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黄色いレインコート麗子 作者:ジュゲ
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第六十四話 修学旅行

「いかないよ」

 思い込んでいた。
 普通に修学旅行は行くものだと。
 アルバイトもしている。
 僕と彼女の時給は同じだからわかる。
 文化祭や体育祭の時とは状況が違う。
 今や僕らは友達だ。
 それとも「名無し」の件がまだ解決していないからか。
 どうして。
「え!今なんて」
 ナガミネ、声がデカイ。
「うん。私は修学旅行いかない」
「いかないんだ」
「レイちゃん修学旅行いかないの!行こうよ~」
 いつもの対策会議。
 レイさんの口から思っても見なかった言葉が告げられた。
 修学旅行いかない。
 そんな選択肢があるなんて思ってもみなかった。
「あの・・・」
 何か言いそうになる。
 でも、言ってはいけない気がした。
 アルバイトのお金じゃ足りないのかな・・・。
 それとも「名無し」のこと?
 単純に・・・興味がないってこと?
 様々な言葉が洪水のように溢れそうになったけど、僕はそれを全て飲み込む。
「ナガミネ・・・人にはそれぞれ事情があるしさ」
「わかるけど、すっごい楽しみにしてたのに」
「ごめんね」
 にこやかな笑顔。
 まるで関係ないかのようだ。
「・・・」
 何か言いたい。
 でも言葉にならない。
 口を開いたら幾らでも出てくる。
 でも、それは・・・言ってはいけない感じがする。

 レイさんとの修学旅行。
 勝手に妄想していた。
 復活のマイサンズとナガミネやレイさんと同じ自由行動。
 夢の様な時間になるだろう。
 勝手に・・・興奮していた。
 ヤスやミツはすっかり本調子で、
「女神と一緒に回れる!冬の前に春がキターッ!」
「おー神よ・・・婦女子と修学旅行で自由行動なんて奇跡が・・・」
「レイさんは腐女子じゃないよ」
「いや、マーちゃんそっちじゃないから」
「お前、毒されすぎ」
 マキもいつの間にか昼休みに一緒になっている。
 まだ少しぎこちなさも感じるけど、こういうやり取りも久しぶり。
 マイコちゃんからお許しが出たんだろうか?
 僕は聞かなかった。
 肝心の彼女は無視こそしなくなったけど僕を嫌悪する気持ちは収まらないように思える。
 視線でそう感じる。

 昼休み大いに盛り上がったのに。

「じゃあ・・・届け出ださなかったんだ」
「出さなかったっていうか、出すつもりがないというか」
「そう・・っか」
「マイサンズとオトメンズで合流しようって話してたのにね~」
「ごめんね、そういうの頭からなかったから」

 最近ナガミネの友達と同じゲームをすることがある。
 彼女たちはクラン名をオトメンズと名付けたと言う。
 どういう意味だ?
 聞きたいようでもあり聞きたくないようでもあり。 
 この前は僕のパソコンでレイさんにも遊んでもらったけど、彼女はどこか上の空という雰囲気。
 当然ながらマル秘フォルダーは退避済みである。
 ヤスの家に緊急避難。僕はあんまりパソコンに詳しくないのでミツが全部やってくれる。あの日は賑やかだったな。マイサンズにオトメンズ、そしてレイさん。
 でも、どこかレイさんからは冷めたものを感じていた。
 一人だけ遠い所にいるような。
 二人の時はあんなに近いのに。
 そういえば、三人でいる時も少し雰囲気が違う。
 SNSが閉鎖したことにより「名無し」の直接的な脅威は消えた。
 それを確認したかのようにレイさんは少し雰囲気が変わった。

