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黄色いレインコート麗子 作者:ジュゲ
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第六十話 孤立

「おはよ」
 いつもの挨拶。
「おいっすー」
「おはよう」
「おはよろ~」
「おう!」
「おっはろー」
「おっす」
「おは」
「気合だ、気合だ、気合だ!」
「おいっす、おいっす、おいっす~」
 挨拶ですら色々なんだ。
 一度は途絶えた相手からの挨拶が返ってくる。
(最後の周辺は挨拶と言えるのか微妙な気もするけど)
 当たり前のように聞こえていた、聞き流していたとも言える挨拶。
 それが再開されたからか、強い印象で受け止められる。
 気づかなかったか、忘れていたか、よくよく聞いてみるとバリエーション凄い。
 今まで何気に聞いていた言葉。
 ずっと届かなかった言葉。
 この当たり前の言葉が妙に新鮮に聞こえる。
 それも無視されていたお陰か。
 どこぞのレスリングお父さんみたいな男子もいたんだな。
 そういえば柔道部で流行っていたって言ってたっけ。
 嘘みたいだ。
 あれほど硬直していた空気がいつの間にか元に戻っていく。
(あれは何だったんだ・・・)
 ずっとあのままじゃないかって思っている自分もいた。
 少なくとも僕はこの経験で、空気感の恐ろしさを学んだ気がする。
 届かない言葉があることも。
(受け取る側・・・次第か)
 自分の弱さを知った。
 人の弱さも知った。
 そして、誰が敵で、誰が味方で、誰が外野なのか。
 明白に見えた。
 それだけでもいい経験になったと言える。
(やせ我慢だな。知りたくて知ったわけじゃないし)
 同時に少し物寂しいものも感じる。
 他人の知りたくなかった面を見た気がする。
 人は見かけにはよらない。良くも悪くも。
 言葉だけではわからない。外見だけではわからない。

「相手が誰であれ浅く付き合っているだけではわからないものだよ。深く付き合っても感性が鈍化していればわからないし、感じる才能が無ければわからない。でも少なくとも浅く付き合っている頃より幾ばくかでも感じるものはあるだろうし、それが蓄積され身になった時に、初めてえも言われぬ芸術表現、つまり人間表現になる。人としての厚みが増すって言うのかな。表面の付き合いからは得られないってことを、今回のことで君は多少なりとも実感出来たろうから、これはこれで君にとってはプラスになったんだと思うね」

 渦中の僕に先生が言っていた。
 正直なところ半分もわからない。
 でも、何か、何か、心で感じられる気がする。
(お母さんが言うように、僕は先生に洗脳されているのかな?)
 そんなことはないと思いたい。
 だって先生の言うこと全てを信じているわけじゃない。
 腹がたったことだって一度や二度じゃない。

 ミツから聞いた話から、意外にもムカついた相手であるタンクが僕の味方をしてくれたと聞いた。皆がクラスで僕の陰口を言っていた時に、
「彼女がいるってのがそんなに悪いんかね?俺なんかぶっちゃけ超羨ましいよ。しかもあんだけ美人で。今まで全く気づかなかった。あれなら寧ろ騙されたいぐらいだよ」
 言っていたらしい。
 あの話の後も、
「アイツは大したもんだ。尊敬するわマジで」
 それを聞いて、ちょっとビックリ。
 だとしたらタンクは言い方で損をしている。
 なんであんな嫌味っぽい言い方になるんだろうか。
 この話を聞いて俺もタンクを見直した。

