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黄色いレインコート麗子 作者:ジュゲ
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第五十九話 波紋

 僕自身はナリタの一件でどこか吹っ切れたのかもしれない。
 裏を返せば自分の中にもわだかまりが出来ていたということか。
 クラスメイトが僕を腫れ物に触るように見ていると考えていたのは事実だと思う。
 初めはその程度だったかもしれない。
 でも、それを結果的に更に促したのは僕でもあるのか?
 先生が言ってた。

「本当に気にならないのなら辛くはないはずだよ。気になっているからストレスになる。僕からしたら君はこれ以上ないぐらいに気にしているように見えるけどね。そういうある種の緊張感が余計にクラスの皆にも伝搬して話しづらい環境を作っているとしたら、君はどう思うかい?」

 正直に言えばあの時は腹が立って素直に聞けなかった。
 でもそれは少なからずあるかもしれない。

 ナリタやナガミネのお陰か、憑き物が落ちたように気分が楽になった。
 無視されてもいい。(そりゃ嫌だけど)
 話しかけたいことがあったら僕から話かければいい。少なくともその選択肢は残されている。それで無視するのも相手の自由意思だ。
 僕は知らず自分の意思に同調するよう求めていたのかもしれない。
 そんなつもり丸っきりないけど、先生の言葉をお借りすると、そういうことになる。
「誰だって自分のことはわからないものだよ。解ってるって言う人もいるけど、僕から言わせれば天をも恐れぬ傲慢さだね」
 先生はそう言うけど、自分のことなんて大なり小なり判るもんじゃないかな?でも、どこか引っかかる。僕の感じ得てない何かを先生は把握している気がする。それって当然か。大人なんだし何より先生なんだから。あの時はそう思えなかったけど・・・。
「無視されたら嫌じゃないですか・・・」
「裏を返せば嫌と思う君自身がいるっていうことにもなる」
「そう・・・ですけど」
 屁理屈だ。
「挨拶すら返せない、言うなれば人として器の小さい相手を気にしている、器の小さい君がいる。僕にはそう見える。大して相手と変わらないかもよ?」
 ムカついた。
「先生だったら辛くないんですか」
「辛くないね。そもそもそうした人には話しかけない。挨拶すら面倒くさい人間だから。一人になれば自分の好きなことが出来るって喜んだと思うよ」
「先生はお強いんですね」
 嫌味だ・・・。
「どうだろうね。君は考えすぎに思うよ。泣きたければ泣けばいい。怒りたければ怒ればいい。まずはその肉体の心の声を素直に聞いて行動に直結するぐらいの構えがあって、その上で考えがあるならいいんだけどね。君はまず思考が先にある。順序が逆に思うな。少なくともそういう感覚が身についていれば長々と悩むことはないと思うよ。君は良くも悪くも理性が強すぎる。君に限った話ではないんだろうけど。人間なんて土台大して変わらないよ。純粋に生きればカッコ悪いもんだ。自分を良く見せようとしすぎるように思うね」
 そんなつもりはない。
 僕が、いつ、良く見せようとした!
 何も見ないで、何も知らないで、よくもそこまで言えるもんだ。
 先生は神様か何かのつもりか!

 でも・・・。

 今朝の一件から僕の中で何かが変わったのかもしれない。
 今まで話しかけづらい雰囲気を察し、大したようもないから話しかけなくなったのは自分自身かもしれない。思い返すと、いつも大したことなんて話していない。ほぼ雑談だ。それを除いたら自ずと話しかける用事なんてないものなんだな。
(雑談を侮っていた・・・)
 関係性を維持するのに案外大切なものか。だから女子はあんなにもどうでもいいことばかり喋っているのか。
 僕はそんなに女子を喋るの好きじゃなかった。簡単な雑談ぐらいならいいけど、ある程度話こむと決まってどうでもいい話になる。あの男子がどうだこうだ、ファッションがどうだこうだ、アイドルがどうだこうだ。食べ物がどうだこうだ、旅行がどうだこうだ。個人の趣味や感想の羅列だ。僕からしたら将来のことや、社会のこと、政治や、世界で起きていること、もっと話したほうがいいことが一杯あるのに。
 そういう話をすると途端につまらない顔をする。
 スズノなんて露骨。
 その点、ミズキちゃんはいい。
 「うん、うん」って頷いて聞いてくれる。
 そういえば、彼女はどうしているだろう。
 それどころじゃなくてすっかり忘れていた。

 話かければ意外にも応えてくれる人もいる。
 ぎこちないのは仕方がない。お互い様だろう。仲の良かったヤスやミツですらそうだったんだから。僕自身も気づかないところで強張っているのかもしれない。

「相手は鏡のように見るといいよ」

 先生の言葉だ。
 話しかけてはいけない雰囲気。
 応えてはいけない雰囲気。
 それを感じて臆していたのは僕自身なのか?

 タンクスズキが僕に声をかけてきた。
 声をかけられるのは久しぶりな気がする。
 ナリタのは別にして。
 あれは難癖だ。
 ガッシリとした体型、強靭な筋肉、そうした風貌。
 ゲームで言えば体力を重視した盾的役割のタンクというジョブがある。
 それに因んで僕が名付けたんだけど、いつの間にかクラスの間で広まった。
 大柄だけどスポーツは全くやらない。パソコン関係に強く、見た目に反し実際はバリバリの文化系なのが笑う。インターネットとかにも強いようで自分のブログも持っている。よくもあんな面倒くさいのをやるものだと僕は思っていた。毎日更新しているらしい。今度読んでみるか。
 クラスSNSも彼が用意した。
(そう言えばヤツはシステムエンジニア志望だったっけ?ウェブ・デザイナーだったっけ?)
 思えばタンクとはほとんど話したことがない。ブログも読んだこと無い。
「ちょっといいか」
「なに?」
「お前さ、クラスのSNS・・・読んでる?」

(きた!)

