『ゆめや』(23/84)縦書き表示RDF


『ゆめや』
作:夢月こもも



12.俊三/2


自分たちの住む小屋に来る時の父は、いつも酒に酔っていた。
「わらし(子ども)たちの目のめ(前)だがらっ――」
「逆らうでね! こごから追い出すぞっ!」
ひどい酒乱の父は言い返した母を殴り、一つしかない部屋で、自分の子たちが飯の最中だろうが構うことなく、平然と母を組み敷いた。
俊三たちは兄二人に背を押され、父の“用事”が済むまで外に出された。大雨だろうと、大雪だろうと、ひと塊になって耳を塞ぎながら。
しばらくして出て来た父と入れ替わりに中に戻った時、母子の間に漂う言い様のない空気は、口で言い表せるものではなかった。腫らした顔で「悪がったな。寒かったろ」と俯く母の背を、幼い妹たちは擦って慰めたが、俊三の兄たちは拳を握って、狭い空間の隅に散った。
やがて体格の大きくなってきた男兄弟たちが、父を力ずくで止めようとする動きを見せると、りんは目に力を込め、無言で首を振った。俊三はその狭間に立って、どうしたらいいのかわからなかった。

それを思えば、女を力ずくでどうにかしようなどとはとんでもないことだった。
格闘で荒々しく血が上った状態で受けたショックに呆然とする俊三の頭の中で、勝ち誇ったような義兄の顔と、膝上まで露わになった女の姿とが、めまぐるしく入れ替わった。
「なして……なして、こんたこと……」
力なく呟く俊三だったが、同じ父の血が流れていると思うと、正義感だけで向かっていったはずの自分まで、同罪のような気に囚われた。
 「あの……危ねところドゴ、助けとっただいて……」
 その声に驚いた俊三が振り返り、二人が初めて顔を合わせた。

うめには、歩み寄る時点から、俊三の深い苦悩も、申し訳無い気持ちでいっぱいになっていたことも、筒抜けにわかっていた。苦労の上に苦労を重ね、それでもなおその純粋さを失わずに、今まで頑張り通して来た人間であることも。
そして振り向いた俊三と目が合った瞬間、うめの胸が生まれて初めてのときめきを覚えた。

……なんてめんこい(可愛い)おなごだべう。
うめの可憐さに見惚れると共に、ひと目で自分とは身分違いの育ちであることを知った俊三は、恐れ多さと気まずさですぐに目を逸らすとガバッと膝をつき、土に額を擦り付けた。
「お嬢さま、どうか今のことは……『忘れてやってけれ』とは言えねけど、どうか、どうか……」
必死に義兄を庇う俊三の姿に、うめはそれまで固まらせていた男たちへの概念を改めた。
「おめさん(あなた)は、何も悪くねス」
謝り続けている肩に触れ、見上げた俊三の苦悩をやんわりと消し去るように、ううんと首を振った。「本当にありがとうございだス。おめさんのお陰で……」
俊三の横に膝を着いたうめは、(たもと)から取り出した白い手拭いで俊三の口の血を拭った。うめにとっては、自分と同じ年頃の男とその距離に近付くのは初めてのことで、すぐ傍に感じた息に気恥ずかしくなり、俯いた。
「洗って返すがら」と俊三。
赤黒く汚れてしまった梅の花の刺繍のある手拭いを、遠慮するうめと軽い押し問答の末、俊三は自分の懐に入れた。
その時にも、もう一度肌が触れた。だが、うめの頭の中は真っ白になり、何も浮かんでこなかった。まるで真綿の束に頬を埋めたような――うめには、初めて体験する不思議な感覚だった。
「……御屋敷は?」
俊三の問い掛けに、うめは、そっと西を指した。 
「お送りすど」
言葉少なく歩き出した頼もしい肩に、半歩遅れて付いていくうめ。夕焼けの赤さが胸に沁みた。

やがて心配して迎えに出た父親と護衛に付いてきた下男が、連れ立って歩いてくる二人を見つけ、大声を上げた。
「おぃっ! うちの娘に何しとるっ!」
普段より帰りが遅い。二人の着物に泥が付いている。それだけで俊三は、うめを襲った輩と疑われた。
慌てたうめがいくら違うと言っても、父親は逆上して聞きもしない。下男が呼びに走った警官が来て、俊三はそのまま連行されてしまった。

そして、うめは家から出してもらえなくなり、俊三は留置場に入れられた。
義兄の名前を出すことなど、できなかった。脅しは元より、あとで母のりんまでが父から何をされるかわからないと躊躇ったからだ。
「そりゃ、相手はめんこくて評判の『小梅小町』だ。おめどの気持ちもわからねでもね」
「他でもね(ない)白河家のお嬢さまだぞ! どんた(どんな)処分になるか今から覚悟ドゴしておけ!」
 取り調べの中で、その名を知った。
 ……あっちゃあるお嬢さまが『小梅小町』……小梅ちゃんだズのか。
 以前自分の兄たちの口から聞いた事があった。
 「天女のようだズ」と、赤くなった互いを冷やかし合っていた兄たちの様子を見て、自分もいつか会ってみたいと思っていたのだが、まさかあのような形のめぐり逢いになろうとは。
連日の自白強要に、家からもしも犯罪者が出るなら、本家の跡取りである義兄よりは自分のほうがいいだろうかと、一瞬身代わりになることも考えた。
だが、もちろんやっていないものはやっていない。
どれだけ詰め寄られても簡単には頷かなかったし、強く否定をし続け、事実を明かすことは最後までしなかった。


(俊三/3へ)







アルファポリスへ





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう