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黄色いレインコート麗子 作者:ジュゲ
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第八十話 本音

「いない・・か」
 どこへ行っているんだろう。
 こんな時間なのに。
(先生とどこか行ったんだろうか?なんか言ってたな)
 陽はとうに落ち、辺りは暗くなっている。
 雨は止むことなく、音もなく降っていた。

 胸の辺りがモヤモヤする。

(まさか・・・)
 何が「まさか」なんだ。
 帰宅途中レイさんのアパートに寄ってみたがいない。
 部屋は暗かったけど念のためにノックもした。
 公園まで戻ると意識せず彼女と話し込んだベンチの前に居る自分。
(昨日なんだよな・・・嘘みたい)
 本当に解決したんだよね。
 彼女は来るんだよね。
(先生が嘘をつくはずがない)
 僕はノートの端を切り取り一言残すことにした。
「また会えるのを楽しみに」
 一旦、彼女の部屋の前まで戻り、もう一度だけノックをする。
(やっぱりいない)
 隙間だらけのノブの間に挟む。
(気づくかな)

 再びベンチの前へ。
「はー・・・」 
 意図せずため息が漏れた。
 まだ息は白くない。
 何時だったか彼女が座ったベンチを見つめる。
 彼女の顔が浮かんだ。
 笑っている顔。
 泣いている顔。
 怒っている顔。
 楽し気な顔。
 何かを思っている顔。
 覚悟している顔。

(彼女は何を待っているんだ)

 黄色いレインコート。
 黄色い雨傘。
 黄色い長靴。
 幼い少女のようにユラユラ揺れて、鼻歌交じりで。
 今でもあの日の衝撃が鮮明に思い出される。
 楽しそうに、何かを期待しているように、笑みを湛え。
(マーさんとはどんな人なんだろう)
 僕ではないマーさん。
 どんな人なんだろう。

(僕は何をしているんだ)

 何のために。
 何が目的で。
 雨音は聞こえない。
 いつもより静かな気がする。
 聞こえない音が聞こえる。
 外灯のLEDがギラギラと突き刺す。
 宇宙人でも降りてきそうだ。
(情緒がない)
 光に照らされ思ったより雨が降っていることがわかる。
 霧状になった雨をぼんやり眺めた。
 風もなく、雪のように静かに、真っ直ぐ降りしきる。

「あー・・・」

(一言、声を聴きたかったな)
 疲れた。
 今日はなんだかとても疲れた。
「寒い・・・帰ろう」
 歩き出す。

 クラスは一日おかしなムードだった。
 歩きながら一日が思い出される。
 休み時間のたびに集まるマキやナガミネ。
 マキなんか周囲に圧むき出し。
(僕の為に睨みをきかせていたんだろう)
 ミツやヤス、ナガミネも呼応するかのよう。
 マイコちゃんだけが「ヤレヤレ」といった風情で嘗てのように僕を見て、僕も「どうしたものか」という感じで彼女に無言で応えた。
 でも一方で嬉しかったんだ。
(本当に嬉しかった)
 照れ隠し。
(皆の思いが僕を落ち着かせてくれた)
 安心させてくれた。
 ここまで心配してくれるなんて。
 僕は冷静になれた。
 皆が熱くなってくれたお陰で僕は熱を奪われた。

 知らず昼食は久しぶりに全員で食べることになる。
 僕は言葉を失ったかのように喋る意欲が失せていたんだと思う。
 夢見心地というのだろうか。
 フワフワしている。
 頭がまだ混乱んしているとも言える。
 先生の言っていた下駄屋の職人の話。
 どうして残っており繰り返し再生されている。
 どうして先生はああいう話をしたんだろうかとか疑問が湧くけど直ぐに消えた。
 かと思うと不意にレイさんの笑顔が頭の中で浮かぶ。
 彼女が見つめる先生の視線の熱さ。
 共に困難を乗り越えた戦友のよう。
(やっぱり年上が好みなんだろうか・・・)
 そんな思いが過る。
(僕は餓鬼だから)
 土台・・・無理か。
 望んでも得られない存在なんだ。

