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黄色いレインコート麗子 作者:ジュゲ
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第八十一話 再会、そして別れ

 ここはどこだ?
 見覚えがあるような景色。
 なんだか懐かしい感覚が蘇る。
 そう遠くないのに。
 どうしてか思い出せない。
 でも悪い感じはしない。
 見ると自分は濃紺のスーツかジャケットのようなものを着ているようだ。
 リクルートスーツなのかな?
 そういえば来年は三年か。
 どういう存在の設定なんだ。
(設定・・・ああ、これは夢だ)
 僕には特殊な能力があって、これが夢であることの自覚が出来る。
 ここ数年は慣れたもので、多少の誤差はあれど、割りと始まってすぐに気づく。最近は特に気づく速度が上がっているような気がする。
 手には黒い傘。
 一般的なジャンプ傘のようだ。
 雨が降っている。
 結構な降り。

「あ!」

 思い出した。
 身体が震える。
 正面に幼稚園。
 あの夢だ。
(ミイちゃん・・・)
 僕の目は門前に向いた。
 雨が強くてよく見えない。
 目を凝らすと次第に鮮明となる。
 黄色い雨合羽の幼児。
(ミイちゃん・・・見れた、もう一度見れたんだ・・・)
 良かった。
 もう二度とないと思っていた。
 心臓が激しく動悸。

 もし、万が一、今一度会えたら、どうすべきがずっと考えていた。

 何時ものように園児たちが出てくる。
 帰るよう。
 園児たちが好奇の目で彼女を見る。
 いつの間にかいる顔の無い親たち。
 陽炎のように揺らぎ、各々の園児たちの手をとる。
 皆に注目され気まづそうなミイちゃん。
 誰も声をかけない。
 その彼女の下へ僕はゆっくりと歩み寄った。
 彼女は僕に気づくと驚いた風もなくニコリと笑った。
 まるで来ることがわかっていたかのようだ。

「ごめん、待ったよね・・・」

 しゃがみ、彼女の目線になる。
「やっぱり来てくれた」
 ミイちゃんは照れくさそうに笑った。
 その様子を少し遠巻きに見ていた顔のない先生方は安堵の様子を浮かべ園内に戻っていく。親と勘違いしたのだろうか。
(彼女らなりに気にはしていたのか・・・)
 それまで風に煽られてざわめく木々のように彼女を見て噂していた園児たちは、途端、何やら羨ましげな声をあげ、次の瞬間には興味を失ったようで親に連れられ三々五々散っていく。
(恐らく僕が若いからだろう)
 自分が子供の頃に両親の若い老いているというのは何故か気にしたことを思い出した。友人のトガシは自分の母親が皆より一回り以上あり、それお気にしていた。学校で声をかけた母親に対し無視。僕は彼に怒った。ヤツのお母さんが悲しそうな顔を浮かべたのが思い出される。

「ミイちゃんさ、君がもし良かったら・・・」

 僕は決めていた。
 彼女を引き取る。
 夢なんだから逮捕されないだろう。
 百歩譲って逮捕するなら逮捕すればいい。
 彼女が寂しい思いをしないで済むのなら。
 夢だからこそ出来る。
(ま~夢なのに思った通りに展開したことないけどさ)
 僕の養子にしよう。
 そう思っていた。
 結婚はおろか、彼女もいないけど、いいじゃないか、夢なんだし。
 助けたい。
 シングルファーザーでいい。
 きっとこの子はいい子だよ。

「あ・・・」

 まるでプロポーズを待つように期待に震わせた表情を見せていた彼女だったが、声を上げると明後日の方を見る。その声は、今さっき以上に輝いた声に聞こえた。
 釣られて見上げると大人の女性が立っている。傘をさした二十代前半とおぼしき若い女性。

「ママ!」

(ママ?)
 ママってなんだ?
 ママ・・・。
 ママ・・・マ・・・・マ。
(えっ!)
 足元にしがみつく彼女。
 満ち足りた笑顔。
 頬を寄せ足の間に顔を埋める。
 この瞬間にようやく全てを察した。

(お母さんが・・・お母さんが迎えに来たんだ・・・)

「ミイちゃんのお友達?幼稚園の先生かしら」
「親切なお兄ちゃん!一緒に待っててくれたの!」
 僕を見た彼女の顔には、もうあの不安そうな陰はなかった。
「そうですか、ありがとうございます」
 顔の見えない彼女の母親は穏やかな声で頭を下げる。
(いい人そうじゃないか)
「ゴメンね~遅くなって」
「ううん、お兄ちゃんがいてくれたから寂しくなかった!」
「そう、良かった。じゃあ帰ろうね」
「うん!」
 僕に会釈をしミイちゃんの手をとるお母さん。
 母を見つめる安堵と幸福の表情。

(良かった・・・良かったよ、本当に良かったね)