 マキからは相変わらず無視されている。
 自分のことで手一杯で気づかなかったけど、マキは別な意味でクラスで孤立を深めていたようだ。ミツの話を聞くと、まるで一時のアイツを彷彿とさせた。
 マキん家は色々と事情がある。
 それこそさっきの話じゃないけど、マキとはそれなりに深い付き合いだから色々見てきた。
 アイツん家はご両親の仲が本当に悪い。
 険悪なムードっていう言葉があるけど、「これか!」と思うようなトゲドゲしさだった。何度出くわしても嫌な感じがする。空気が硬く冷たいようなものを感じた。僕がいるのに平気で言い争いになる。うちじゃ信じられない。
(あれがまともな大人の姿なのか?)
 そんなことを思った。
 彼のお父さんは建築関係の社長。
 そう、つまり裕福な家庭である。
 マキは家の話をしたがらないけど、小学校時代に同級生だったヤツの話を聞くと衝撃の事実。当時は自家用ヘリがあったようで、クラスの富裕層仲間と「お前んちは何乗ってる?」って話をしていたらしい。
「持ってる?」じゃなくて「なに乗ってる?」だから、まるっきり世界が違う。
 お父さんの印象としては豪快。
 初めてお会いした時は驚いたものだ。
(こんな人種もいるんだ)
 そういった印象だった。
 お母さんは美人だけど神経質。うちの母さんとは違うタイプのもの。
 マキの部屋以外は綺麗過ぎて非常に居心地が悪かった。
 トイレを使わせてもらった際に、
「便座はスプレーして拭いてくれた?」
 とか、
「スリッパは揃えてね」
 とか、
「便座の蓋を閉めといて頂戴」
 とにかくルールがやたら多い。
 僕のトイレマナーはマキのお母さんに躾けられたようなものだ。
 ただ、どしてか僕は相性が良かった。
「お母さん細かいね~、そんなんじゃ小じわ増えるよ」
 と、ツッコミを度々入れたことが思い出される。
 ここからが母と違う点。
「小じわだなんて、嫌なこと言わないでよ」
 笑いながらストレートに返事が返ってくる。
 うちの母さんだとこうはいかない。
 真顔で落ち込むのだ。
 その程度の軽口で落ち込まれると鬱陶しい。
 僕も言われたことは守った。
 どうあれ他人の城。
 それが良かったのかマキのお母さんは僕が行くと喜んでくれたようだ。
 ちょっと信じられないぐらい派手なドレスを買っては、
「ね~どう?若い感性の感想を聞きたいわ」
「派手過ぎじゃないですか?でもハリウッドのレッドカーペットでも歩きそう」
「女優に見えるかしら」
「お母さん美人だからいけますよ。でもやっぱり眩しいかなぁ~」
 そんな会話をしては喜んでいたような気がする。
 何かというと絢爛豪華。
 ただ臭いぐらい漂ってくる香水は嫌だった。
 話だとお父さんは離婚したがっているんだけどお母さんは反対していたよう。
 家によって色々だと知った。
 うちの両親はなんだかんだ言って仲がいいと思う。
 何時だったかお伺いした時、違う女性がいたからてっきり離婚したのかと思ったら、愛人らしい。家に愛人を上げるお父さん。
 僕はマキの表情が沈んだ印象だったのを覚えている。
「お前んちは仲良くていいな」
 マキが家に遊びに来て何回目かにポツリと言った。
「完璧に外面だけどね。あれ。母さんなんかお前が格好いいからって猫被ってる。気持ち悪いよな、いい年こいて」
 僕はそう返したんだけど、何も言い返さずに寂しそうに笑っただけだった。

「一緒に食べてなかったの?」
「うん」
「マキくんが、二人で食べてくれって」
 僕と気まずくなり、てっきり三人で昼は食べているものと思ったら違ったらしい。つくづく僕も手一杯だったんだな。全く気づかなかった。
「マッキーは義理堅いから、マーちゃんに悪いと思ったんじゃないかな」
 ありうる。
 あいつは口が軽くて態度も軽いけど非常に義理堅い。
 先生の言葉をお借りするなら、アイツは人の心根を見ている気がする。
 僕からしたらどうということもない気配りを何時迄も覚えていたりする。
 うちの両親ですら気づかないようなことを気づいたりする。そういうヤツだ。
 だからマイコちゃんと付き合うことになったと知った時は僕にとっても本当に嬉しかった。
 まさかそれが僕のせいで二人が不仲になるなんて。
 そう思うと落ち込まざるおえない。

