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黄色いレインコート麗子 作者:ジュゲ
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第七十九話 言霊

(不義理は出来ない・・・そうだ)
 私は不義理をした。
 一度や二度ではない。取り返しがつかないほど。
(手遅れ)
 口に出してみて改めて感じる。
 幼かったでは済まされない。
(豚の子は豚)
 顔向け出来ない。
 会いたい一方で会いたくない自分がいつもいる。
「どういう意味だい?」
「・・・もう恩人である彼を裏切ったからです」
「謝ればいいじゃないか」
 先生は平然と言い放った。
 まるで簡単なことのように。
「それで済む内容じゃありませんから」
「でも悪いと思っているのなら謝るしかないよね」
「そうかもしれませんが・・・許されることではありません」
「許すか許さないかは相手の問題じゃないのかい」
「・・・そうですね」
「心から謝って謝って謝り倒して、一切の言い訳をせず、頭を下げ続け、それで許してくれないようなチンケな男じゃないでしょ?君がそこまで心を寄せるような人なら」
 そうだ。
 きっと彼なら許してくれる。
 でも・・・。
「許されても・・・許されたら、なお許せないんです自分が」
「それは自分を許すしかない。まあ、許すというか、受け入れるかな。どんな人にも言えることだ」
 不思議な人。
 凄く簡単に言う。
 でも、どうしてか、この人の言葉は身に染みてくる。
 簡単に言っているけど、それが簡単じゃないことはわかっている。
 同時に簡単だとも思っている。
「キツイことを言うよ。本来なら僕は女性に対してこういうことは言わない方なんだけど君には言わざる負えないようだ。それに君は理解出来るだろうからね」
「なんでしょう、言って下さい」
「君は自分を責めている」
「はい」
「恐らくだけど、母親が出て行ったのは自分のせいだ、お父さんが亡くなったのも自分のせいだ、こんなことになっているのも自分のせいで、自分と関わると人に嫌なことがあるのも自分のせい」
「・・・そう・・ですね。事実そうなんですから」
「それは違うよ」
「事実なんです」
「そうじゃなくて。世の中ってのは持ちつ持たれつだよ。昔マーちゃんに彼女がいたのって聞いてる?」
「はい」
「僕はあれを見て思った。彼女は天にも昇る気持ちのようだったけど、彼は地に落ちるような心境だなって。彼は喜んでいたよ。表面上はね。でも心の奥底、本心は別だ。若いし、相手も可愛いから、思わず下半身の思惑でまんまと付き合っちゃったけど、どうも精神の歯車が合わなくて落ち着かない。本人はわかってないけどね。月日が経つほどに彼女の方は彼のお蔭でどんどん上がっていくのに彼は彼女のお蔭でどんどん下がっていく。彼が無理しても受け入れていたからね。でも無理をしている分だけ自分は身を削る」
 そうなんだ。
 あの子と。
 わかる気がする。
 あの子は一杯一杯という感じだった。
 思い込みが強くて我儘で。
 彼が全部受け止めていたんだ。
「そうなんですね・・・」
「でもお互いさまだと思ったね。彼は少しの間、彼女を恨んだようだけど僕から言わせたら自業自得だ。だから僕は怒鳴った。『あんたが彼女を満足させられなかったんだから、あんたの責任だよ』って。彼はえらく憤慨していたけど黙っていた。さすが直ぐにわかったようで、後で『そうかもしれません』って言ってきた。大人だよね~。悟入力が強い。僕がその時に言いたかったのは、相手を責めたって始まらない。何よりまずは自分だってこと。お互い出っ込み引っ込みはあるんだから。それを受けてどう行動するかだと思うんだよね」
 マーさんらしい。
 私に対してはどうなんだろう。
 無理をしているんだろうか。 

「でも・・・怖いんです」

「何が怖いんだい?」
「彼に、私の恩人に・・・本当のことを言って嫌われることが・・・。先生の仰るように私を受け入れてくれると思います。でも、その奥底で彼に『裏切られた』っていう傷を負わせることになる。もうそれ自体が居た堪れないんです」
「怖いのは彼ではなく傷つく自分ってこと?」
 そうだ。
 私はなんだかんだと言いながら自分のことしか考えていない。
「そうですね・・・身勝手な人間です」
「誰しも身勝手なもんだから。お互い身勝手に丁々発止やりながら、言いたいこと言って自ずと収まるところに収まれば。問題は、勝手に相手のことを妄想して理解した気になって、言いたいことも言わず勝手に我慢して勝手に怒って、これが困る。勝手にストレスを溜め、そこを文句言う。それじゃね、収まるところなんてないよ。それと自分の意見が通らないと逃げちゃう」
「逃げる・・・」
