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『ゆめや』
作:夢月こもも



19.原因/1


【原因】 
「半年、かぁ……」
 『うめや』を後にした潤は、帰り着いた自宅マンションを見上げて呟き、空白にした月日を振り
返っていた。
 去年入学したばかりのクラス分けは、佑香は日野大輝(だいき)と、潤は沙耶と同じクラスになった。
 最初は全てが順調だった。
 バス通学は、朝は佑香と潤のどちらかが遅刻しない限り、いつも一緒だったし、帰りは帰りで、バス停で片方がもう片方を待つようになっていた。
 バスケ部でも、入部当初から上級生に混じり、潤一人だけレギュラー入りさせてもらっていた。
 だが、今年の正月を過ぎた頃から、不穏な空気が漂い始めた。
 最初はそれが、何なのかわからなかった。
 クラスでも、部内でも、何となく周りの態度によそよそしさを感じるようになった。
 気のせいかと積極的に自分から声を掛けてみたが、返事はほとんどなく、そのうち潤が傍に行くと、その場の空気がさっと変わるという流れが、頻繁になって来た。
 バスケのプレイ中にも同じ現象が起こった。今までは花形シューターとして、ボールのほとんどが潤の元に集まったのだが、手を上げてアピールしても、無視されることが増えた。
 何かが大きく変わってしまった。
 だが、その原因が何かわからないため対処のしようもなく、潤は消化しきれないイライラを募らせるようになっていった。
 そんな中、変わらない態度の佑香と喋る朝晩の二十分あまりが、潤の唯一のオアシスタイムとなり、なおさら佑香だけには一切そんな顔を見せないよう、潤なりに頑張っていた。

 ある日、部活帰りのバス停までの道を、佑香が追い掛けて来た。
「ちょっとー! 山ジュンー!」
「あぁ。お疲れ」
 晴れない気持ちで返事をした。「いいのか? あいつらと一緒じゃなくて」
 目の端で確認した後方の女子たちは、明らかに“ひそひそモード”だった。
「いいの、いいの! もうー! あたし、マジ、ムカついてるんだからー!」
「なんだよ。どうした?」
「だって、山ジュンさ! ここんとこ、ずっとシカトされてたじゃん! その上――!」
「えっ!?」
 ……なんだよ、気付いてたのか。
 かっかと湯気を立てていた佑香の顔に、同情の色が差した。
「――ね……あたしは信じてるからね。山ジュンが……そんなやつじゃないってこと」
「そんなやつって? はっきり言えよ」
「ん〜、あのね……」
 佑香は、ぐっと声を潜めた。「すっごく言いにくいんだけど……」
 そうして潤は、その時初めて、自分が校内窃盗事件の犯人扱いをされていると知った。
「あぁ!?」
 寝耳に水だった。「何だって!? そんなの知るか! 俺がだれの――!?」
 無くなったのは大輝の財布の中身だと言う。
「でね……一万円札3枚だけが無くなってたんだってさ」
「わっかんねーな……それがなんで、俺の仕業ってことになるんだよっ!?」
「あたしに怒らないでよ。もっちろん『山ジュンがそんなことするはずないじゃんっ!』って言い返してやったわ。だけど、もうバスケ部の女子全部に回りまわってて、肝心のあたしの耳が“ラスト”だったってわけ。そのだいぶ前から、男子の間じゃ、知らないやつはいないくらい噂になっちゃってたらしいの」
「……そっか、なるほど。……そういうこと、か」
 自分がシカトされていた理由が、やっとわかった。「けど。……俺、やってねぇから」
「あったりまえじゃないの」
 佑香の目の中に疑いはなかった。「大体さ! 学校に3万も持ってくるほうが――!」
「悪ぃ。ちょっと、黙っててくんないか」
「……ごめん」
 歩きながら、それ以上の会話は繋がらなかった。
 やがて、途中でバスを降りる佑香が、降車ボタンを押してから、潤の横顔を窺いつつ声を掛けた。
「じゃあね、山ジュン。明日、学校、ちゃんと来なよ。やってないものはやってないんだから、潤は――」
「わかってるよ」
 遮った潤の声には、他を一切受け付けない気が篭っていた。
「……なら、いいんだけど。こんなことで、落ち込んじゃダメだよ」
 潤は、後ろ髪を引かれるような目つきの佑香を無表情に見送ると、バスに揺られながら再び考え込んだ。
 ……ダイキの財布……3万……――そう言や、確かアイツ…………。
  正月明けの部活練習の合間に、一度だけ大輝から話しかけてきたことがあった。
 ――「オレよぉ、今日の帰りに、ケータイ買うんだ」
 中学、高校と同じバスケ部であるにもかかわらず、あの試合で負けてからというもの、どうも大輝と潤の仲はしっくりといかなくなっていた。
 それが、あの日は大輝の方から喋り掛けてきたことを潤は不自然に感じたのだが、仲よく出来るに越したことは無いと思い、笑顔を返した。
 ――「……へぇー、いいじゃん。どの機種にすんの?」
 ――「もちろん、狙ってんのは最新のやつなんだけどよ、親がマジしょぼくてよぉ。えらそうに「釣りは持って来い」っつう割には、寄越したのはたったの2万だぜ? 『足んねぇよ!』っつってマジ切れしたらよぉ、しぶしぶもう一枚足してやんの。だから今日は財布に“3万”入ってんだ。けど、予算がたったの“3万”じゃあなー。一つ前のでなきゃ買えねぇよなぁ。だろ?」
 ――「んー、どうかな。ポイントとか、割引とか使って、気に入ったのが買えるといいな」
 確かそんな返事をしたはずだ。大輝との接点で、思い当たるのはそのことだけだ。
 ――「おい、ダイキ。昨日、いいの買えたか?」
 次の日の部活で話し掛けると、前日の会話がまるで無かったかのように無視されて、やれやれと思ったことだけは、よく憶えていた。

 佑香を通して“原因”をやっと知った翌朝、潤は昼休みを待って、大輝の机の脇に立った。
「ダイ。ちょっと、いいか」
「……あぁ」
 その返事の陰で、「やっと、お出ましかよ」と小さく聞こえた。

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