(望む?何を?彼女を?どうして・・・)

 口を開かない僕を前にして、誰しもが箸に手を付けるのを躊躇っていた。
「ねー、マーちゃん」
 ナガミネがやっとの思いで声を出す。
「ゴメン、ちょっと待って」
 それをマキが止めた。
「ユウレイのことと、今朝のこと、これは聞かないで上げてくれないか。頼む」
 非常に真剣な顔で頭を下げた。
 この言葉に一番驚いていてたのはマイコちゃんだった。
 マキは僕がなんとはなしに言った言葉を守っている。
 ジワっとしたものが身体の奥底から溢れてくる。
(本当にお前は良い奴だ)
「・・・・でも」
 ナガミネは後ろめたさを感じながらも、ただでは引き下がれないといった顔を示し俯く。皆も事情は知りたいといった様子だ。
 当然だろう。
 当然だ。
 当然・・・。

「解決したって」

 僕の口は動いていた。
「先生が・・・・あー・・・あの作務衣を着た人。和装っぽい恰好をした。あの人は僕の書道の先生なんだけど『解決した』って言ってた。どうして解決したのか理由は言わなかったけど、そもそも何があってこうなったのかすら僕には未だにわからないんだけど、とにかく『解決した』そうだよ。彼女は明日から学校へ来るらしい。それ以外、僕は何も知らないんだ」
 声と言えない声が皆の口々から漏れ、硬直していた空気が安堵に包まれる。
「良かった・・・」
 ナガミネは手を合わせるとシミジミ言った。
 本当に心配していたんだ。
 ありがとう、ナガミネ。
 僕がお礼を言う立場じゃないけど。
「それ以上は・・・何も知らないんだ」
 僕は頭を垂れていた。
「ということだから、これ以上は問いただすのは無しにしてくれ」
 マキが付け加える。
「マキ・・・ありがとう」
 僕はマキに向かって言うとはなしに言う。
 彼は黙って頷く。
 再び、時が止まったように静まりかえる。

 外はまだ雨。
 ここからは見えない。
 教室には居たたまれず屋上前の薄汚れた踊り場に僕らはいた。
 どうしてかここにいると少し落ち着く。
(自分も少しは関係者の気がしていられる)
 マイコちゃんとナガミネが積まれている壊れた机や椅子の埃を拭き取っていたが結局は階段の所で座っていた。薄暗く、すりガラス越しに屋上の日差しが届く程度。
「ちょっと待ってて」
 ミツが突然立ち上がると階段を駆け下りた。
 少しして戻ってくる。
「娯楽研究会の部室が借りれたから、そこで食べようよ」
 僕は「皆はどうぞ」と言いそうになったけど、先生の顔が不意に浮かび思いとどまる。
「誰かかが誰かの為に動くってことは、人生でそう無いもんだよ」
 そんな言葉が思い出された。
「ミツありがと。じゃ、お言葉に甘えて」
 僕が立ち上がると皆が動き出した。
 ミツはそんな僕をジッと見た後、慌てて先導する。

 部室は僕らが入るのに丁度いい程度の広さだった。
 戸を閉め、各々が収まるところに収まっていく。
(なんで娯楽研究会なんだ)
 弁当を広げるがやはり手は動かなかった。
 ザワザワした喧騒から開放され、より一層静まり返る。
 それを打破するがごとく、少ししてマキが弁当をつつきだす。
 隣に座ったマイコちゃんも食べだす。
 彼女はマキに何か言いたそうな顔を見せたがマキが無言の下に圧し、それを受けてか彼女は黙った。
「言いそびれたけどここの部員になったんだ」
 突然のミツ。
「黙ってるつもりなかったんだけど・・・言い出せなくて」
「俺も!」
 ヤスが立ち上がる。
「俺もココの部員になったんだ。ミツが誘ってくれて・・・黙っててご免」
 知らなかった。
「そうなんだ」
 どうして突然そんなことを言い出すんだろう。
 まあ別に僕にとってはどうでもいい。
 そんな余裕はなかった。
「悪いな」
 マキは一言だけ発する。
「誘ってもらった。俺は断ったんだ」