 全身の力が抜け立ち上がれないまま彼女を見た。
 遠ざかる後ろ姿。
「元気でね・・・幸せになるんだよ」
 雨が激しい。
 声にならない声を上げ、既に見えなくなった背中へ向け手をふる。
 少し遠くで声が聞こえた。
「ママ、ちょっと待って」
 たどたどしい足取りが小走りに近寄るのが聞こえる。
 ミイちゃんが戻ってきた。

「嬉しかった!
 本当に嬉しかった!
 きてくれてありがとう!
 ・・・バイバイ!」

 力一杯の声。
 微かに見える彼女は背を伸ばし一度思い切り手を振ると、
 雨のカーテンの向こう側へ消えていく。
 遠くなる背中。
 後ろ髪を引かれる思いで背中を見送る。
(やっぱりいい子だ・・・いい子だよ・・・)
 母親の手を取るのが辛うじて見えた。
 声が聞こえる。
「いい人そうね」
「いい人だよ!」
「これからは出来るだけ早くこれるようにママ頑張るから」
「うん!」
「夕飯はミイちゃんの大好物にしようね」
「嬉しい!」
 遠ざかる、遠ざかる。
 僕は見えなくなった先をずっと見つめた。
 もう会えないと思っていた。
 でも会えた。
 思ってもみなかった最高の結末をもって。
 嬉しくて、
 嬉しくて、
 でも、もう会えないと思うと寂しかった。

 少しして彼女らが帰っていた方へ向け歩き出すと、「ゴッ!」っという例の鉄砲水が流れるような音が後方で響く。
 僕は不思議と落ち着いてた。
 以前の夢なら門前に黄色い雨合羽や長靴がボロボロになって引っ掛かっているはず。
 不安が全くないわけではない。
 でも不思議とそれ以上の妙なる自信に満たされている。
 ゆっくりと戻る。
 空は毎度のごとくいつの間にか晴れ上がる。
 門前は鉄砲水が流れた後だとわかる惨状だったが、そこに黄色い雨合羽も長靴も何も残されていなかった。
 雨後の陽光が照らしている。

「終わったんだ・・・
 ミイちゃん・・・
 幸せになるんだよ・・・
 バイバイ・・・」

 堪えていたものが一気に音を立てて壊れる。
 膝をつくと声を上げ泣いた。
 子供のように。
 これまで以上に。

 これ以上ないほどのお嗚咽を上げながら目が覚める。
(どう転んでも僕は泣くんだ)
 高校二年にもなって夢を見て号泣しながら起きる。
 なんなんだろう。
(でも、今日は気持ちがいい・・・)

「ミイちゃん・・・幸せにね・・・」

 夢だとわかっている。
 馬鹿馬鹿しいことも。
 夢を見て泣いて、夢の相手に同情して。
 でも心から良かったと思っている。
 もう会えないのは寂しいけど。
 彼女が幸せならその方がいい。
(彼女はもう大丈夫だ・・・)
 僕の目には再び涙が流れた。

「ちょっと何時まで寝てるの、遅刻するわよ」

 母が突然入ってくる。
 僕は涙を拭うこともなく母を見る。
(ミイちゃん・・・ミイちゃんのお母さん)
 二人を想起させた。
「ちょっとどうしたの・・・具合でも悪いの、学校休む?」
 母は何時になく神妙な顔をして僕を見た。
(こんな顔もするんだな)
 まるで異星人と接近遭遇したようなと言えばいいか。
 マジマジと母を見たのは何時以来だろう。
 変わらぬ思いで当然のように見ていた母の顔は以前と異なった印象を受ける。
 少し目尻に小じわが出来ている。
 以前より表情が険しくなった気がする。
 いつも何かに追われ、忙しそうだし。
 母が心から嬉しそうな笑顔を見せたのは何時だろうか。
(思い出せない)
 僕が小さい頃はよく笑っていたような気がする。
 母が笑えない原因は僕にもあるのかもしれない。
 そう言えば、心配だ、心配だ、と口癖のように。
「大丈夫、行くよ」
「でも貴方・・・」
 僕が泣いていることを言いたいんだろう。
「ああこれね、少し・・・いや、大分悲しい、いや、嬉しい夢を見たもんだからさ、思わず」
「学校で何かあったの?・・・お母さんに話して・・・」
 勘違いも甚だしい。
 たったこれだけで虐められていると思ったんだろうか。
 でも考えてみたら、あったといえばあったか。
「あ~それは、あったような、無かったような・・・」
「うそ!ちょっと詳しく話して、内容によっては先生に相談するから」
「大丈夫・・・もう全部済んだから」
「とにかくお母さんに話してお願いだから!」
 どうしてそうも必死なんだ。
「学校いかないと」
「今日は休みなさない」
「いや、今日は行かないと。今日こそは休めない」
 レイさんが来るか確認したい。
(そうだ)
 まさか夢の暗示はレイさんがいなくなる予知夢じゃ。
「・・・じゃあ、帰ったら何があったか教えて。・・・貴方いつも言わないから・・・お母さん心配で心配で・・・」
「僕なりに母さんを心配させたくないから言わないんだけどね」
「だから心配なのよ!親が子供の心配をするのは当たり前なんだから。なんでもいいから言って」
 このままでは引き下がりそうにないな。
「じゃあさ・・・今度、レイさん家に呼んでいい」
「レイさんって、どの子?」
「ほら、髪の長い、痩せている・・・」
 母は気づいたようだ。
 その瞬間に母の彼女に対する印象がわかる。
 やっぱり好意的に感じていないんだな。
「・・・好きなの?」
 また唐突な。
 少し前迄の僕ならこの瞬間にキレていたかもしれない。
 でも今日は夢のせいか何かが違った。

