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黄色いレインコート麗子 作者:ジュゲ
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第六十八話 対話

 放課後を待って僕は幼稚園へと向かう。
 君を初めて見た場所。
 いや、違う。
 それまでも見えてはいた。
 背景のように、それこそ幽霊のように見ていたんだろう。
 目には映っていたんだろうけど認識していなかった。
 僕はココで君を君として認識した。
 雨の中、何かを楽しそうに待つ女性。
 誰かと思った。
 鼻歌まじりで幼い少女のようにゆらゆら揺れて。
 黄色いレインコートに傘に長靴。
 学校では奇妙にしか見えなかったその出で立ちが夢の一幕のように見えた。
 君は絵画のように美しく綺麗で。
 雨は次第に強くなる。
 太陽も落ちかけかなり薄暗い。
 廃園になった幼稚園の門前。
 あの日のように君は立っていた。

「こんばんわ」

 僕の声に彼女は驚いた風もなく振り返る。
「来てくれた・・・」
「うん」
 僕の心はどうしてか静かだった。
「私・・・今日だけは君を待っていた気がする」
「うん」
「今までは違った。その人を待っている時だけが唯一楽しかった」
「うん」
「でも、君と出会って・・・楽しみが増えた」
「うん」
「高校生になれたこと、本当に良かったと今では思っている」
「うん」
「貴方のお陰です。本当にありがとうございました」
 彼女は雨の中、頭を下げる。
「過去形なんだね」
「うん。もう終わりだから」
「何が終わりなの?」
「店長から聞いたの。通信でも卒業資格は得られるって」
「そうなんだ」
「私、自分の足で立って、自分のお金でちゃんと卒業しようと思う」
「通信じゃなくても卒業は出来るよ」
「卒業は出来ればいいんだ」
「出来るよ。通信じゃなくても」
 彼女は少し黙る。

「どこまで知ってる?」

「スズキ先生を突き飛ばしたか何かして停学になっているって所まで」
「全部ね」
「全部じゃないよ」
「それが全て」
「スズキに・・・スズキ先生に・・・何かされたんじゃないの?」
「突き飛ばしたようなものだから」
「ようなものと、そのものは違うよ」
「どうあれ手を上げたのは同じ」
「でも、何かされたんであれば正当防衛として・・・」

「いいの!」

「良くないよ・・・」
「私はもう充分過ぎるぐらい高校生活を満喫した。初めて友達も出来た。・・・ご免ね・・・私さ、対策会議が凄い楽しみだったんだ。酷いでしょ、口では『私のせいだ』とか言いながら心の奥では楽しんでいた。楽しまないように努力したつもりだけど自分に嘘をつけない。私のせいなのにね・・・」
「それは僕も同じだよ。自分が原因なのに対策会議は楽しみだった。だからお互い様だ。ミネッちも修学旅行で言っていたよ。これからも続けようって!」
「・・・それも終わり」
「終わらないね。レイさんが何もなく突き飛ばす筈がないんだから。偉そうなことは言いたくないけど、僕が協力する。僕に協力させて欲しい。今日なんかミネっちは元より、マキやヤス、ミツ、マイコちゃんまで君のことを心配して話し合ったんだよ?これからなんだよ。皆『ここへ来たいって!』言ったんだ。でも君に迷惑がかかるといけないからって僕が代表して来た。ミネっちなんかダダこねて・・・わかるでしょ?」
「皆か・・・」
「スズキを打ちのめしても取り消させるし、そうすべきだ」
「らしくない。暴力では何も解決しない。君はいつも私に示してくれたのに。君は違うと思ったんだけど・・・」
「らしくなくて結構だよ。君が辞めないで済むなら口も手も出す。辞めるべきはスズキなんじゃいの?教えて欲しい。絶対に悪いようにはしない!天に誓う!」
「これでいいの。私は寧ろスッキリしてる。思わず手が出ちゃった時に思ったんだ『潮時なんだ』って。最後だってわかった」
「よくない!・・・よくないよ」
「毎日挨拶してくれたでしょ。今だから言うけど本当は嬉しかったんだ。いつも君は笑顔だった。不思議でしょうがなかった。この際だから全部言っちゃうけど、最初は『コイツも媚びていれば一発やれると思っている口か』なんて酷いことを考えていたんだよ。腹が立つでしょ?」
「立たないね。全くそういう気がなかったと問われればそうじゃないと思う。僕だって男だから。先生にも言われたんだよ。『君は彼女とやりたいだけじゃないのか?』って。否定出来ないよ。それを考えると自分でもわからなくなる。だって君は魅力的なんだから。だから好きにもなったかもしれない」
「でも手を出さないのね」
「それは・・・それは・・・よくわからない。多分・・・怖いんだ」
「怖い?」
「君との仲が壊れてしまいそうで。君と話せなくなったら嫌なんだ。会えなくなったら怖いんだよ。・・・夢で見た黄色い雨合羽の少女の話し覚えてる?」
「うん、覚えてる。ミイちゃんだよね」
「夢の中で彼女がお別れを言ったままもう出てこないんだ。あの日はみっともないぐらい泣いた。馬鹿みたいでしょ?夢なのに。身体がもがれるように辛くて。今でも喪失感さえある。あれは夢だからいい。でも君は現実だよ。ここのところ君が凄い遠い存在に感じられて、いつもソワソワして落ち着かなかった。よく眠れないんだ。怖くてしょうがないんだよ・・・」
「・・・毎日、毎日、君が笑顔を向けてくれた。いつも嬉しそうだった・・・。それが・・・本当に嬉しかった・・・救われた・・・」

