20.帰宅/3
「お、俺、俺――」
潤はソファーから降りて、床に膝をついた。 「ごめんなさい!」
更に深く頭を下げて、低い声でようやく言えた。
「……心配掛けて、すみませんでした」
その隣に同じく膝をついた聡子が、成長した息子の肩を抱き締める。
聡子が我が子をその腕に抱くのは、いつ以来のことだろう。一緒に風呂に入らなくなってから、もう随分と経つ。
小学校までは、遅い晩御飯を食べながら早口で喋っていた潤も、成長につれて口数が少なくなり、廊下ですれ違う時は、肌が触れ合わないように後戻りされるようにもなった。
親離れ・子離れ――ほんの少し、いつも寂しい感じが否めなかった日々。
急に出て行かれて、それまでの親子関係が全覆された。オーナーから定期的に様子は聞いていたが、母としてはもう潤の必要枠から外れてしまった気がした。
その息子が、逞しくなって帰ってきてくれた。次に出ていくのは、成長に伴った時期であって欲しいと思う。
晴れ晴れとした気持ちで送り出せるような……。
胸がいっぱいになる。
「お帰り……潤。よく帰ってきてくれて――」
そして、懐かしい母の匂いに包まれた潤。
「……引っぱたけよ。母さん。引っぱたいてくれ。でなきゃ俺……」
「そうだ。一発くらい、引っぱたいてやれ。オレの分もな」
と、ニヤついた孝。
「そう?」
茶目っ気を出した聡子。「じゃ、一発だけね」
――パンッ
直前の優しい声からは予想できないくらい、強い平手だった。
「なんで、そんなつらいことがあったって、言ってくれなかったのっ! 一言くらい、相談してくれたっていいじゃない! 何の為の家族なのよっ!?」
必死に涙を堪え、唇を震わせながら怒号する聡子。
両手を拳に握り、互いを互いで励ますように寄せている。
「そんなに頼りない? お父さんとお母さんじゃ、何の役にも立たないと思ったのっ!? 困った時こそ、支えあうのが家族でしょ! あんたがいなくなった一晩、お父さんとどれだけ心配したかっ! 学校で事情を聞いて、見てやれてなかったことを……どれだけ後悔したかっ――」
床に手を着いた。涙をポトポトと落とす。
「生きていてくれて良かった! 死んじゃったりしたら、どうしようかって、怖くて、怖くて――!」
厳しい表情だった孝が、今度は宥め役に回る。
「まぁ、まぁ、お母さん。これで気が済んだだろ? いい音だったものなー。ははっ、痛かっただろ、潤」
「……たいしたことない」
その赤らんだ頬に、聡子は優しく手を添えた。
「潤、気付いてあげられなくて、ごめんね。聞いてあげなくて、ごめん。仕事、仕事って、そればっかりで、全然潤のことを……」
潤は、下唇を噛んで首を横に振った。空気を変えるように、父は賑やかな声を出す。
「さぁさ、風呂でさっぱりしたらメシだぞ! そうだ、久しぶりに、お父さんと一緒に入るか?」
父に肩をぽんと叩かれた潤は、のっそりと立ち上がった。
「い、いいよ。一人で」
「……そっか。そうだよな。じゃ、ゆっくり浸かれ」
「洗濯物、出しなさいよ」
こうして、やっと真山家に日常が戻った。
潤が浴室に入ったのを確かめてから、聡子は受話器を上げた。
「――あっ、静谷さん! 真山です。はい、三十分ほど前に無事――あ、はい。今、お風呂です。……えぇ、この度は本当に……お蔭様で。何から何まで、こちらは教えていただくことばかりで、お恥ずかしい限りです。どうかくれぐれも奥様に……」
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