 二人を見て、次に僕を見てマキは言った。
 なんでそんなことを言うんだ。
 別に悪くなんかない。
 お互いなんのシバリもない仲でやってきたんだ。
 別にいいじゃないか。
 僕はこれといってやりたいことがないから帰宅部なだけで。
 いつ入部したんだろうか。
 僕が大変な時か。
 三人とは一時的に断絶していた。
(あの時か。「名無し事件」の。そっか・・・)
 あの時はレイさんやナガミネといつも一緒だった。
 外では。学校では・・・独りだったけど。
 いや、独りじゃない。
 独りだけど、独りじゃない。
「わかった」
 一言だけ応える。
(何がわかったんだ?)
 だって関係ないじゃないか。
 僕に許可をとる必要はない。
 思いながら寒いものが両の腕からザワザワと走った。
(なんだこれは?)
 違う。
 そうじゃない。
 そうじゃないんだ。
 二人が言いたいことは、マキが言いたいことは。

「僕は冷たい人間なんだろうか・・・」

 急に口をつく。
 皆が顔を上げ、ハッとした表情で僕を見た。
 先生から何時だったか言われた。
「君の心はどこへいっちゃたんだい?」
 意味がわからなかった。
 今、なんとなくわかったかもしれない。
「そんなことない!」
 ナガミネが強く否定する。
「そうですよ!」
「マーちゃん、そんなわけ・・・」
 ミツやヤスが続く。
 マキは僕をじっと見た。
「どうしてそんなこと言うの?」
 マイコちゃんがまるで子供に尋ねるように落ち着いた声で問う。
「わからない」
 そうだ、わからない。
 わからないけど。
「なんとなく・・・僕って本当は冷たい人間なんじゃないかって思ったもんだから」
「ごめんなさい!」
 突然マイコちゃんが頭を下げる。
「謝れなかった。私ずっと、本当にごめんなさい・・・」
 涙を流して。
「どうしたの?何かあったの」
 僕も唐突だったけど彼女が何を謝ったのかわからなかった。
 マキは彼女の頭に手をおくと言った。
「コイツさ、ずっとミヅキのことでお前のこと怒ってたんだ。非道いヤツだなんだと、ミヅキにずっと謝ってて二人で泣いてて。あんまり何度も言うもんだから俺も頭きてさ、大喧嘩して。いつだったか『じゃあお前はなんなんだ!学校で無視しているお前はなんなんだ!ヤツが具体的に何をした!』って。俺も人のこと言えねーのにな~ほんと。んで、色々あってお前を見てて、『私は非道いことをした、私の方が非道いことをした』って今度は泣き出すんだよ。謝ればいいじゃないかって言ったんだけど、『今更そんなこと出来ないって』意地はってさ。お前が冷たいヤツだって?冗談じゃないよ。お前が冷たい人間なら俺らはなんなんだよ。全くな・・・ご免な・・・親父んことや、クソババアのことで散々世話になった癖にお前にあんなことをして、許されねーよったく・・・。謝っても謝りきれねーよ・・・悔やんでも悔みきれねーよ・・・」
 今度はマキが泣いている。
 マキの涙を始めて見たかもしれない。
「俺だって・・・卑怯者だ・・・」
 ヤスまでも泣きだした。
「僕なんかいつも偉そうなこと言っているのに、イザとなったら何の役にも立たない臆病者で・・・カエサルにも、誰にも顔向け出来ないよ・・・何がブレイブマスターだ・・・スライム以下だよ・・・ゲームの中で去勢はるのがせいぜいのクソだよ・・・ほんと最低だ・・・。それに比べてマーちゃんは偉いよ・・・強いよ・・・優しいよ・・・」
 ミツも。
 皆を見てナガミネは手を口に押し当て、声を殺し泣いている。
(皆、色々な思いを抱えていたんだ・・・。
 苦しい思いを抱えていたんだ。 
 声を出せずに。
 僕だけじゃなかった。
 皆もまた苦しかったんだ。
 そうか・・・)
「強くないよ、苦しくて、苦しくて、迷って、辛くて、言えなくて。でもナガミネやレイさんに救われた・・・」
「私だって・・・」
 ナガミネの声が辛うじて聞こえてくる。
「二人がいなかったら正直わかんなかった。それと先生。何度も泣きついて、怒鳴られて・・・でも力になってくれて・・・。今回もそうだ。僕は何もしていない。何も知らない。何度も折れそうになって、折れて、もうダメだと思いながら。正直言うとさ、皆のこと恨んだよ。なんで無視するんだろ?どうして、なんで!って何度も声を上げそうになった。でもさ・・・まーお互い様なんだろう・・・」
 泣き声だけが部室を満たしていく。
(本心を初めて言ったかもしれない・・・)
 言えました。先生。
 ようやく。
 僕は我慢していたのかもしれない。
「本当のこと言うのって・・・気持ちいね。なんかスッキリする」
「そういうこと言うの禁止・・・」
 ヤスが囁くような声で言った。
「それを言うのは美少女の役割でしょ」
 僕は笑って言った。
「じゃー美少女(仮)のお二人さん、お願いします」
「もー!調子いいんだから」
 泣きながら顔を上げるマイコちゃん。
「マイコちゃん化粧してる?」
「うるさい!」
「じゃーもう一人の美少女(仮)のミネちゃん」
 彼女は笑わなかった。
 僕をマジマジと見る。
 椅子から立ち上がる。
(どうしたんだ?・・・)