 話さない気か。

「わかった!事情は聞かない。明日スズキ先生や学年主任に直接言いに行く!スズキが本当のことを言わなかったらその場でボコボコにしてやる。止めても聞かないからね!」
「お願い・・・このままいい思い出で終わらせて」
「終わらせない!我儘でもなんでも、もう構わない!」

「私を疫病神にさせたいの?」

「君は疫病神じゃない!」
「君がもしそれで停学になったり、万が一にでも警察の厄介になるようなことになったら、それこそ私が疫病神だったってことを証明するようなものなんだよ」
「そんなことにはならない!」
「なるよ!なるんだよ!」
「ならない!」

「なるの・・・それが世間だから」

「なっても構わないね・・・世間がスズキを裁かないんだったら・・・」
「お願い・・・このまま辞めさせて。疫病神にさせないで・・・」
「疫病神にはならない・・・僕が勝手にすることだから。僕の自由意志だ。君が話さないのと同じだよ」
「なるよ。そうしたら私はこれまで以上に最低な思いで生きなければいけなくなる。私を救ってくれた人を、その人生を私が貶めることになるんだから。そうなったら君が私を許しても世間や、ましてやお母さんは私を生涯恨むでしょ。それは疫病神そのものだよ」
「お母さんは関係ない・・・」
「関係あるの」
 僕は傘を投げ捨てた。

「どうすればいいんだよ!」

「このままでいいの。これでいいの・・・これが最善なの」
「ちっとも良くないよ・・・」
「いいの」

 彼女は落ち着いている。
 どうしてそんなに落ち着いていられるんだ。
 雨音が激しい。
 秋の長雨か。
 やけに冷たい。
 雨が体温を奪い、無力感が次第に包む。
 彼女は芯が強い。
 こうなったら何を言っても無駄だろう。
 勝手にやるしかない。
 どうしてことんなことになったんだ。
 全部スズキが悪い。

「勝手なことを言うけど・・・許されるならアルバイトは続けたい」
「続けようよ・・・」
「ありがとう・・・良かったら、また会いに来て欲しい」 
「毎日・・・会いに来ていいかな・・・」
「嬉しい・・・」
「たまには・・・ナガミネも呼んでいいい?・・・」
「毎日でも」
「それは駄目だよ。君と話す時間が少なくなる。ナガミネは喋りだすと止まらないんだから」
「ふふ、そうだね」
 笑えるんだ。
「週一ぐらいかな・・・」
「納得するかな?」
「しないと思うけど・・・・関係ないね」
「そっか」
「黙っていなくならないで欲しい・・・」
「いなくならない。約束する」
「それを聞いて安心した・・・」
「ありがとう・・・不束者ですが、これからもよろしくお願いします」
 深々と頭を下げる。
「こちらこそ・・・よろしく、お願い、します・・・」
 僕も下げた。
 涙で声にならなかった。

