17.意識
【意識】
病院のベッドの上で、俊三は人工呼吸器を外してもらいたいと一心に願っていた。だが、もう意思を表すこともできないくらいに衰弱していて、目を開ける事さえかなわない。
耳は少し遠くなってはきているが、聞こえている。枕元で普通の会話がされれば、途切れ途切れでも十分にわかる。自分の延命処置について医師が息子の満彦に掛けた承諾の文言も、さっき嫁が浩司に言った言葉も聞こえていた。
同時に、浩司が息せき切って駆け付け、枕の下に何か入れたのも感じていたし、それが何であるかの説明も、ちゃんと聞き取れていた。
『浩司……お前、あの話を憶えていてくれたのか。ありがとうよ』
そう言いたいのだが、どうにも身体の自由が利かない。
ただ俊三は、浩司が向けてくれた思いやりに、この上なく穏やかな気持ちになれた。
あの夏の日が――六十年以上も前の記憶が鮮烈によみがえる。
あの日、暴漢どもから助け出したのが、密かに憧れていた『小梅小町』と知るや、義兄の犯した罪が自分の責任でもあるような気持ちは、なお一層強まった。
できることなら、その日一日を取り消したい。何度そう悔やんだか知れない。
だが、よくよく考えれば、結果的には無傷で守れたのだし、どんな形であろうと個人的に自分を認めてもらったことの方が貴重に思えてきた。
以前から、兄たちが「町で見かけた」とはしゃいでいた『小梅小町』とは、一体どんなに綺麗な女性なのだろうかと、母のりんや、農道脇の地蔵の顔に重ね合わせては、空想に若い胸を膨らませていた。
その『小梅』とは知らずに見たうめの清らかな美しさは、今でも写真のように、俊三の目に焼き付いている。
あの瞳を思い出すだけで、そのあとのどんな苦労もしのいでこられた。
俊三はその目を、今再び脳裏に思い浮かべている。
ふぅっと気が遠のいた。
『いよいよ……か』
こんなに安らかに死ねるのかと嬉しく思うくらいの静けさで、ふーっと意識が落ちていく。
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