25.ふたりとひとり/1
【ふたりとひとり】
森田に聞かれて、大輝の脳裏に昨日の小一時間の記憶が戻る。
「どこまでいくんだよっ」
「うっさいなー。じゃ、そこ」
沙耶は、アゴでしゃくって、目先のファミレスを指した。
「あたし、エビグラタンと、シーザーズサラダ。それとドリンクバーと……あとフルーツサンデーは食後で。――あんたは? 奢ってやるわよ」
「お、オレは……オメェとメシなんか食うかよ」
「素直に食べとけば? お腹空いてるんでしょ?」
「腹なんか――」
だが、腹の虫は正直に返事をした。沙耶にキャハハっと笑われて、ムッとする大輝だったが、渋々メニューに目を走らせる。
「じゃ……マウンテンバーガーでいいよ」
「それと、ドリンクバー追加で」
と沙耶。
「金、大丈夫なのかよ。オレ、ギリ(ぎりぎり)で自分の分しかねぇぜ」
「貧乏くさいヤツ。ねぇ、あたし、アイスコーヒー。早く取ってきて」
「なんで、オレが――!?」
だが、どこまでも強気な沙耶に、気圧されて結局大輝が自分の分のコーラと一緒に持ってきた一杯を沙耶の前に置いた。
「ほらよっ」
「んふふっ、サンキュー」
「話ってなんだよっ、早く言えよっ。オメェとメシ食ったって、うまくもなんとも――」
そこでやっと沙耶が身を乗り出し、テーブルにひじをついた指先で手招きをした。
逆らいつつ、見えない糸で引っ張られた大輝。
「んだよーっ!?」
「あたし、ちょっとお金持ってるんだ」
「金? ……いくらだよ」
「ざっと20万ってとこかな」
「に――20万っ!?」
「しーっ、声が大きいって。バカ」
大輝は、首をすくめて近くを見回した。
夕方の客層は、ほとんどがサラリーマンだろうか。
一人で休憩風だったり、数人で打ち合わせだったり。
「なんで、そんなに持ってんだよっ」
「いちいち、絡むような言い方しないでくれる?」
余裕しゃくしゃくの沙耶と、振り回されている感のある大輝。
「あたしさ――」
そのもったいぶった話し方に大輝は、耳をそば立てた。
昨日のワンシーンを思い起こしていた大輝は、森田が最大限待ってくれているのを感じて、言葉を探す。
「……アイツとは、昨日……帰りがたまたま一緒になって……ファミレスでハンバーガーを奢ってもらいました」
「昨日!? それは何時の話なんだっ!? なにか変わった様子は!?」
と森田。
「別に、変わったところは……それから、時間は、えっと……5時過ぎから居て、出たのは6時ちょっとだったかな――」
「それからどうした? そのあとは――!?」
潤は、目をギロッと剥いて、大輝をいつ制するか窺っているようだ。
森田の顔しか見えない位置の佑香は、手を揉みながら、片足の踵をイライラと細かく踏み始める。
「そこを出たのは、オレ一人で、成元は携帯でだれかと喋っていて、まだしばらくいたんじゃないかと思います」
「だれとしゃべっていたんだ?」
「……わかりません。女――じゃないような感じでした」
「男かっ!? うちの学校の生徒か!?」
大輝は、首を捻りつつ「多分違います」と言い足した。
「で、どんな話をしていたんだ!? 相手の名前は言っていなかったか?」
「オレ、『もう帰れ』って言われたんで、頭に来て、アイツが話し始めてからすぐに出て来ちゃったし……」
「わからないんだな? 他にはっ? 他に思い出すことは!?」
大輝は一瞬潤を見た。そして、「ありません」と返した。
「わかった。で、真山は? 思い当たることって、なんだ!?」
「……僕は、体育館に向かう途中で、日野の前を歩いていた成元を見かけただけです」
「それだけか?」
潤も一瞬大輝に目をやる。その喉がゴクッと動くのを見て
「それだけです。すみません、たいしたことじゃなくて」
と付け足した。
「なんだぁ、そうかぁ……」
天井の隅を見るように仰いだ森田は、
「次! 木田!」
と佑香を呼んだ。走り寄ってきた佑香は、
「あたしは――」
自分から口を開いたものの、やはりうまく話せそうになく、パクッと唇を閉じた。
「知っていることがあるなら、早く話してくれ。先生、気が気じゃない」
と森田。笛をいじる指先の回転がいつもの何倍も速い。
「あの……その……」
佑香は小さく頷いた。
「あの子――沙耶は、見た目は大人しいんですけど、結構気の強いところがあって。……それで、最近はよく男の人から声を掛けられて困るみたいなことを言っていました。特定のストーカーとかじゃなくて、塾の行き帰りとかに、ナンパされやすいって言うか。家出するような悩み事とかは、特に聞いていません。あとは……」
精いっぱい、佑香なりの暗号を混ぜたつもりだった。
キーワードは『男』。まさか自分から沙耶の援助交際のことを告げ口は出来ない。
(ふたりとひとり/2へ) |