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『ゆめや』
作:夢月こもも



10.うめ/2


和裁や茶道など、習い事の行き帰りには、年頃のうめに声を掛けてくる者も少なくなかった。だが、指先一本でも肌が触れれば、その男の皮膚の下の焼け付くような欲望がうめのなかで鮮烈な映像となり、一瞬のうちに目の前を覆う。だから、肩や手に触れられただけで、引き付けそうになるくらい驚いた。
男たちの内と外とで、何と見せるものの違ったことか。何気なく置いた手を、腰も抜かさんばかりに驚かれた男たちの方は呆気に取られるのだが、それがうめの身の堅さを語る物種となり、返って男たちを面白がらせることになってしまった。
ある男に手首を掴まれた時は、
「大事にするス。小梅ちゃんだけだ」
と、口では言いながら、
『だエ(誰)が一番先に、うめドゴ落とせるか』
と、仲間内で小銭を賭けている裏が見えた。
またある男は、さも丁寧な言葉で口説きながら、
『勿体つけんじゃねぇよ。おめも所詮はただのおなごじゃろうが。え?』
などと呻く声が、頭の中に響いたりした。
そうして自然と「男は怖いもの・汚らしいもの」と、うめの中で位置付けができてくる。見たくないものまで見過ぎてしまううめは困り果てた挙げ句、必要以上に男を敬遠し、簡単に触られることのないよう距離を取ることで、己の身を守るようになった。

十代も後半の心のうちを正直に明かせば、うめも一人前に恋の一つもしてみたかった。だが、隠し通してきた不思議な力が、「恋をする、人を好きになる」という無防備で浮ついた心の状態にあっては、どうにもコントロールが利かなくなることも合わせて知った。
男の背中や肩幅に色気を感じると、途端に力の暴走が始まる。それは体調が悪いときに起こる現象と同じだった。一度そうなると老若男女も人数も問わず、四方十数メートル内の“雑念”が、同時にうめの頭の中に飛び込んできてしまう。

その時も、書の稽古途中からひどい頭痛に襲われていた。早く帰って横になりたいと思い、早々に後片付けをして家路につく。

――『……昨日よぅ、俺よぅ』
――『んだかっ!? そりゃあ、おめぇ――』
――『黙ってりゃ、わかんねぇべさっ。返すこたぁねぇ――』

多数の念が塊となり、うめを目掛けて飛んでくる。まるで数台のトランジスタラジオが頭の中にあって、それぞれが最大音量で別チャンネルを勝手に受信してしまうかのような状態だ。
うめは頭を抱えながら、小走りで乱情報の濁流から抜け出ようとする。その姿を見つけたお使い帰りのお糸が、追い掛けてきた。 
「うめちゃーん! 村まで一緒に帰るっぺ!」
「あ、お糸ちゃん……」
 だが、手を振るお糸の笑顔の下にある本音が、うめの脳裏を引っ掻いた。
――『今日も気取っちゃって。おめ(あんた)と着物さえ取り替えりゃ、このオレ(あたし)だって』
うめの顔から、ほっとして浮かんだ笑みが一瞬で消える。

二人に合流してきたのは、村外れの小屋に育ったおたか。
「あー、オレも入れて!」
――『うめと一緒なら、なんがお余りドゴもらえるかも』

その三人の娘たちと、町の警官がすれ違った。
「おや、三人さん、お揃いでー。今、お帰りだが? 気をつけてなぁ」
――『こんた若いおなごとヤレればなぁ。三人一編ってのもさぞかし面白かろうな』

村境を越えると、家に時折顔を見せる貞二の女房と会った。
「これは、うめお嬢様。おおど(お父)様にはお世話になって。これがらなんとが(どうぞよろしく)お伝えけれまし」
――『ふんっ、オレんとこの借金の(かた)に、おめど(お前)のおど(父親)がオレに何したか知ってんのかっ!? ぬくぬく育ちやがって、出来るもんなら、今すぐ刺し殺してやりてゃっ!』

畑を貸している村のお小姓が、声を掛けてきた。
「まぁ、お嬢様、今日も綺麗なお着物で」
――『あんな屋敷、オレらの米で建てたのでネか! 雷でも落ちて燃えちまえっ! なんなら、ちっとオレが火ぃ点けてやっか!』

そして、うめはいつも何かに怯え、深呼吸もできないような気持ちから抜けられなくなった。

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