29.大輝の記憶/3
マジで逃げようと思ったら、出来たはずなんだけどよ。オレとしたことが、レジの前でつかまっちまった。
「あんただって――! あんただって、仕返ししてやりたいでしょっ!?」
オレは言ってやった。「佑香にそんなことする必要はねぇ。オレが憎いのはジュンだけなんだから」
「待って! いやだ、待ってよ!」
女のああいう時って、なんか鬼気迫るっつーか、スゲェな。
結局、気合い負けしちまったんだ。
オレをテーブルまで引っ張っていくと、自分の座ってた奥にオレを押し込んでよ、逃げられないように隣に座りやがんの。
それを見ていたのが、店長の言う“平林”って大学生だったんだろ。オレは覚えてねぇけど。
「くっつくんじゃねぇよっ!」
逃げようったって、反対側は壁じゃんかよ。ったく、アイツ。
「ねぇ、プラン2にするから! それなら、いいでしょ!? それなら、あんたの役目はずっと簡単よ。ね、ね?」
……簡単?
簡単って聞いて、ちょっとだけ気持ちが動いたのは事実だ。けど……
「どうせ、ヤベェことだろ? いいよ、もう。オレ、正直なこと言やぁ――」
「なによ。正直なことって」
……カッコ悪くて、言えっかよ。
「……なんでもねぇ」
「言いかけてやめないでよ、気分悪いー。……あのね、プラン2って言うのはね」
ここの店、テーブルごとの仕切りは曇りガラスでよ。
今思えば、オレらの背中側に、なんとなく怪しい気配は感じた気がするんだよな……。けど、アイツは得意げに喋り続けたんだ。
雇った男たちの“仕事先”を潤を変更する、ってな。
成元がジュンを好きなのは見え見えっつーか、だからこそ、そこまで佑香を憎く思ってるんだろ?
けど、ジュンのことを好きなら、なんでジュンを?
女の考えることは、わかんねぇよ。
「ね? もちろん、ジュンが骨折しない程度に手加減はしてもらうわよ。それなら、日野はなんにも手出ししなくていいんだから簡単でしょ? ジュンは出席日数足らずで留年決定。そうしたらあたし、1年浪人しながら、“また”どこを受験するか探って、今度は“ジュンと”同じ大学に入るの。佑香は一コ上のまま、どこへでも行けばいいわ」
……怖ぇな、コイツ。
「お、オメェよ……なに考えてんだよ」
「なんで? いい考えでしょ? これならジュンと佑香の仲は裂けるし、あたしだけがジュンの近くに行かれて、いいじゃない」
「そのために自分から浪人すんのかよ。オレと違って、成績いいんだろ? なのに……オメェ、アタマ、おかしいんじゃねぇの?」
アイツ、オレの言うことなんか聞きもしねぇで、どんどん話を進めやがってよ。
「ね、それで、日野の役目なんだけど」
「オレの役目?」
「うん。さっき、あたしの持ちかけた話を蹴って帰ろうとしたでしょ?」
「……」
……今度は、なにを?
よく見りゃアイツ、結構アイドル系の顔で、肌も綺麗なんだよな。
こんなバカ言ってねぇで、まっすぐ好きな道に進みゃあいいだろうに――なんて、マジなこと考えちまったぜ。
「日野は、さっきあたしの話を蹴ったまま家に帰った。あたしの提案に乗らないで、あたしを置いて帰ったってことにしなさいよ。つまり“ジュンサイドについていい”、ってことよ」
「はぁ? わっかんねぇよ。全然わかんねぇ。何で、オレが――」
「最後まで聞きなさいって。あのね」
グラタンはぐちゃぐちゃにかき回されただけで、少しも減ってねぇんだ。
「狂言よ」
「キョウゲン?」
「あんたがジュンにしたのと同じじゃん。わかんないの? バカ」
……いちいちカチンとくるんだよな。
「バカっつーな!」
「“天下の清廉”にもこんなバカがいたんだ。ごめんね! “バカ”に“バカ”って言っちゃって!」
すぐ近くで、オレのことをバカバカ言いやがって。
サラダのトッピングをフォークで叩いたと思ったら、転がった小さなエビを突き刺して、口に放り込んだ。たいして噛みもしねぇで、飲み込みやがった。
クソ生意気な女だぜ。
「だからね、日野が知っているのは、さっきのところまでにするのよ。明日の朝、多分あの2人、一緒に登校してくるだろうから、日野は先に行って下駄箱で待ち構えててさ。ジュンを呼んで言うのよ。『気をつけろ』ってさ」
「…………?」
「プラン1をあたしが練ってるってことを忠告してやるのよ。日野とジュンの2人で、佑香をせいぜい心配して、守ってやんなさいよ。悪者役は全部あたしが引き受けるからさ」
「それで……どうすんだよ」
「それで? それで、そうねぇ……――あ、そっか……いいこと思いついた!」
アイツの目が天井、床、壁、壁って、飛び回った。
「プラン3を思いついた! これなら、犯罪にもならないし、お金なんかあんたに全部あげてもいいや。そうね、実働3時間くらいで、20万よ。どう? あたしに雇われなさいよ」
「……オメェ、マジ、大丈夫かよ。なにかにとり憑かれてねぇか? 顔、おかしいぜ?」
なんか、異常な顔してんだよ。マジ、怖ぇんだ。
「そうよ、そう! 我ながらいい考え! これなら、学校も、大場も、ジュンも、佑香も! うちの親たちだって、ぜーんぶを振り回してやれるし! あー、なんで最初に思い付かなかったのかな!」
「おい、聞いてんのかよっ? 成元っ」
目の前を飛び回る天使でも追いかけるみてぇに、始終目がくるくるしちまってよ、楽しそうに言うんだぜ?
「あのね、さっきの“ジュンサイド”にプラスして、あたしが家出したみたいに見せるの。……そうよ、日野がジュンに、朝一でタネを蒔くでしょ? それで、あたしは今晩うちに帰らないから、心配した親が……心配、するかな……するでしょ、普通……うちのは、心配なんかしないかな――」
「おい、成元っ!」
呼んでも、返事もしやしねぇ。すっかりイカレちまってよ。
「親がかけなくても、どっちにしろ学校とは連絡とることになるわよね。 で、騒ぎになるでしょ? あんたは軽く名乗り出て『ファミレスに連れていかれた』くらいまで言って置けばいいわ。『話が合わなくてケンカになったから先に帰ったけど、帰り際には、あたしがケータイで男としゃべってた』――とか言えば、ちょっと騒ぎが広がるでしょ? で、朝のタネから芽が出るのよ」
「芽?」
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