 近くて遠い距離。

 縮まったようで縮まらない距離。

「じゃあ・・・明日また来るよ」

「待ってる」

 もたもたと投げ捨てた傘を拾い僕は背中を向けた。
 拾いながら僕は何かを期待している。
 歩き去る僕の背中に声はかからない。

(そうか)

 僕は理解した。
 自分が何を期待していたのか。

 あの夏の日のように彼女が僕を家に招き入れることはなかった。

 あの日よりずぶ濡れで、あの日より凍えているのに。
 何が違うんだろうか。
(いや、それで良いんだ)
 今入ったら・・・。
(僕は彼女を襲ってしまいそうだ)
 酷く混乱している。
 自分が自分で無いような感覚。
(明日、彼女はあの部屋にいるのだろうか)
 いない気がしてならない。
 ソワソワというより虚脱感が覆った。
 夢の中のミイちゃんが思い出される。
 随分あの子の夢を見ていない。

「バイバイ」

 彼女の最後の言葉だったと思う。
 その次に見た夢で僕は彼女の存在すら確認しようとしなかった。
(無視したんだ)
 いるのはわかっていた。
 それ以後、あの夢は見なくなる。
 レイさんともそうなるんだろうか。
 僕は外で彼女を目にすることがあっても「ああ」という程度のもので、目もくれず、声を掛けることもなく通り過ぎるんだろうか。またそうするんだろうか。僕は逃げるんだろうか。
(そうか、僕はミイちゃんから逃げたんだ・・・。もうあの繰り返しに耐えられなくなったんだ。彼女はきっと待っていた・・・とんだ卑怯者だ。口だけのクソ野郎だ)

「世の中には取り返しがつかないことってあるからね」

 先生が言っていた。
 そうだ、僕は夢とはいえ取り返しがつかないことをした。
 どうせまた見るだろうと思っていた。夢なんだから。
 でも見なかった。
 また繰り返すのか。
 いや、レイさんの気持ちはハッキリしている。
 ミイちゃんとは違う。
(彼女が望んだ)
 彼女の好きにさせてあげたい。
 冷静になってみるとレイさんの言うことは最もだ。
 僕が乗り込んでもどうにもならないことはわかる。
 完全に部外者だから。
 普通に考えれば他人が乗り込んで事態が改善されるはずはない。
 悪くにしかならない。
 僕は怒るまでの助走は長いけど怒り出したら手がつけられない側面もある。
 キレルるのとは少し違う。
 子供の頃そういうことがあった。
 今でもあいつの恐怖に歪んだ顔が思い出される。
 あれを見て思った。
 他人様にあんな顔をさせるべきではないし、ああいう顔を向けられるような人間になってはいけないって。
 それから僕はとにかく我慢するようになったと思う。

 夢の中を歩いているようだ。

 雨音が遠く感じる。
 怒りと虚脱感が同時に内在し化学反応を起こす。
 レイさんの思っているような事態になる可能性は低くはない。
 何より僕が手を挙げなくてもマキのことだから僕を庇ってスズキを再起不能にしそうで怖い。今日のヤツの怒り方といったら尋常じゃなかった。マイコちゃんにされたであろうことと僕のことを思って怒りが沸々としたんだろう。

(でも、冷静に話しあえば・・・・或いは)

 無駄か。
 そもそも当事者じゃない。
 親ならともかく単なるクラスメイトだ。
 彼女の立場が悪くなることはあっても良くなることはないだろう。
 この前のクラス騒動みたいに結局はレイさんが悪人扱いになるんだ。
 僕をたぶらかしたってことになるんだろう。
 その時に僕が何を言っても聴きやしないんだ。
 逆に僕が擁護すればするほど悪くなる。
 そういう心理状態だと勝手に妄想されるのが落ちだ。
 素直に耳を貸してくれる人なんていない。
 何も見ず、何も知らず、知ろうともせず、勝手に妄想して勝手に決めつけるんだ。
 聡明な大人なんてほとんどいやしない。
 僕が抵抗すればするほど抗えば抗うほど彼女への憎悪が増幅するだけに違いない。