「相手から逃げる。つまり自分から逃げる。逃げたら丁々発止出来ないからね。僕の家なんか凄いよ。全員が言いたい放題だ。でも言った後はお互いサッパリしてて後を引かない。餓鬼の頃は物を投げ合ったり取っ組み合いになったこともある。でも『ご飯だよ~』で『は~い』。こんなもんだ」
「いいお家なんですね」
「そうだと思う。最近は勘違いしている人も多いけど、思ってもいないことを勢いて言ったり、関係ない感情を余計に載せたりする。あれは節度がない。それと相手の価値観を否定したり。領分を侵犯するようなことはいけないよ。あくまで語るのは自分自信の思いじゃないと。それと何時までたってもウジウジ同じことを言ったり。あれもダメだ。終わったら忘れないと。自分を否定しては人生を十分に歩めないもんだよ。彼から『裏切られた』って思われることが怖いっていうのは妄想だよね。言ってないんだから。勝手な想像だ。想像ついでに僕も言うとね、多分そういう人じゃないと思うよ。それに傷は多ければ多いほどヒダになる。人間が深くなる」
「・・・許してくれるでしょうか」
「許さないはずがないね」
「・・・私は自分を許せるでしょうか」
「許せるでしょ。許すというか、受け入れられる。あんたは強い人だよ」
「そうでしょうか・・・」
「マーちゃんだったら大変だけどね」
 彼の笑顔が浮かぶ。
 どうしてだろう。彼を思い出すだけで心が浮つく。
 その一方でマーさんしかいないと言っている自分がいる。
 矛盾している。
 そんな自分を許せる、受け入れられるだろうか。
「考えないの」
「え?」
「今、考えていたでしょ」
「あ・・・はい」
「あのね、勘違いしている人が多いけど人間ってそんなに頭良くないから」
「どういう意味ですか?」
「頭で考えている時点で括約していない証だ。考えるっていうのは静止だよ。何もしていない状態だ。人は動くの主体なんだよ。生きているからね。肉体を動かしながら考えることって出来ないから。考えられるっていうのは余裕の範囲内でしか動いていないってこと。余裕があるんだよ。僕に言わせたら何もしていないようなもんだね。考えることが悪いとは言わないけど、ほっといたって考える生き物だから人間ってものは。意識無意識問わずね。まずは動くんだよ。本心ではやることはわかってるんだから。心の声に従ってまずは動く。動きながら軌道修正する。いちいち立ち止まらない。立ち止まっている間に考えた程度のことなんて大した結論にも行き当たらないよ。マーちゃんなんて自分の声が聞こえないタイプだから困っちゃうけど、レイちゃんは違うでしょ。彼は典型的に石橋を叩いて渡る方だ」
「そんな気がします」
「あれは渡ることが前提で叩くもんだけど、彼なんか渡らないことが先にあって、自分への言い訳の為に叩くような人だ」
「どういうことですか?」
「最初から渡る気がないのに叩いてみて、『あ~これは危ないから渡らない方がいい』って理由をつける為に叩いているんだ」
「そうなんですか」
「渡る気がないなら叩く意味すらない。叩いて自分を納得させているうちに迂回路へ向けて走った方が速いでしょ」
「そうですね」
「君なら出来るよ。君は自分の声が聞こえているでしょ」
「・・・はい」
「君の目は奥底で活き活きとしている。捨てた人間の目じゃないよ。捨てているのは君の意識だ。本当の君自身は何も捨てちゃいない。小さく纏まろうと努力しているのは自分自身の意識。雨の王子もそこを見ているような気がするね。君が本当に彼に感謝しているのなら、何でも出来るてもんじゃないと変だよ。君を活かしてくれた恩人なんだろ?」
「はい!」
「他人がそんなことしないよ。僕なんか子供が欲しくないタイプだ。仕事の邪魔になるからね。万が一にも出来たら何もしないなんて無責任なこともしたくない。他人の子供なんて真っ平ごめんだ。彼は徳が高いよ」
「はい」
「その人は君に十二分に生きてもらいたいんじゃないかな。今までも十分に生きて来たんだと思うけど、それをマイナス的に捉えるのではなく、活かす方向と捉えたらどうだろうか」
「・・・」
「苦労した人間は強いよ。そして深い。僕らの世界でも何の苦労もなく出来上がった作物なんて何も胸に迫るものは無いよ。でも自分から苦労をしにいくのも酔狂な話だ。結果的に迎えられるものじゃないとね。君は結果的に苦労してきた。誰しもが勘違いしているようだけど、嫌だな、腹が立つな、苦しいなってのも感動だから」
「・・・感動なんですか?」
「字を思い出してごらん。感じて動く。それが感動だからね」
「あ・・・」
「君は一杯感動したようだから、それだけ人生において深い表現が出来ると思うよ。前にも言ったけど、君は才能がえらくある」
「表現・・・」
「感動によって沢山心に入るものがある。入れたら自ずと出るもんだ。それが摂理だ。吸ったら吐く。食べたら出る。入れたら出てくる。一杯入れば一杯出る。君は一杯感動したから一杯出るよ。これからが楽しみだ。僕は他人の才能を発掘して育てるのが趣味でね。君とは最高のタイミングで出会えたと喜んでいるんだ」