「修学旅行に行かないってこともあるんだ」
 言いそうになる。
 言わなかった。
 行かないのか、行けないのか。
 僕は色々な思いが込み上げてきて胸が詰まって言葉にならない。
 誰しもが行くものだと勝手に思い込んでいた自分に苛立った。
「授業なのかな?」
 辛うじて出た言葉。
 唐突だ。
「うん、そうだって。自習みたい」
「自習なんだ」
「うん、大体自習よ」
 大体?
 聞きたい。
 今までどうしてたの?
 遠足とか社会科見学とかやったことは?
 相変わらず言葉が勝手に浮かんできては消える。
 大体自習。
 その言葉で充分だ。
 いつもなんだ。
 ひょっとしたら一度もないかもしれない。
 もしくは遠い記憶の先でしか。
「スズキ先生?が見るんだって」
 他にもいるんだろうか。
「学年で五人ぐらいいるみたい」
 彼女はまるで僕の身中を察したかのように言う。
 五人もいるんだ。
 僕の知らなかった世界。
「お土産、何がいい~」
 何時もならシツコク食い下がりそうなナガミネが話題を替えた。
 こういう所が彼女の好きなところ。
 大概の女子は広げても仕方がない話題を執拗に食い下がる。
 母さんもそうだ。
 そういう時の僕は機嫌が悪くなる。
 ま~、大概の女子って言っても何人も知らないけど。
 口が滑りがちな印象を持つ彼女だけど、思い返すと肝心な場面では意外にも失言がない気がしてきた。 
「いいよ別に」
「じゃ~手堅く生八ツ橋かな」
「なにそれ?」
「美味しい和菓子だよ」
 生八ツ橋と聞いて何それって聞き返す人がいることに衝撃を受ける。
 ナガミネみたいにリアクション出来ない。
「奈良京都って言ったらコレでしょ~」
「そうなんだ、でも本当にいいから」
 どうして・・・。
 僕らは友達じゃないの?
「いやなの?」
「悪いし」
「悪くないよ~」
 そうか。
 行かないのか。
 そうか。
 考えてみると僕はレイさんのことを何も知らない。
 修学旅行なんて当然行けるものだと思っていた。
 夏休みに訪れた彼女の部屋が思い出される。
(そうだよ。何をどうすれば行けると思っていたんだ)
 あの閑散とした部屋。
 女子どうこうの問題じゃない。
(これ、人間が住んでいるのか)
 ふと、まだ見ぬ存在を思い出す。
(大人のマーさんとやらは何をしているんだろう)
 どうして彼はレイさんに修学旅行へ行かせて上げないんだ。
 そもそもどういう関係なんだ。
 こっそり会っているんだろうか。
 その彼は彼女のなんなのだろうか。
 どうして彼女の部屋にいないんだ。
 それとも僕が知らないだけで来ているのか。
 次々と疑問が湧いては消える。
 やっぱり聞いてはいけない気がした。

「余計なお世話っていうのはあるからね。お世話程度ならまだしも領分は守らないと」

 先生が言ってた。
 領分とはなんぞ?
「例えば家庭の事情ってあるじゃない。それを土足で他人が踏み荒らすような真似はしてくれるなってこと。関係性の上で犯してはいけない領域がそれぞれあるんだよ」
「そうですか」
「他に個人の価値観に抵触する部分とかね。意見を言うのらまだしも、自分の考えを強要する人っているじゃない」
「ああ、いますね」
 ナリタの顔が不意に浮かぶ。
「人にはそれぞれ個人の領域がある。海外なんかではパーソナルスペースとか言うんだって?」
「わかりません」
「それを侵す行為、だから発言も含むよ。領分を判ってないってことになる。大問題だよ。同情や役にも立たないアドバイスも関係性の構築には大切だろうから、度が過ぎない程度なら良いし、過ぎれば別だ。でも所詮は戯れ言だよ。聞く側も言う側もそれをわかっていたほうがいい」
 なんだ、どういう意味だ。
「よくいるじゃない。関係性もないし、そういう会話の流れもなく、ましてや心にもないのに人の過去をあれこれ追求する人。それに聞いてもいないのにやたら自分のことを言う人。自らの生活臭をアピールしてくる人。あれらは無粋だよ。領分をわきまえていない。悲しいかな日本人も随分と田舎もんになったもんだ」
 わからない。
 結局それは僕のことだと言いたいんだろうか。
 少なくとも僕はその境界が解らないかもしれない。
「僕は・・・よくわかりません」
「解らないのなら心にもないことは聞かないこと、言わないことだよ。前にも言ったけど、真に賢い人間はべらべら喋らないものだ」
「はい・・・」

