20.帰宅/4
その晩の食卓は、潤の好物ばかりが並んだ。
親子三人揃っての、久しぶりの夕餉。
無言でバクバクとかっ込んでいた潤だったが、一杯目を食べ終えると箸を下ろし、不意に神妙な顔つきになった。
「なんだ? お代わりなら、母さんに――」と孝。
潤は茶碗を置いて、両手を膝に下ろした。
「ううん、そうじゃなくて――父さん。高校のことなんだけど」
「ん? ……うん」
父も姿勢を正した。「言ってみろ」
「……あんな居なくなり方なら……もう、とっくに退学になっているよね?」
潤は悔しそうに俯いた顔を、ぐいっと上げた。「けど、俺、戻りたい。受験し直しでも、一年遅れでもいいから、どうしてもあの高校に戻りたいんだ! 俺、頑張るから――!」
「……そうか」
夫婦は顔を見合わせた。二人とも、じんわりと喜びを噛み締めるような表情だ。
「お母さんが言うか?」
「いいえ、お父さんから」
短く譲り合い、結局、孝が引き受けた。
「お前の担任の森田先生がな――」
「担任? 俺の……?」
てっきり間違えているのだと思った。「違うよ、父さん。森田先生は、部活顧問だよ」
「あぁ。そうだな。だが、今はお前の担任でもある」
「えっ!?」
「月曜からは、二年三組の教室に行け。窓側の一番前がお前の机のはずだ」
「ほ、ほんと!? 俺、二年に上がれているの!?」
「あぁ。森田先生がな、父さんたちと一緒に校長に掛け合ってくれて、休学扱いになるように手を尽くしてくれたんだ。『戻り次第、いつでも学校に寄越して下さい』って、そう言ってくれている」
「森田先生が……」
「なぁ、潤。先生もお父さんたちと同じ気持ちだったそうだ。特に部室で起こったことが元なのに、先生の耳には入らなかったってことが、すごくショックだったって言っていたぞ。『相談してほしかった』とよ。みんな同じ気持ちなんだ。お前を大事に思っている人間は、みんな……」
潤は、顔中に後悔を浮かべると深くうなだれた。
「父さん……俺、『泥棒の犯人扱いでシカトされている』なんて、弱音を吐くみたいで、嫌だったんだ。それに、だれかに相談したところで、何がどう良くなるわけ無いと思って……」
「それで八方塞がりになって、飛び出したってわけか」
「父さんには、こんな弱い息子だったのかって思われたくなくて――理由を言えば、母さんが泣くと思ったし――」
「あんたはそうやって、いつも優しい子だったわ。昔から……」
と聡子。「でも間違えないで。弱い所もカッコいい所も、お母さんたちは潤のぜーんぶが大事なんだから。ね?」
「俺……心配して欲しかったのかも知れない。携帯置いて行ったのだって、わざと母さんに――」
「わかっている。わかっているわ」
鼻の頭を赤くして俯いた息子に、父が声を掛ける。
「さぁ、これから忙しいぞ、潤。人の倍はやることがあるんだから」
潤が顔を上げるのを待って、目を見つめて言い足した。「みんなに追いつくのはかなり大変だぞ。ヘタすりゃ留年になるかもしれん。だが、もしも勉強でも、それ以外でも、行き詰まったりすることがあったら、今度こそ、一人で悩んだりしてないで、お父さんやお母さん、それに先生や友だちのだれにでもいいから、相談しろ。元気で生きていてさえくれりゃあ、幾通りにだって進む道はあるんだから。な?」
「そうよ。それに、潤なら大丈夫。きっと、やれるわ」
潤は頷き、白い歯をこぼす。
「うん、今度は逃げない。頑張るよ。絶対、頑張る! だから、母さんも研究室に戻ってくれよ。頼むよ」
夫婦は嬉しげに顔を見合わせた。そして聡子も「うん。母さんも頑張るわ」と言った。
「母さん、お代わりっ! ――あ、自分でやったほうが早いや」
スッと立って、自ら給仕をしにいく潤。その背を見て、また夫婦で頷き合った。
|