「好きなんだ」

「そうなの・・・・」
「ダメかな?・・・」
 母さんは少し考えこむ。
「お母さんね・・・あの子は止めた方がいいと思う」
「うん、言ってたね。でも好きなんだ。どうしようもないんだよ。どうにかしようと思ったんだけど・・・無理だった」
「・・・」
 これまで無かったほど沈んでいる。
「あっ、振られたんだけどね。三回告白して三回振られた・・・」
 どうしてか安堵の表情を浮かべたように見える。
(母さん・・・表情に出過ぎだから)
 そもそも息子が振られて安堵するってどうよ。
「なら・・・どうして呼ぶの?」
「友達だから」
「友達?だって好きなんでしょ」
「うん」
「辛くないの?」
「う~ん・・・」
 言われてみるとそうだ。
 どうして僕は辛くないんだろう。
 どうして・・・。
 彼女とのことを思い出した。

(・・・そうか。そうだったんだ・・・)

「彼女が、レイさんが僕を受け入れてくれるからかな。気持ちは気持ちとして知りながら、多分友達として僕を・・・人間としての僕を受け入れてくれている・・・だから嬉しいのか・・・」
「そうなんだ・・・」
 まるでこの世の終わりのような顔をする母。
 どうしてそんな顔をするんだろう。
 彼女の何が嫌なんだろう。
 今度聞いてみよう。
 同性にしか見えない部分もあるだろう。
 でも先生も言っていたな。
「彼女は止めた方がいい」
 どうしてなんだろう。
 二人には何が見えているんだろう。
 彼女のことは僕より知らないはずなのに・・・。
「わかったわ・・・。お母さんに今度ちゃんと紹介して頂戴」
「え・・・いいの?」
 驚いた。
 正直、母さんが受け入れてくれるとは思っていなかった。
 母さんがこの表情を見せて癇癪を起こさなかったことはない。
 母さんは好きが嫌いになったことは記憶にない。
 その辺りはハッキリしている人だと思っていた。
 なのに・・なのにどうして。
「お母さんが留守の時にその子連れて来ているでしょ・・・」
 バレていた。
「・・・うん、ごめん」
「お母さんこそ。私が言ったからでしょ。心配させないように・・・貴方は優しい子だから。お母さんに心配かけたくなったんでしょ」
「面と向かって言われると恥ずかしいな」
「何言っているの。お母さんも・・・経験ないではいから」
「まさか母さん浮気とか?」
「違うわよ!それはお父・・・」
「え?」
「ああ、ちょっと待って、今の無し。変な言い方したわね」
「え、お父さん浮気したことあるの?」
「そうじゃなくてね・・・ん~・・・今度話すわ」
 思えば両親のことをどれだけ僕は知っているんだろうか。
 母さんや父さんのことを何も知らない気がする。
 こんなに近くにいるのに。
 腰を据えて話した記憶がない。
 いつも僕のことを聞いてくるから僕のことは話しても父さんや母さんの話を僕から尋ねたことはないかもしれない。
「今度さ、母さんの恋話聞かせてよ」
「え~~~」
「いいじゃんよ。参考にしたい」
「・・・わかった。覚悟してよ~」
 母さんはそれまで見せたことのない弾んだ表情を見せる。
 この瞬間だけ、母というより同年代の女子学生のように感じられた。
 思い出しているのだろうか。
「わかった覚悟しとく」
 目端に映った時計が登校するにはギリギリの時間を指している。
「ヤッバイ!本格的に遅刻する」
「もう休んじゃいなよ。お母さんと恋話しよ~ぜ~」
「ダメダメ、今日だけは行かないと!」
「真面目なんだから~」
 バタバタとする僕を染み染みと見ている。
「大きくなったね・・・」
 ポツリと言った。
 その顔はもうお母さんの顔に戻っている。
「母さんご免、ご飯パスする」
「うん・・・いってらっしゃい」
「いつもありがとう」
「え?」
「だから、母さんいつもありがとう」
 大慌てで支度する僕の側で、気づくと母は声を出さず涙を流していた。
「本当に今日はどうしたのよ、貴方らしくもない・・・」
「さ~ね、自分でもわからないや。じゃ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい。気をつけるのよ」
「母さんもね!」
 一瞬振り返った時に見えた母の顔は、遠い昔に見た笑顔を思い出させるものだったかもしれない。
 懐かしい、暖かいものが感じられた。
(ミイちゃんに感謝だな・・・)
「お互い様か・・・」
 先生の言葉が思い出される。
 今日は何時もより速く走れそうな気がした。 
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