(馬鹿げている・・・)

 そうなんだ、彼女の言う通りだ。
 僕は何もしないのが一番。
 彼女がどうにかする意思がないと何も始まらない。
 でも彼女にはもうその気がない。
 説得は出来なかった。
(この時点で道は閉ざされているってことか・・・)
 彼女が本当のことを言って、抗ってくれれば僕らも力になれる可能性はある。
 ああ・・・でも駄目だ。説得力がない。
 先生と生徒の言うことであれば先生が有利に決まっている。
 ましてや僕らは目撃者ですら無いんだ。
 レイさんに騙されたんだろうで終わりだ。
 彼女を何倍にも傷つける。

(今直ぐにでもヤツを殴り倒したい・・・)

 待てよ、ここでマイコちゃんやナガミネがセクハラされたと訴えれば真実味が・・・。
(駄目だ・・・それは駄目だ)
 そうなったら彼女らが、何時、どこで、どういう風に触れたかって証言する必要が出てくることになる。彼女たちをも傷つける。今日だって初めて聞いた。本当は言いたくなかったんだと思う。マイコちゃんなんてマキにすら全部言っていないっぽかった。
(駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ)
 悔しい、悔しいよ、悔しい。
 誰か。
 何度も何度も地面を蹴る。
(このガキ!このクソが!このクソガキ!) 
 どうすれば、どうすればいいんだ。
 何か方法があるはずだ。
(考えろ!考えろよ!)
 頭を殴った。
 何度も。
 何度も。
 殴り過ぎて目眩がする。

「出ねーのかよ」

 無力だ・・・能無しだ。
 彼女は充分にそれらを把握した上で気づいたのかもしれない。
(これが最善だ)って。
 彼女は僕のことも考えて決めたに違いない。
 少し前の彼女ならスズキに殴りかかってでも戦ったと思える。
 今までの彼女の目は気高い・・・飢えた狼みと言えばいいか。
 アイデンティティを守るためなら食えなくても噛みつく。
 味方がいなくても構わない。
 そういう意思を瞳の奥に感られた。

(思いだした)

 四月のクラス編成で初めて彼女の目を見た時、得も言われぬ感慨が湧いたんだ。
 頭がおかしいわけではないことはすぐわかった。
 負け犬の目でもない。
 卑怯者でもない。
 強く、気高い意思のようなものを瞳の奥に感じた。
 僕はその時、感動したんだ。
 そういうのを感じた。
 生きる意思のようなもの。

 あれは投げていない目だった。

 だから彼女の外観は嫌悪していたけど嫌いにはならなかった自分がいる。
(今更それがなんだって言うんだ)
 彼女は変わったんだ。
 だから今まさに僕のことを考えて決断しようとしている。

(僕の為の判断なんじゃないか)

「何かをする時、自分を頭数にいれているようでは駄目だ。そういうのは外から見えるからね。結局は自分の為だとすぐわかる。坂本龍馬っていたでしょ。彼は恐らく自分を頭数には入れなかった人だよ。だから名を連ねなかったと思うんだよ。そういう人は本当に立派だと思う。真に尊敬できる対象だ」

 先生が言った。
(レイさんは自分の利益より誇りより僕を守ることを選択したのかもしれない)
「うう・・うぐぅ・・・ううっ」
 知らず声が漏れ、顔に爪をたてる。
(痛い、痛くない、痛い、痛くない)
 余計に悔しい。余計に腹立たしい。
(でも彼女の思いを受け取るべきなんだろう。この理不尽を)
 苦しい。
 殴りこむより苦しい。
 歯茎が潰れそうなぐらい噛み締めている。
 彼女を助ける為なら何でもしたい。
 今なら悪魔とだって取引する。
 どうすればいいんだ。

 知らず先生の教室へと足が向いていた。
+注意+
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