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『ゆめや』
作:夢月こもも



13.東京/1


【東京】
あれからすべてに無気力になっていたうめだったが、しばらくして二十歳になると、泣く泣く親の取り決めた祝言(しゅうげん)(結婚)を挙げ、入り婿を迎えた。
だが、無口が取り得のような夫と、思うことの裏の裏まで読めてしまううめとの夫婦仲はしっくりせず、その夫を戦争で亡くしたことを機に東京へ出ることを決心した。
上京に当たって両親はひどく反対し、次の婿を探すからと説得を試みたが、その時の両親の念はうめを心配するよりも、とにかく跡継ぎを生んで貰わないと困るというもので、うめはその夜、一人こっそりと家を出たのだった。
奥羽本線に乗って半日以上。ようやく東京駅に降り立ったうめは、郷里の景色とはあまりに違う雑多ぶりに度肝を抜かれた。

肩にぶつかってでも自分から割り込んで行かなければ、人波に流されてしまうような混雑した道では、当然多くの念が流れ込んでくる。だが、その感覚はかつて悩まされていたような表裏のあるドロドロのものとは違った。
だれもが今を必死に生き抜こうとしていた時代には、口と心で違うことを思っている余裕さえ無かったのだろう。

――『銀座かぁ。いつも賑わっていていいよな。あんなところに自分の店でも持てたらいいだろうなぁ』
――『遠回りだろうが、少しでも安いなら仕方ねぇ。行って来るか、はぁ』
――『○○通りに行きゃあ闇米があるって聞いたが、まさかガセじゃねぇだろうな?』
――『けっ、しけた財布だぜ。小銭ばっかりじゃねぇか。「次は札の一枚も入っていますように」ってな、神様仏様、しっかり頼むぜ』

飾り気のない“念”の中には、うめが明日の日銭稼ぎを考え出す指針となるものもあった。それらと自分に出来ることとを組み合わせて、やはり易者となることを実行に移した。

多くの人が食べることで精一杯だったその当時に、腹に溜まらない「占い」に金を遣ってもらえるかどうか。
夜汽車の中では不安でいっぱいだったのだが、戦後の混乱の中でも、飲み屋街にはそこそこ裏の商売で成功した小金持ちが集まってきているという情報を“念”の中から掴み、うめはその通りの一角にみかん箱を置いての体当たり営業を始めた。
長年の秋田弁から一日も早くこの地の言葉に変えるために、客待ちの間は、前を通り過ぎる女たちの念を拝借して口真似で練習した。
そうするうちに、やがて最初の客がつく。

「なんだ、女易者か。お前、そんな箱ひっくり返してみみっちいな。どのくらいの占いができるのだか、試しにやってみろ」
年のころは五十代初めだろうか、えらく高飛車な客だった。着膨れしていて、手に入れたものは全部身につけているという風情で、その男がしゃがみこむと、うめに酒臭い息が掛かった。
男は、何の道具も置いていないうめを勝手に手相占いと見て、パーにした手の平を勢いよく目の前に突き出してきた。

――『さぁ、見てみろ。俺様が何の仕事をしていて、今からどこへ行こうとしているか、当てたら弾んでやるぞ』

……こっちゃある人は、リアカーで引いてござっしゃったなんが(何かてっぺ(たくさん)の荷が、じぇんぶ売れたからご機嫌なんだわ。
そこまでは傍に来ただけでわかっていた。リアカーに積んでいた荷物が何なのか、うめはその手首に触れて、手相を見続けるふりで探りにいく。
「何か……白くて、さらさらとした……」
男の顔がぎょっとした。
「多分……お砂糖か、お塩――あ、お砂糖です。全部売れて、よかったですね」
うめの笑顔をじっと見据えてくる。
「まだまだっ! じゃあ、俺がこれからどこへ行こうとしているか、手相を見たくらいで分かるのだったらたいしたものだ。売った金の半分をやってもいいぞ!」
うめは口をキュッと横に結び、大きく首を振った。整った可愛い顔が光って見え、男の顔も緩む。
「半分だなんて。折角お国でご家族が待っておられるのに、賭け事なんかに大事な売り上げドゴ、いえ売り上げを使ってはいけません。簡単に『半分!』と口にしてしまうあたりも気ドゴ、えっと……気を付けられたら、必ずやご家業が伸びますよ。決して賭け事には手ぇを――手を出さないこと。それだけで将来は大丈夫だス……です」
男の口がぽかんと開いた。郷里に帰る前に、懐の温かさに気を良くした弾みで、この通りの裏にあると聞いたばかりの賭博場に行ってみるつもりだったからだ。
「へへっ、何だか、気味悪ぃな……」
そう呻くが、元々キップも、性分もいい男は素直に膝を叩いた。
「よしっ! あんたの腕を信じよう。なまりからすると、あんた東北の人だろ。北に悪い人は居ねぇって言うし。んじゃあ、賭け事さえしなきゃ、俺ん()の将来は大丈夫なんだな? 絶対か? 約束するか?」
「はい、ご家族も健康に恵まれて、幸せな一生ドゴ暮らせます。賭け事さえせねば」
男は満足げに頷いて、腹とベルトの間から財布を取り出した。盗難避けのためか、麻紐で身体に括りつけてあったようだ。その中から札を抜き出そうとする。
「いえ、小銭で結構ダ……です。小銭を全部いただけたら、それで。その分、なにかお孫さんにお土産でも。末のおなご孫さんには……うん、抱き人形がええのでは」
あっはっはと笑った男。
「商売っ気ないんだなぁ。人のいいことしているようじゃ、この東京じゃやってけないぞ。けど、腕は正真正銘、本物のようだな。俺もせいぜい宣伝して歩いてやるから、あんたも頑張れよ。……あんた、名前は、何て?」
「うめ、です」
「じゃあ、美人易者のうめさん、だな。早くみかん箱を卒業できるといいな。じゃ」

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