「マーちゃん、滑りました」

 ミツがポツリと言う。
 それを受けてマキが大声で笑いヤスも笑った。ついで僕も。
「恥ずかしいぃ~」
 マイコちゃんはいつもの形相で僕を見つめ顎で彼女を指す。
 ナガミネは笑っていなかった。
「ん・・・どうしたの?」
 笑い声が一瞬で静まる。

「うん・・・なんでもない」

 彼女は沈んだ声で応えると座り直す。
 まるで文化祭の時の彼女のようだ。
 強い拒絶、疎外、秘密といったものを感じる。
(どうしたんだ)
 マイコちゃんを見ると眉をしかめ「やれやれ」といった顔をする。
 何か言いたいことがあるんだろうか。
「ナガミネ?大丈夫」
 再び問い返す。
「うん?・・・うん。何を言いたいか忘れちゃった・・・」
 戸惑い。
 焦り。
 照れ。
 苦しい胸の内。
 様々な思いが感じられる。
(今は言いたくないってところか・・・)
 今度、レイさん達との対策会議の時にでも聞こう。
 何か悩み事を抱えているんだろう。
(水臭いな。お前の相談なら喜んで力になるのに・・・。やっぱり頼りがいないのかな僕は・・・レイさんもきっと)
「それよりお昼食べよ、もう時間ないよ」
「そうだね」
「ほんとだ、あと十分きってますよ」 
「急ごう!」
 ほとんど流しこむように食べ僕らは後にする。

 僕にとって一生忘れられない昼休みになった。

(レイさんが居てくれたら、なお良かった)
 僕は帰り道、思い出していた。
 今日の昼休みを思い返すだけで幸せな温もりが感じられる。
 もっと皆と話したい。
 もっと一緒に遊びたい。
 もっと笑ったり、泣いたり、怒ったり。
 その中に彼女が居てくれたら。
 僕はそれだけでも幸せだ。

 疲れたのか、この日も深い眠りに落ちた。
+注意+
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