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黄色いレインコート麗子 作者:ジュゲ
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第八話 少女

 夏休みが近い。
 梅雨明け宣言も間近で雨も降らない。
 僕は焦っていた。何を焦っているかは自分でもわからない。
 テストの結果は散々。
 何をどうすればここまで下がるのかと驚くほど。

 彼女はあの日から臭わなくなっていた。
 気のせいじゃなかったようで、彼女の隣の席にいるヤスが
「最近シカコ臭くないな、どうしてだぁ?俺のテイステヒングががが」
 と気持ち悪いことを言っていた。
 ヤツは匂いフェチを自称しているぐらいだから多分当たっている。自分より信用出来る。どうして彼女がそうするようになったかは話も出来ないのだからわからないままだけど。変に勘ぐらないようにしている。内容が内容だけに下手にクラスの女子に聞くわけにもいかないし。迷宮入りは確実。

 挨拶は毎日しているが彼女に変化はない。
 絶望的だ。
 このまま夏休みになる。
 何のとっかりもない。
 といっても、とっかかりが出来たとしてどうしたいのか自分でもわからない。ハッキリしているのは、彼女がどうして雨に日にあの姿なのか、なんであそこに立っているのか聞きたい。物凄く知りたい。気になって仕方がない。というだけだ。

「どういうことですか?」
 母の顔は赤鬼のようだった。人間ここまで赤くなれるものか。
「ごめんなさい」
 期末テストの結果で怒られるとは思ってはいたが、よもやここまでとは想像もしていなかった。何せここまで落ちたのは初めての経験である。
「今からこれじゃ受験が思いやられます」
「はい」
「はい、じゃない」
「大丈夫だよ。今回ちょっと身が入らなくて。次はちゃんとやるから」
 これで済むと思っていた。
 だって僕は勉強は嫌いな方じゃないし、今までサボったこともない。これといって出来る方じゃないけど、自分なりに能力というものをある程度見通してはいた。だから今まで期待に沿わなかったこともなかった。
 ただ、母はそう考えていないようだ。
「次ってあなた、受験に次はないのよ?」
「いや、あるでしょ。それにこれは受験じゃないし」
「内申に影響するでしょ。無関係じゃないのよ」
 母はどうしてここまで狂ったように食いつくんだろう。
「わかるけど、しょうがないじゃない」
「しょうがないじゃ済まないのよ。お母さんね、これまで色々な人を見てきて、転がり落ちる時ってそういうものなの。ちょっとしたキッカケから、気の迷いから始まるの。そういうものなの」
 いつになく真剣に言っている。
「うーん・・・先生が言ってたよ。過去は過去。お母さんの言うその人はその人。僕は僕。似ているのと、そのものは大きく違うって、それに・・・」
「・・・お母さんね、今だから言うけどあの先生あまり好きじゃない。なんか全てをお見通しみたいな感じでさ。社会も知らないのに。あの先生って一度も会社に務めたこともなく、ずっと塾やってるんでしょ?そんな一介の習字の先生に何がわかるっていうのかしら・・・」

 その瞬間、
 僕は経験したことがない、
 得たいの知らない憤りが湧き出て、
 全身を包むのを感じた。

「おい・・・なんだって。一介の習字の先生?じゃー・・・てめーは世間をどの程度知ってるって言うんだ。舐めんじゃねーぞ。てめーに先生の何がわかるんだよ。ふざけんなババア。テストぐらいでギャーギャー喚くんじゃねーよ」
 余りの怒りに左腕がガタガタと震えている。
 こんなことは初めてだ。
 母が今まで見たこともない恐ろしい表情を見せると僕はリビングを飛び出していた。何か叫んでいるようだったが記憶にない。部屋に閉じ籠もり鍵をかけ夕食になっても出なかった。
 母に裏切られたような気がした。
 何をかはわからない。
 でも、僕はこれまでちゃんとやってきた。これまで築き上げてきたものな何だったのか。そんなに僕は信用におけない人間なのか。母が急に遠い存在に感じ、自分が無価値に思え何時の間にか泣き、そのまま寝てしまった。

 その日、僕は夢を見た。
 黄色いレインコートを着た子供が幼稚園の前にいる。
 雨は酷いもので、中から帰りとおぼしき園児達が楽しそうに親と出て行く。子供の頃、僕もああだったらしい。雨がどこか特別なイベントに感じワクワクした。
 その人影は次第に減っていき、遂に一人だけ取り残された。
 彼女は黄色いレインコートを来ている。
 ゆらゆらと身体を揺らし、
 俯き、
 泣きもせず、
 騒ぎもせず、
 鼻歌まじり。
 園内の電気が消え、職員がいなくなっても一人門前に佇んでいる。
 雨は一層強くなりその姿が霞んでいく。
(くっそ、どこのクソ親だ。早く迎えに来やがれ可哀想だろうが)
 僕は彼女が気になって帰ることが出来なくなっていた。
 雨脚が強い。
(僕が連れて帰ろうか?・・・でも、それじゃ誘拐になっちゃうな・・・通報されるかも。職員さんに・・もう帰ったか。てか、なんでまだいるのに帰るんだよ。信じられねーな)
 雨が凄い。
 滝のようだ。
(ああ彼女がもう霞んでよく見えない。迎えが来たのかな?いや、まだいる)
 辛うじて薄っすらと雨のカーテンの向こう側に黄色いレインコートと傘らしきものが見える。
 更に強くなった。
(ダメだ危ない。これ以上降ったら危険だ)
 僕は意を決して歩みよる。
(通報するならしやがれ、十代を舐めんな)

 いない。

 女の子がいた場所は濁流が流れている。
 しばしばテレビのニュースで見るアレだ。
 骨が折れ反り返っている黄色い雨傘が門にひっかかり、
 黄色い長靴が片方だけ落ちていた。

(流されたんだ)

 全身から血の気が引く音が聞こえた。
(どうして僕はすぐに歩みよれなかったんだ。
 僕が殺したも同然だ。いや、違う。
 どうして親は迎えに来ない!?
 どうして職員はあの子を置いて帰れる!?
 なんでだよ・・・
 クソだ、
 どいつもこいつもクソだ、
 最低のクソったれだ)
 全身がずぶ濡れになるのも構わず膝をついて蹲る自分が見える。
 雨は降り続けている。

「え?」

 泣いている自分に気づく。
(夢か・・・良かった。なんだあの夢。変なの)
 のろのろと起き上がる。寝間着に着替えていない自分を見てようやく昨日のことを思い出した。ガン泣きだったようで目尻がびしょ濡れ。
(でも、夢で良かった・・・)

 外を見ると雨が降っている。
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