2.沙耶/2
店の中に響き渡った女子高生らしい花の声。だが、うめのこめかみの奥には、キンと尖った別の声がぐさりと刺さった。
――『結局手ぇ打つんじゃねぇかよっ! 人の足元見やがって、このクソババアがっ!』
同時に目の前をよぎった映像に、うめは苦々しげな表情で眉を顰めた。
(小娘が、危なっかしいことして……)
うめは沙耶の細面の顔をちらりと睨みつつ、無理に口角を上げ、妙に高い声で笑う。
「ほっほっほ。……まやま、じゅん君。よほど大事なお友達なのね」
「あ? はぁ……まぁ」
――『どうだっていいだろ! 余計なこと言ってねぇで、さっさと――!』
脳内に響いてくる沙耶の耳障りな口答えを遮るように、うめは自分の声を被せた。
「それにしても、そんな大金、どうやって工面したの? さぞや大変だったでしょう。お年玉でもコツコツと貯めたのかしら?」
交渉成立と見た沙耶は、口調の変わり始めたうめに注意を払うことも無く、一番身近でお手軽な嘘をつく。
「お金は……コンビニでバイトして貯めました。あの、あたし急ぐんで、今すぐジュンの――」
その途端、うめは表情も口調もガラッと変えた。
「……折角だけどね! あたしゃ、自分を粗末にしたり、売り物にしたりする人間! それに嘘つきが大っ嫌いなんだ! おととい来なっ」
冷ややかに言い放ち、くるりと背を向けたうめ。後ろの土壁にある一メートル四方の小さな襖をさっと開けると、まるで壁にポッカリ開いた穴――のような奥の部屋へ、ひょいと引っ込んでしまった。
「タンッ」とキレのいい音の後は、沙耶一人が取り残された。突然の出来事に呆気に取られた沙耶はその場に立ち尽くす。棒立ちに突っ立ったまま握り締めた札束を震わせ、声を裏返す。
「えーっ!? 今、やってくれるって言ったのに――!」
そこに古い壁掛け時計がちょうど7時の鐘を打った。驚いて飛び上がった沙耶の目の端で、のっそりと動いたものがある。
「ひゃっ!」
いつからそこに居たのか、黒と濃い灰色のサバトラ柄の大猫――ポン太が、尖った歯と口中の紅色をさらけ出して大あくびをしながら、全身の筋肉を伸ばした。背中の毛が逆立って、大きさが倍に膨らむ。
沙耶は後ずさりをしつつ、悲痛な声を出した。
「あ、あの! あのぉー! ホント、すいません、あのー!」
足元に寄ってきたポン太から、目を逸らすことが出来ない。「お婆さん! お金が足りないなら、あとで幾らでも持ってきますから! だから今すぐジュンのことを――!」
だが襖の奥は、静まり返ったままだ。
「アーンッ! もうっ!」
背を箪笥に追い詰められて地団駄を踏む沙耶は、擦り寄ってきたポン太を蹴り上げようとした。ポン太は紙一重でそれをかわし、沙耶の脛に額をこすりつける。
「やだっ!」
大仰に飛び上がった沙耶。
「猫なんか、大っ嫌い!」
と憎々しげに吐く。
そのまま足を踏み鳴らして戸口に向かうと、今度は扉を力任せに閉めて出て行った。吊るされた木切れが何度もぶつかり、「カタ、カタタン」と立て続けに鳴る。
やがて、最初は数センチ、そして三十センチと二段階に分けて襖が開き、やっとうめが顔を出した。
「ポン太、お嬢ちゃんはお帰りになったかい?」
「ニャー」
「ご苦労さん。さ、ご飯にしようかね」
頭をひと撫でしてから、背中をポンポンと叩く。
「あんまりに生意気で、ついカッとしちまったわ。いい年をして、このうめもまだまだだわねぇ……」
「クルル……」
奥に消える老婆と尻尾を立ててついていくドラ猫。その会話は言語以上の周波で成立していた。
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