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『ゆめや』
作:夢月こもも



12.俊三/3


留め置かれた間には、りんが何度か差し入れに来ていたのだが、密かに本家の米蔵から盗んできて炊いた白米の握り飯は、俊三の手に届くことなく、途中で看守たちの口に入ってしまった。
朝から晩までの厳しい取り調べから解放されると、俊三は竹刀で叩かれた背中の痛みから少しでも気を離すために、あの日の『小梅小町』の瞳を思い出した。
……オレが捕まった時。
懸命に父親や警官に食い下がって自分を庇ってくれたことだけでも、俊三には充分嬉しかった。義兄とその仲間の所業だったことは記憶の奥底に仕舞い、うめを守れたことだけを誇りとして、うつ伏せで夜を過ごした。

結局、母親を通じたうめの連日のとりなしにより、白河家からの訴えはようやく取り下げられ、俊三は、「ほれ、帰ってええぞ」の一言だけで釈放された。
大きな村の一番の名家である白河家と、ひとつ置いた小さな隣村の野方(のがた)家。
分家とは名ばかりの妾小屋であるりんの三男とあっては、世間の目もあからさまに違った。俊三がうめを“手篭めにした”という誤報はあっという間に知れ渡り、息子の無実を信じ抜いている母にも、それはどうにもしてやれなかった。

俊三の釈放を泣いて喜んだのはりんだけで、父親からは看守たちの乱暴を上回る酷い暴力を受けた。
「よくも、こっちゃある野方の家の名ドゴ汚したな! 育ててやった恩も忘れて、俺の顔に泥ドゴ塗りやがって! 情けで、めえ(今)まで置いてやったが、もうどうにも我慢ならん。今すぐ、家ドゴ出て行け!」
そして、東京への夜行列車に乗せられた。
まだ俊三の下に三人の弟妹たちを抱えたりんは、どんなに悔しくても、そうとしか生きられない立場だったし、その頃は父親の決めたことが絶対の時代だった。
 もう一度こっそりと作った白米の握り飯を、見送りの車窓から渡したりん。
「こんた白い握りメシは、初めてだ!」
 包みを広げた俊三は、二つのうちの一つをカラカラの口に無理して頬ばると、もう一つを、
「おがっちゃ、食え。だれも見てね内に早く食え。腹、空いてるっぺ?」
 と母のその手に押し戻した。
「俊三! おめは、なんて……」
 涙でくしゃくしゃに歪んだ顔の母に、精一杯の笑顔を見せた俊三。
「オレ、大丈夫んんだどもら(だから)、心配しねで。な、おがっちゃ。いっぺ稼いで送るから、待っててけれ」

それが母との最後。半年後に同じような強姦騒ぎを起こした本家の息子が現場を取り押さえられ、余罪の追及の中で俊三の嫌疑もやっと正式に晴れたのだが、もう、りんが俊三を探し出すことはできなかった。

そして、俊三の東京行きに、もう一人深い悲しみを胸に抱いた女、うめ。
義兄を庇い通した俊三の気持ちを思うと、事実には口を噤んで
「オレは、何もされていね。なんもなかった、あっちゃあ(あの)人はなんもしていね」
と、言い張るのが関の山。だが、会う人ごとにそう言って歩いたところで、相手は好奇の目を向け、聞くに耐えないような「念」を裏に浮かべながら、お決まりの慰め文句を並べてくるだけだった。
それでも、ようやくめぐり会えたと思った男、俊三の疑いをどうしても晴らしたいと、頑張って訴え続けた。そんなうめを両親は家に閉じ込めるようになり、あとで「釈放された」とうめが知った時には、俊三が東京へ出てから、既に数日が経っていた。

その後の俊三。
港で荷物を船から運び下ろす仕事をようやく見つけ、何とか食べて行くだけの生活に落ち着いた頃、戦争が始まった。
焼け野原になった東京で、夫を亡くしたばかりの幸子と知り合い、励まし合ううちに一緒になった。
胸深くにはうめが居たのだが、俊三は、叶わない恋の想い出と割り切り、優しさで幸子を大事にした。
そして幸子の実家の小さな工場を継いだ。婿養子となって「野方」から「平野」へと姓が変わり、必死になって働いた俊三。そうして、ようやく築き上げてきた自分の家庭。
だが、ふとした拍子には静かにうめを思い出した。どうしても思い出してしまった。
もちろん、妻にはついぞ明かしたことのない感情なのだが、幸子は時折垣間見る夫の寂しげな表情など、女心の端で充分感じ取っていた。穏やかな日々を守る為に、ただ口に出さなかっただけのことである。

やがて気持ちと金銭に余裕ができた俊三が故郷の秋田を訪ねた時、りんは既に他界していたし、「兄じゃ」に代替わりしていた本家も、昔の裕福な状態ではなかった。自分の弟妹たちも散り散りになって、行方知らずになっていた。
密かに訪ねていった白河家にも、もううめは居ないと知っただけ。知ったところで、所帯を持っていた俊三には、どうすることもできなかったのではあるが。







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