は、信憑性高く刻まれた。
だが、まさかそれが本当に、自分の住む町の隣にあるベッドタウン辻が森の片隅の「古本・古家具の“うめや”」のことだとは、夢にも思わなかったのである。







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