 マキが先生のところを辞める時もすったもんだあったっけ。
 記憶が定かじゃないけど、お母さんが「高校生にもなって習字なんかやっても無駄だから」って無理やり辞めさせたんじゃないかな。代わりに塾へ行けと。お父さんは先生を大層気に入っていたからかなりの大喧嘩になったと後で聞いた。
 マキは残りたがっていた。
 先生の所にいる彼は水を得た魚のようで活きいきとしていた。心から楽しそうだったのを覚えている。多分、今でも僕よりヤツの方が続けたいのだと思う。人前で涙を見せたことがないアイツが初めて流したのはあの時だけだ。先生の前で黙って泣いていたことが思い出される。
 ご両親が離婚騒動を起こしている時のマキは酷く荒れていたけど、それを結果的に助けたのは先生だと思う。そこを辞めさせられるんだから、どんな思いだったんだろうか。僕からしたら不思議でならなかったあの一件も、結局はお母さんを思ってのことだと今は考える。

「お母さんってああいう人だから友達いないんだよ。親父は外で遊び呆けているし、家のこと一切構わないし。家には帰ってこないし、帰ってきたら来たでお手伝いさんには手を出すし。誰も私の言うことを聞いてくれないって、酒飲んで泣きながら俺に抱きつくんだぜ。なんだか可哀想でさ・・・。お前を息子にしたいって言ってたよ」
 そんなことが思い出される。
 愚痴は滅多に言わない男なのに。
 優しいヤツだ。
 僕も随分優しいって言われてきたけど、僕の優しさなんて上っ面だけの薄っぺらいものに過ぎない。自分ではそう思う。先生に言わせれば自分のことを自分で評価するなんて傲慢ってことになるんだろうけど。
 アイツは違う。
 自分を捨てて、お母さんを助けるんだから。
 僕を助ける為に自分を捨てるんだから。あの時もそうだった。
 マキには幸せになってもらいたい。
 俺を嫌いでもいいから。
 ヤツが荒れだしたら手がつけられないけど、不思議と僕はヤツが怖いと思ったことはない。何故だろうか。不思議なものだと思う。

「うるせーよ」
 マキか。
 ナリタに絡んでいる?
「ウザったいな・・・お前」
 マズイ。
 マキのあの顔はキレそうだ。
 ヤツは顔によく出るからわかりやすい。
 止めないと。
「どうしたの?」
「コイツ勝手に躓いた癖に、一人でキレてやがんの」
「んだと?」
 昔、自分で言っていた。
 一旦、腹が立つと自制が効かないって。
「まあ、まあ、まあ」
 二人に歩み寄る。
 こういう時ですらマキは俺を一瞥もしなくなった。
「悪いなぁ、マキも俺のことで苛立っているんだ」
 睨み合っている。
 マズイ。
 引き離した方がいいな。
 僕がマキの手を引っ張ろうと掴んだ瞬間、彼は思いっきり振りほどく。 
「いたっ!」
 何かに僕の手が当たった。
 机の角か?
 その勢いを見てナリタは初めて冷静さを少し取り戻したかに見える。
 マキは先行パワー型だ。
 手を出したら多分かなり強い。
 そして止まらない。

 彼自身それをよく解っている。
 不思議なもので、コイツは口も手も出るけど僕に手を上げたことは冗談でもない。いや?一度だけあったか。だいぶ前だけど、そうだあった。その時に聞かれたんだ。
「お前、俺が怖くないの。ひょっとして舐めてる?」
「舐めてはいないけど、怖いと思ったことないな・・・なんでだろか」
「・・・」
 マキは黙っていた。
 自分でもよく解らなかったけど、妙な確信があった。
 仮に殴られてもヤツにはまともな事情がある気がして不思議と許せると思う。
 先生に言われて合点がいったことがある。
「マッキーは人がいいから。君は彼の心根を感じているんだよ。そして彼もそれがわかる人だから。万が一にも君に手を上げることがあっても、多分それで一番傷つくのは彼自身だろう」
 そうだ。
 ヤツは意味のない力は振るったことがない。
 意味のない威嚇をしたことがない。
 弱いやつを、弱いってだけで威嚇したこともない。
 寧ろ、弱い生徒を威嚇するようなヤツを威嚇していた。
 アイツが振るっちゃうようなら仕方がないと思っている自分がいる。
 僕は暴力は嫌いだけど、ヤツがやっちゃうようなら仕方がないと思える。
 打ちどころが悪かったのか少し手の甲が赤く腫れている。
 この前のナリタの一件ではあれほど腹が立ったのに。
 やっぱりマキだと腹が立たない。
「ふん」
 ナリタは捨て台詞すらなく教室を出る。
 アイツはなんだ、何かあったのか?
 なんでああも全てに絡みつく。
 マキは得も言われぬ表情で僕を見る。
(久しぶりな感じ)
 そんなに悲しそうな顔をするな。平気だから。
 何も言ってこない。でも言葉異常に表情が語っている。
 あのお喋りのマキが黙って僕を見る。

