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『ゆめや』
作:夢月こもも



1.うめや


【うめや】

 都心から西に位置したベッドタウン“辻が森”という街の外れ。
 通りから奥路地に一本入った場所に、小さな古本屋があった。
 名は『うめや』。今年八十五歳になる白河うめが、空き家を買い取って商売を始めてから、もう五十年以上になる。

 だが、瓦屋根の上で長い年月雨ざらしになった看板の墨文字は、店の名を知る者にだけ何とか判別出来るほどで、商売っ気などまるで無い。
 かろうじて民家と一線を画すのは軒先に紐で吊るされている細長の板切れで、こちらだけは毎年新たに書き直されていた。
「古本有り□」「古家具有り□」
 時折「カタン」と戸口にぶつかるそれは、風の強さと来客を告げるチャイム代わりとなっている。


 近所付き合いを極力避けてひっそりと生きてきたうめにも、ホッと心和む時があった。
 毎日下校時にはわざわざこの奥路地にまで入って来る小学生たち。

「せーの……フルホンしかく! フルカグしかくの、うめバアさん!」

 壁掛けの振り子時計に「そろそろ……」と腰を浮かせていたうめ。
「そら来た!」
 と浮き浮きした足取りで店先に顔を出す。

「おかえりなさい。みんな」
「ただいま!」
「ただいま!」

 うめのゆったりした出迎えに、けたたましい声がこだまする。

「ポン太!」
「ポンちゃん、ただいま!」

 子どもたちが待ち構えているのは、うめの後ろからピンと尻尾を立てて現れる大猫のポン太。
 十数本の手が一斉になでまわすのも、いつものこと。
 目を細めてされるままになって喉を鳴らす黒サバ柄は、風格たっぷりの老猫だ。

 その間うめは見知った顔を見渡し、一人一人の肩に手を置くのが常だ。

「今日の給食は美味しかったでしょう。瞬君の大好物だものね」
「広大君、今日のテストはよく頑張ったこと。思った通り、やれば出来る人なのね」

 口に出さないことも、うめは的確に察して優しく声を掛ける。

「あら、しおりちゃん? 何だかいつもの元気が無いけど――」

 唇をキュッと結んだふくふくの頬を皺の深い手の平で温め、そっと上を向かせた。

「心配しなくても大丈夫。おうちに帰ったら一番に『今朝はごめんなさい!』とお謝りなさいな。お母さんもきっと怒り過ぎたと思っていらっしゃるはずだから」

 やがて戻るあどけない笑み。

「そうよ。そのお顔が一番」

 独り暮らしの長いうめには、街の子全員が孫のように思え、かわいくて仕方がない。
 こうした夕暮れ前のひとときが、毎日のささやかな楽しみとなっていた。







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