14.折鶴/3
それから数日後の『うめや』。
「カタン」の音に目を上げたうめは、戸口から眩しく差し込む反射光の中に浮かんだ大小の影に目を細めた。
「いらっしゃいまし……?」
「おばちゃん!」
途端に可愛らしい声が上がり、声の主は真っ直ぐ奥まで駆け寄ってきた。
「あ、綾乃ちゃん!?」
何年かぶりの嬉しさに顔を綻ばせたうめは、ぶつかるように抱きついてきた綾乃を腹に受け止めた。
「声が戻ったのね! なんて可愛い声!」
ギュッと抱き締め、幼い子ども特有のまろやかな匂いに目を瞑った。
「……その節は、どうも、すいませんでした」
気付けば、うめの目先に立っていた父親。「あの時はどうにも気が立っていて、つい荒っぽいことを」
別人のように穏やかな顔を見せてくれた父親に、うめはにっこりと微笑み掛けた。
「いいえ。わたしの方こそ、大事なお嬢さんを勝手に抱っこしていたのですもの。怪しまれても、仕方ありませんわ」
バツが悪そうに一度下を向いた父親が、真摯な顔を向けてきた。
「実はあの晩、不思議なことがありまして……」
聞けば、綾乃に手ぶり身振りで「一緒に寝よう」とせがまれるまま、「そうするか」と久しぶりに一つの布団で肩を寄せ合うようにして休んだところ、その晩、一つの夢の中で綾乃の母を交えた三人が逢えたのだと言う。
「正直、あれが夢だったのかどうか、今でも不思議でならないんです。非常に生々しくて、実際に逢って来たような、そんな感じで。錯覚でも、想像でも、ただの夢でもなく、女房が生きていた頃の想い出が新しく増えたって言えばいいんですかね。アレも、今の俺たちをあの世から見ていてくれて、言いたかったことを喋ってきたみたいでした。綾乃も――な?」
「うん! 綾乃、おかあさんにはじめてあえたの! 綾乃のこと、『うまれてくれてありがとう』って、いってくれた! おかあさん、綾乃のこと、『ずっとだいすきよ』って、ダッコしてくれたの! すっごく、いいにおいだった!」
そして綾乃は、自分の身体に手を回してギュッと抱いた。きっと夢の中で、母にそうされたのだろう。聞いているうめも、その感激を一緒に感じられたようで嬉しくなった。父親が口を挿む。
「そしたら、次の朝、綾乃のやつ、ケロッとして、『お父さん、おはよう!』と起きて来まして。声がまた出るようになったんですよ。まったく――心配掛けやがって、コイツ」
言い合いになってしまった時とは、別人のように柔和な顔になった父親。父娘で合わせた視線にも温かいものが通い合っていた。
「そうですか。それはよかった。本当によかった……」
胸につまされたうめは、そう言うのが精一杯だった。
……私もこんな風に、いつか俊三さんに逢えたら……。
「本当に、何てお礼を言ったらいいか」
と父親。「この子にもしものことがあったら、死んだ女房に顔向け出来ないと思って、あの時は必死でした。今この子がこんなに元気になってくれたのは、白河さん、あなたのお蔭です」
「あら! どうして、私の名前を!?」
心底驚いて、きょとんとした。「私、あの時、名乗りましたっけ!?」
「いや……実は、わたしも少々占いができるもので」
「えっ!?」
目を真ん丸にしたうめの顔をじっと見た後、綾乃の父はプッと噴き出して笑った。「――って、信じました? 診療室に呼ばれた時に『白河さん』と。こちらの住所は、さっき受付の人を拝み倒して教えてもらいました」
気が抜けたうめだったが、やがて誰からともなく笑い出し、最後には三人で腹を抱えて笑った。
「わたしは高原治夫。女房の名は、あなたのおっしゃった通り、芳乃です。いやー、言い当てられた時は、内心本当に驚きました。綾乃の「乃」の字は女房の名前から」
綾乃がスカートのポケットから何かを取り出す。
「これ、おばちゃんにあげる!」
開いた手の平には、赤い折鶴が載っていた。可愛らしい指先で羽を広げると、口をつけてぷぅと膨らませ、綾乃なりに形を整えてから、うめの手の上に置いた。治夫が綾乃の頭をちょんと押す。
「綾乃、『どうもありがとう』、だろ?」
「うん! どうもありがとう! おばちゃん!」
うめは飛び上がりたいくらいに嬉しく思った。こんな気分のよさを味わったのは、あの和尚に認めてもらった時以来だ。
もしかしたら、和尚が言った「いい頃合い」というのは、今のことなのか。
二人を店の外まで見送りながら、あの日の温かな笑顔を感慨深く思い浮かべた。
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