「大丈夫」

 ナガミネが僕に声をかけた。
(お前・・・俺らには絡まない計画じゃなかったっけ?)
 あのプランはどうなったんだ。
 発案者なのに。
「うん。なんでもないよ」
 マキを睨むな。
 落ち着けって。
 ナガミネはああ見えて結構な直上型なんだな。
 どうして僕の回りには直情型が多いのか。
 ヤスやミツぐらいだ。
 そしてこういう時に限ってレイさんはいない。
「マキ、色々と悪かったな」
「・・・」
「無視ってどういうこと?」
 ナガミネ、もちつけ!
「どう、どう」
「ふざけないで!」
 ナ・ガ・ミ・ネさん?
「まーいーから、いーから」
 止む終えず、彼女の背中を押して席に戻らせる。
「ナガミネ思い出せって」
 出来るだけ小声で。
 ようやく気づいてくれたのか彼女は鎮まった。
(まったくなー手が掛かるのが多い!)
「なに、二人付き合ってんの?」 
(ターカーヤースゥ~お前はお呼びじゃないんだから)
「いやいや」
「本当か~?」
「ねー」
 同意を求めたら彼女は僕を一瞥するだけで応えなかった。
(おい~~~)
「怪しいな~。やっぱりあれか?文化祭の影響で・・・ってまさか、お前、シカコと付き合っているって怪情報はカモフラージュかー!」
(声が大きいってお前さん!)
 こりゃ、どう言えばいいんだ。
 ナガミネ、さっきの威勢はどこいった?
 普段のあの多弁ぶりがどうしてココで活きない。
「彼女は人見知りが激しいから、ほら」
「おい聞いたか!彼女だって」
(声がデカイから)
 それにサイトウを巻き込むな。
「いや、そういう意味じゃなくて」
 これは面倒なサイクルに入ったか。
 彼女を見ると寂しそうな顔をしている。
 どうするよ。どう言えばいい。
 なるほど。
 本当に沈黙は金だな。
 でも、もう手遅れだ。
 ここで黙ると被害が拡大しそうだ。
 黙っていると誤解される。
 否定するとナガミネが魅力がないみたいに捉えられかねない。
 それで凹んだら彼女が可哀想だ。

「違うけど・・・ナガミネみたいな・・・可愛い子ならアリだけどね」

 ナガミネどうして赤くなるんだよ!
 今でこそ普段の毒舌や異次元論法の登場でしょうよ!
 俺のフリを理解して!
「おっと、これマジじゃね?」
(マジじゃねーから!)
 ミイラ取りがミイラって、まさにコレか。
「お前ら付き合ってるの?」
 サイトウは帰れ、しかもなんで嘲笑気味なんだよ。
 どうせ貴方様はオモテになりますから。
 もうイイ!好きに噂してろ。
 僕が匙を投げかけた寸前だった。

「ちげーわ。コイツはシカコ・・・ゆう・・レイにコクって振られたんだから。お前ら適当なこと言い過ぎだ」

 うわああああああああああああああ。
 マキ、お前は、どうしてそんなことを言った。
 いやさ、もう事実だけど、秘密でしょ!
 もう秘密ですら無いけど。
 穴があったら入りたいってコレか。
 って、さっきからこんなことバッカリ!
「マジかよ」
 マジだよ。
 といいますか、気づけって。
 にしても・・・マキ・・・。
「・・・なんと言いますか」
 言葉が浮かばない。
「じゃあ・・・シカコって今フリーなんだ?」
 サイトウ・・・お前は本当にソレばっかりだな。
 それとシカコって言わないで!
 どんだけ僕は恥の上塗りをすればいいんだ。
「マキ・・・言うなよ・・・」
 なんでナガミネは小動物みたいな顔して俺を哀れんで見るんだ。
 挙句にヤスオカさんの顔が怖いのはどうして?
「わりぃ、言っちゃった」
 マキが笑った。
 どうしてか僕も笑みが溢れた。
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