 今まさにその状態かもしれない。
 何か非常に微妙な会話をしている気がする。
 彼女は平然と喋っているけど。
 何を言っていいか解らない。
 下手なことを言いそうで。
 胸が苦しい。
 そういえばこんなことも言っていた。
「百年の恋も冷める一言ってあるからね。気をつけたほうが良い」
 今はそれを言いそうで怖い。
「帰ったらお土産話を聞かせてよ」
 レイさん・・・聞きたいんだ。
 それとも方便かな。
 先生が言ってた、人の社会には方便はいるって。
 芸能人がテレビで言う「じゃあ今度うかがいます」とか「一緒に行こうね」とか、あれだ。
「嘘と方便は違う。行くつもりで結果行けないのなら仕方がないけど、端から行くつもりがないのに言うのは嘘だ。方便にもセンスというか心根が出る。嘘は必ずバレるよ。それも最悪のタイミングでね」
「もし・・・そうなったら、先生ならどうしますか?」
「僕は嘘は言わないけど・・・強いて言うなら、謝る。只管ね。言い訳を言わず煮るなり焼くなりしてもらう。そしてその結果を受け止める努力をする」
 僕に出来るだろうか・・・。
 もう僕はノーセンスでいいよ。
「本当にいいのかい?」
 あー・・・遂に頭の中に先生の声が響くレベルになった。
「いいわけないから君は悩んでいるんじゃない?」
 そうです。
「本当にどうでもいいのなら言葉には出ないもんだよ。意識に触れないからね。指摘されても気づくの苦労をようするぐらいだと思うよ。どうでもよくないから君は悩むし、声にも出す。それをどうでもいいと言うのは僕からしたら”逃げ”だよ」
 その通りかもしれない。
 逃げたい。
 どうでも良くない。
 でも何を言えば。
 どう向かい合えば。
「よし、じゃあ帰ってきたら生八ツ橋食べながらデジカメのデータをパソコンで見つつ宴会だね」
 こういう時にナガミネの性格はありがたい。
 空気が読めないのか、読まないのか。
「そうだね」
 僕もようやく声が出る。


「わかった」


 少し間があった。
 ほんの僅かな沈黙。
 穏やかな表情。
 一瞬だったけど、僕は心臓が止まりそうになった。
 レイさん、何を考えている?
 何かあったの?
「なら一杯撮るぞ~。レイちゃんの為にマーちゃんの寝顔とか激写しちゃお~か」
「なんで私のため?」
 あ、笑った。
 良かった。
 レイさんが笑った。
「しなくていいから」
(してもいいよ。ていうか、むしろシテ。それをレイさんが望むなら。望んでないだろうけど・・・)
 笑っているレイさん。
 僕は今どんな顔をしているんだろう。
 ヤヴァイ顔をしていないといいんだけど。
 胸が詰まる。
 苦しい。

 そうか・・・レイさんは修学旅行に行かないのか。
 行けないのか。
 興味が無いのか。
 他の何かか。
 レイさんのいない修学旅行に急に寒いものを感じる。
 それともレイさんの背景に感じているのか。
 僕は・・・・。
 胃の辺りが重くなる。
(ヤメだヤメだ)
 先生が言ってたじゃないか。
「下手な考え休むに似たりって言うけど、僕に言わせれば休んだほうがずっといいね。考えなんて、他人事のように遊ぶぐらいじゃないと。そもそもが防衛反応なんだから。大事なのは今だよ。今出来ることがあるでしょ」
 そうだ。
 レイさんにはレイさんの人生がある。
 考えがある。
 事情がある。
 僕には僕の出来ること。
(そう思ってはいるんだけど・・・)
 楽しそうに燥ぐ二人を見ながら僕だけ妙に冴えない顔をしていたかもしれない。
 こういう時はどういう顔をすればいいんだろう。
 ヤスがよく「笑えばいいと思うよ」って何かのセリフを言うけど、多分今の僕が笑っても実態が伴っていない、先生が言うところの心ない顔になってしまうのだろうと思い、やめた。
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