21.クラスメイト
【クラスメイト】
週が明けて、9月4日、月曜。授業開始日。
潤にとっては久々の登校だ。全てが新鮮で、懐かしく輝いて見える。
結局佑香には連絡をしないままの週末だった。学校が近付くにつれ、制服の集団に後ろ姿を探したのだが、一緒にはならなかった。
教室に入り、窓側一番前の席にだけ何の荷物も無いのを見てとると、傍にいた男子に聞いた。
「ここ、だれか使ってるか?」
無言で首を振ったのを見て
「どうも。じゃ、ホントに、ここでいいんだな」
と、昨日も普通に来ていたような顔で座った。
その潤を、クラスメイトたちは奇異な目で見つめたり、こそこそっと耳打ちし合ったりしている。
「テメェ、何しに来た?」
突然、頭上から声がした。「よく平気な顔して、戻ってこられたな。てぇした度胸だぜ」
大輝だ。
「何勝手に、座ってんだよ。オレ様の許可なく、学校に来るんじゃねえよ!」
そう言って、椅子の足を蹴った。だが潤は反応しない。
「馬鹿にすんのかっ! 殴られてぇのかよっ!?」
この半年で、精神的にぐっと強みを増した潤。大輝のツッパリは、哀れな遠吠えにしか聞こえない。
相手がおかしいのに自分がそこから逃げ出したことは、とても勿体無く馬鹿げた事――そう整理が付いたからこそ戻ってきた。出て行くなら、それは大輝のほうだ。
「テメェ、マジやんのかっ!?」
胸倉を掴まれた潤は、仕方なく立ち上がった。
半年前はいい勝負だった身長の二人。だが、力仕事と、解放された精神下にいたせいもあってか、いつのまにか潤の目線の方が高く、胸板も厚くなっていた。
見下ろされた大輝は一瞬ひるむ。悔しさに作った拳を振りかざした時、下駄箱に潤の脱ぎ立てのスニーカーを見つけて駆け上がってきた佑香が、大急ぎで教室に走り込んだ。
「やっ、山ジュンっ! 戻ったのね!」
その声に、男二人は視線をチラッと引かれるが、明らかに動揺したのは大輝のほう。握った拳が静止した。
「大輝、何しているのっ! 早速、ケンカなわけっ!? やめなさいよっ!」
飛んできて、間に割って入ろうとする佑香に腕を掴まれた大輝は、パッと身を翻す。
「さわんじゃねぇよっ! カレ氏が帰ってきて、そんなに嬉しいかよっ!」
大輝は佑香を、そして潤を、ぐいと睨みつけた。「こいつがいると、教室の空気がく・さ・るんだよっ! こいつは、必要ねぇ人間なんだよっ!」
「ひっどい……大輝、いつからあんた、そんなこという人間になっちゃったの? 今の言葉、自分が言われたらどんな気持ちがする? どうしてそうやって潤に当たるわけ?」
威勢のいい喋りは、高ぶった感情そのままだ。
「折角、こうして半年振りに仲間が学校に戻って来たっていうのに、そんな歓迎しかできないあんたの方が、よっぽど問題ありでしょっ!」
周りにだれも居ないならば、その背中に抱きついて泣き声を上げたいくらい逢いたかった潤を庇い、今は背を向けている佑香。大輝を睨みつつ、背中に潤を感じている。
一方、その2ショットが、大輝には耐えられない。
「るっせーっ! 目の前で、いちゃいちゃしてんじゃねぇよっ!」
そう叫んで佑香を押しのけ、再び潤に掴みかかろうとした時、「ピッ!」と短く笛が鳴った。
担任の森田だった。いつも首から提げている笛を、口に咥えている。ピリリとした空気が一瞬で変わった。
「おっ! 来ているなっ!」
横顔を見せていた潤は森田に振り向き、無言で頭を下げる。
「真山っ! ちょっと来いっ!」
呼ばれて、教室の後ろから廊下に出た。前から出てきた森田のほうが大股に歩み寄り、潤の肩に手を置いた。
「コイツ、とことん心配掛けやがって……。ばかもんがっ!」
「長い間、すみませんでした。先生にも、部にも、迷惑を掛けて……」
「例のことなら、もう大丈夫だ。ご両親に感謝しとけよ」
森田は胃の前にぶら下げている笛に手をやり、指先でクリクリといじる。「それにしても、一言ぐらい相談しろや。そんなに頼り甲斐がなかったのかと思って、先生は“毛”が抜けるほどガッカリしたぞ」
四十代そこそこの体育教師、森田。薄くなり始めた頭部を気にしている本人にしては、捨て身の冗句だ。
「本当に、すいませんでした……」
「まぁ、半年のブランクはでかいだろうが、また一緒にやるか? ん?」
「えっ!?」
潤の目が輝く。「いいんですか? 俺、またバスケやっても!?」
「当たり前だ。“元気”になったんだからな。その代わり、今の一年は粒揃いだぞ。レギュラー復帰はお前次第だ。やる気があるなら、やってみせろ。今日からだぞ、いいな」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
「もちろん、勉強もだ。出席日数ってのは、この学校じゃ、最低でも全体の三分の二は必要なんだが、お前の場合、今後皆勤できたとしても数日足りないことになる。その分、補修やらレポート提出やら、宿題を山ほど出すぞ。みんなと進級したいなら、歯を食いしばってでもついて来い。大変でも、自分の責任だからな。みんなはもう大学現役合格が目標だが、今のお前はまず卒業へ向けての軌道修正が最優先だ。目いっぱい頑張れよ」
「はいっ!」
固唾を飲んで見守っていた顔、顔、顔。
やがて、山ジュンの完全復帰を、佑香を始めクラスメイト全員で喜び、拍手と歓声が上がった。
「ったく! なんでアイツばっかり――!」
悔しげに廊下で足を踏み鳴らす大輝に、廊下の両側にできていた人だかりが、さっと道をあけた。
その中には、緊張しきったときに出る癖で、メガネのフレームを爪で弾いている沙耶の姿もあった。
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