『ゆめや』(20/84)縦書き表示RDF


『ゆめや』
作:夢月こもも



11-1.潤


【潤】
沙耶と佑香には虫の知らせが届いていたのか、あるいは強い想いが呼び寄せたのか、二人が逢いたがっている“山ジュン”こと真山潤は、今日ちょうどこの町に帰ってきていた。
リュック一つを背負い、久しぶりに見る町並みや電信柱の一本一本を眺めながら、あと3ブロックも行けば自分の家があるという辺りまで来て、潤は郵便ポストの下に目を留めた。
「あれ? ネコじゃん。――お前、随分でかいなぁ。もしかして、狸? なぁんてな、ははっ」
住み込みで働いていたペンションには、シルバーと言う名のシベリアン・ハスキー犬がいた。
一見すれば“強面(こわもて)”のシルバーの力はもちろん強いものの、オーナーの命令をよく聞く、従順で大人しい犬だった。潤はそのアイスブルーの澄んだ瞳を何度見つめながら、自問自答してきたことか。潤が立ち直れたのは、ある意味あのシルバーのお陰もあっただろう。
そして今、手を伸ばした先の大ネコ――ポン太の瞳は薄緑色、瞳孔は夕陽を受けて糸のように細くなっている。
「動物の()は、いいよな。濁りがなくて」
てっきり逃げられるものと思ったが、そうっと差し出した潤の手に撫でられるままになっているポン太。首の力も弱々しい。
「どっか具合でも悪いのか? 大丈夫かよ、お前」
 年季の入った皮の首輪を外してみた。ポン太はその間も無抵抗で、押したらそのまま横に倒れてしまいそうなほど、フラフラと頼りない。
裏にかすれ切った文字があり、かろうじて「うめや」と読めた。その横に電話番号が記されている。
「待ってろよ」
 携帯のない潤は、近くのコンビニを探し、公衆電話から掛けてみた。「あ、もしもし、『うめや』ですか?」
 電話に出たのはうめ。潤からことの経緯を聞くと、簡単に言った。
 『申し訳ないけれど、ここまで連れて来ていただけないかしら』
「あのー、『ここ』って言われても」
 ポン太の居場所だけ告げるつもりだったのだが、それでも「お願いします」と頼み込んでくるしゃがれ声を、かなり高齢だと潤は察する。
 ……しょーがねぇっか。
「わかりました。じゃ、すぐ連れて行きますから」
番地を聞いてそれほど遠くないだろうと思った潤は、『家出のトータル時間がもう少し更新になるだけか』として、店の前まで出て居てくれるようにうめに頼んでから、通話を終えた。
 急いで戻ると、ポン太は潤が横たわらせたそのままの姿勢で、目も閉じていた。思わずぎょっとしたが、息はあった。
「よかった。待ってろ、今、お前の家に連れてってやるからな」
 そう言ってポン太を抱きかかえて歩き出した。ずっしりとして重い毛の塊のような身体は、潤の両腕の中でぐったりとしている。

「この辺りかなぁ」
 小学6年の時に今の家に越してきた潤は、『うめや』を知らない。裏路地のような細い道を覗きながら、一旦は通り過ぎた。
「ん? 今、何か……?」
 戻ってみると、地蔵のように立って居る老婆が目に入った。潤はペコッと頭を下げた。







アルファポリスへ





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう