15.ポン太/1
【ポン太】
その後も綾乃は、時折『うめや』に遊びに来るようになった。
うめは、職探しをしていた治夫から時間を決めて綾乃を預かり、一緒に折り紙をしたり、散歩をしたりして、擬似母子のような穏やかな時を楽しんだ。
公園でボール遊びをしていたある時のこと、綾乃が転がったボールを追いかけて、生け垣の中に入っていった。しゃがみ込んで視界から消えたまま、なかなか戻らず、うめは不安になった。
「どうかしたのー!? 綾乃ちゃん、どこー!?」
「うめおばちゃーん、みてー、こんなにちいさいの!」
ピョコンと立ち上がった頭が見えて、ホッとした。綾乃は両手に何かを抱え、ニッコニコの顔で小走りに戻ってきた。
「ほら、みてー!」
見ると、ようやく乳離れしたくらいのまだ小さい子猫だった。ニーッと爪を出して四肢を突っ張っている。
「まぁ、どこから来たのかしら、こんなに小さい子」
そう言って、膝に受け取った。ひと撫ですると、この小さな命は、自転車の荷台の段ボール箱から一匹ずつ植え込みにひょいと投げ込まれたものとわかった。
「この子のお母さんは、この子たちが居なくなったのを知らなかったの。今頃、声を枯らして探し歩いているわ」
「えーっ!? そうなの!? かわいそう、かわいそう! 綾乃、おうちにつれてかえりたい!」」
綾乃は、うめの膝に身体を預けるようにしながら、その子猫に覆い被さり
「いい子ね」
と撫でる。
「……お父さんに伺ってみましょうか。おうちで飼えるかどうか」
「わーい! よかったねぇ、ポン太。おうちの子にしてもらおうね」
「え? ポン太?」
「うん、もうきめたの。綾乃ね、ずっとネコがほしかったんだぁ。いっしょにいたら、お父さんがおしごとのときも、さみしくないもの」
子猫を抱えたうめと並んで歩く綾乃は、『うめや』までの数分を、スキップで弾むように帰った。
だが、綾乃の迎えに立ち寄った治夫はどこか浮かない顔で、ポン太を飼うことにも首を縦には振らなかった。
「今日は……仕事を決めてきました」
「まぁ! それはよかったじゃないですか! おめでとうございます!」
「それが……ホントに迷ったんです。迷ったのですが……」
――『北海道……か』
先に声が響いた。
――『どうする? うめさんには、今言うか? それとも……』
治夫の迷いの中に、なぜそう思うかも読み取った。うめは、一瞬小さく唇を噛み、そして笑顔に戻った。
「綾乃ちゃん、お父さんのお仕事、決まったのですって。冬はすごく寒くて、雪もいっぱい降るけれど、新しいおうちは石炭のストーブで、ぽっかぽかに温かいから大丈夫よ。よかったわね」
「え?」
と治夫。うめは震える口元に精一杯の笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。
「私は……どうしてもここを離れるわけにはいかないのです。神様から、ずっとここで生きていくようにと言われている気がして……」
治夫は、頬を引き攣らせながらも、頑張って笑い顔を作った。
「そうですか。……そうですよね。……うん……うん」
自分を無理やり納得させるように、何度も強く頷いた。ポン太を抱いて大人たちを見上げていた綾乃に目を移し、腰を落としたうめは、
「綾乃ちゃん、よかったら、そのポン太、おばちゃんに預けてくれないかしら。綾乃ちゃんの代わりに、おばちゃんが大事に、大事に育てるから。綾乃ちゃんにはね……」
と頬を撫でながら一瞬遠い目をしたが、また綾乃の視線を真っ直ぐに受け止めた。
「桜が咲く頃に、ポン太によく似た子猫とまた会えるわ。その子が、『綾乃ちゃんのお傍に居たいー』って寄ってくるから、すぐにわかるの。だから春まで待ってみて。今ポン太を連れていったら、新しいおうちに着くまで我慢ができなくて可哀相なの。まだまだ小さいでしょう?」
綾乃はじわじわと滲ませていた涙を拭った。
「わかった……」
ポン太の肉球を何度も撫でながら言った。「ポン太。いい子でいてね。おおきくなったら、おばちゃんのおてつだいするのよ」
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