「わたし・・・」
「あれこれ言って申し訳ないね。何せもう君は僕の弟子だから。これまでみたいに黙っているわけにはいかなくなったよ。それと月謝はいいから。君はそこを気にしているんだろ?」
「そういう訳には・・・」
「特待生っていうの?そういうのがあるんだって?それだよ君は。僕が君を弟子にしたいんだから。僕が払いたいぐらいだ。他の輩にはやれないね」
「でも、先生に迷惑がかかります。必ずバレますから」
「だろうね。世間は目ざといから。でも構わないよ。もし文句を言うヤツがいたら言ってやるよ。彼女ほどの才能が君にはあるのかって!レイちゃんほど苦労したのかってさ」
「・・・」
「大丈夫だよ。二人の秘密にすれば。マーちゃんには言うけど。いいだろ?彼は他には言わないだろうし」
「・・・」
「僕は言い出したら聞かないよ。今日わかったでしょ?」
「・・・はい」
「だから明日、マーちゃんと一緒に来るんだよ」
「よろしく・・・お願い・・・いたします・・・」
「そうこなくっちゃ。君は容姿端麗に加えて声も本当に美しいね。それでいて頭が良くて深くて潔い。男でも君ほどの潔さを持つものは今時いないよ。マーちゃんなんか二言目には君の声が綺麗だってヨガるんだ」
「先生ったら」
「でも彼の気持ちがわかるよ。なるほど君の声は気持ちがいい。性格は勿論いいし、魅力があるということは色々大変だったろうけど、でも君に苦労が無かったらとんだ生意気なお転婆娘だったろうよ。僕はじゃじゃ馬を乗りこなすのは得意な方だから、その時代の君にも会いたかったけど。恐らく今の君の方が何倍も人間として深いだろう。それは苦労があってのことだ。才能をもって生まれたからにはそれを活かさないとね。天に失礼だ」
「私・・・・今まで神様なんていないと思ってました・・・」
「うん」
「でも・・・今一度信じられそうです」
「水を差すようで悪いんだけど、僕は神様はどうでもいいんだ。僕の言う天は・・・神様じゃない」
「え?」
「僕は信じてないよ。ただ、天はあると思う。何か人より大きなものはあるだろうね当然。人がいるように。それを神と呼びたければ呼べばいいけど、僕は呼ばないし、手も合わせないよ。根っからの無神論者だ。皆が言う神様は自己を諌めるためのものだと僕は思う。その必要性がある人はそうすればいいけど、僕にはその必要がない。仮に神様がいたとして、恐らく僕らなんて関係ないと思っているだろうよ。皆がありがたがるような存在であるはずがないんだ。ただ僕達が関係なく他の生き物を感じているように、ただそこにあるとは思う。だから僕にとっては天なんだ。僕らでも『おや?』って目に触れる時ってあるでしょ。普段は気づかないのに」
「あります」
「これは天にもあると思う。いい変えればアチラ側にも。その時に『な~んだ』と思わせるか『お?』と思わせるか、これで人の運命なんてものはコロッと変わると思うんだよね。天の采配に比べれば人間の才能なんて小さなものだ。『アイツやるじゃないか』って思わせるか、『あ~あ』と呆れさせるか。一生に一度あるのか、ないのか。恐らくあるだろうよ。僕はどうせなら『お、コイツ見込みあるな』って思わせたいね」
「・・・」
「どんな命でも感じているもんだよ。腹の底の底をね。早々は動き出さないもんだ。いつ見られるかは選べない。気を張ったところでメッキは剥がれる。人を見れば腹も立つけど、天を見れば腹も立たないでしょ。そう思うんだよね」
「はい・・・ありがとうございます・・・」
「水臭いね。僕らは師弟なんだから、そんな礼儀はいらないよ。師弟の関係は親よりも深い縁で結ばれているもんだ。君にご両親はいないかもしれないけど、それよりも深い縁を結べたんだから。真に親しい間柄に礼儀は無用だよ」
「はい・・・」
「レイちゃんは甘いもん好き?」
「好き・・・だと思います。私・・・メロンパンぐらいしか食べたことないから」
「それはいい!君と初めての感動を共有出来るなんて光栄だ。僕は大好きでね。マーちゃんともたまに行くんだよ。和洋中、何がいい?」
「ショート・・・ケーキ?苺がのっている白いクリームの」
「じゃ~洋菓子屋へ行こう。行きつけがある」
「でも、先生はお仕事じゃないんですか?」
「あーあれね、あれは方便だよ」
「え」
「ああでも言わないと帰してくれそうもなかったから」
「先生ったら」
「僕はチョコレートパフェが大好物でね。ショートケーキとチョコレートパフェを食べようかな。レイちゃんもそうしなよ」
「両方とも初めて食べます!」
「マーちゃんに悪いけど・・・仕方ないか。彼はお勉強があるから。我らは彼と違って自由人だ」
「ふふふ」
「じゃー行こうか」
「はい!」
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