「そういえばあったね」
 しらばっくれる。
「読んでないか~」
 実際、読んではいない。
 僕はああしたものは気分が悪くなるだけに思っていた。
 ここ暫くはナガミネがまとめて報告してくれるけど、その範囲でしか知らない。
「ほら、僕はスマホ持ってないから、話題に乗れないし」
 これは事実であり、嘘でもあるな・・・。
「そうっか・・・実はな・・・」
 タンクはこれまでの経緯を僕に話、自らの態度やクラスのムードがいかにしておかしくなったかを説明してくれた。さすが管理をやるだけあって実に話がわかりやすい。
「そっか・・・悪かったな。・・・なんか汚しちゃって」
 本音だった。
(ずっと言いたかった)
 ほとんど飲み込んで沈黙する。
 先生に言われた。
「人は悟られまいと余計なことを喋る。結果として本音がバレる。それはヤマシイと自らが捉えているからで、”語るに落ちる”って言葉あるでしょ、そういうこと。諺にも”口自慢の仕事下手”と言うのがあるんだけど、僕らの世界でも昔から”多弁に名人無し”って言うんだ。仕事や作品で魅せられないから口で補おうとする。それは全て言い訳だよ」
 本当は言いたい、でも・・・。
 堰を切ったように出てきそうで。我慢しないと。
 僕は一言タンクに謝りたかった。
 お父さんが言っていた。
 ああいう管理は地味に見えて凄い大変なんだって。
 迷惑をかけた。
 マイサンズのブログはミツがやっているけど、思い返せば色々大変そうだった。簡単に考えていたけど。
「いや、こっちこそスマン。なんか話かけづらくってな」
 不思議なもので、この光景を見ていたのか、休み時間の合間に直接何人か僕に謝ってきた。皆一様に口がよく回ったが、口数が少なく重く受け止めている人もいた。
「ごめんね・・・」
「済んだことだ。色々あるからね」
「・・・マーさんって男らしい!好きになっちゃうかも」
 好きになっちゃうって言って好きになる人を僕は知らない。
「なって、なって~」
 あ、しまった。
 調子に乗った。
 真に賢い人間は調子に乗った振りをしても本当の意味では調子にのっていないって先生が言ってたな。って・・・どんだけ俺は先生の言葉を気にしているんだ。
「今のは冗談だけど、ありがとう。嬉しいよ」
 嬉しいのは本音だ。

 芋づる式だった。

 悪い流れも、良い流れも。
 こんなにも変わるもんなんだ。
 こんなに空気に流されやすいもんなんだ。
 クラスが急速に氷解ムードの中、残ったはマキとマイコちゃん。レイさんは規程路線だけど。
 タンクが気にしていたのは意外だった。
「お前さ、マキとなんかあった?」
「んー・・・あった」
 正直に言うことにした。
「なに?」
「話せば長くなるし複雑なんだけど・・・」
 何時もなら面倒くさいから、このまま結果的に誤魔化してしまう。
 そもそも言ったってわからないだろう。
 本当に複雑な関係をほんの一言で済ますなんて器用なことは僕には出来ない。それがこの時は違った。出来るだけ、可能な限り、短く、正確に、結論だけ言っておきたいと思ったところ、言葉になった。
「俺が迷惑かけたってこと・・・かな」
 そうだ。
 どうあれ俺が迷惑をかけたんだな。
「謝ればいいじゃん」
「挨拶さら返ってこない始末だから」
「そう言えばマイコさんからもも無視されてない?ちょっと仲良くなかった?」
「まー・・・ね」
 タンク・・・えぐるねぇ。
 他人から指摘されるだけでチクリと胸が痛む。
「ま、いいや。それよりマキとお前って気持ち悪いぐらい仲よかったら意外だなって思って」
「気持ち悪いぐらい?」
「だってマキなんてお前のボディガードみたいな感じだったろ」
「そうだっけ?」
「そうだよ。アイツお前の噂が流れるとすぐ首突っ込んでくるし。ヲタク眼鏡なんてお前ら二人で妄想していたらしいぞ」
 ヲタク眼鏡・・・誰だ。
「誰?」
「ナガミネだよ」
 あー・・・。
 タンク、言い方、そりゃ的確かもしれないけど。
 随分なアダ名をつけているな。
「どんな妄想なんだろ」
「俺かはら言えないな」
「凄い気になるんだけど」
「知らない方が身のためかもね。アイツほんと何考えているかわかんねーし」
 そんなことないぞ。
 ちゃんと話せば俺らと同じ高校しているぞ。
「にしてもお前尊敬するよ」
「なにが?」
「あの雰囲気の中で平然としていられるんだから。見直した」
 そっか・・・そんなもんで見直すもんなんだ。
 それに全然平気じゃなかったんですけどね。
 それにしても先生の言うように見ているもんだな・・・。
「お前知らないかもしれんが、アッチだって噂だったから」
 アッチ?アッチってなんだ。
「アッチ?」
「アッチって言えばアレだろ」
「アレ?・・アッチ?え?」
「マジかよお前・・・本当にすまなかった」
「え?なんだ、なんだよ」
「聞かなかったことにしてくれ」
「え、凄い気になるんだけど」
「お前って結構天然なんだな」
 ちょっと待て、聞き捨てならない。
 俺のどこが天然だって。
 今はそれどころじゃないから頭が回ってないだけだよ。
「それに大したもんだよ。シカコや宇宙人らに話しかけられるんだからなぁ~」
 シカコ・・・か。レイさんのことだ。なんだか久しぶりに聞いた気がする。
 んで、宇宙人とは?
「宇宙人?」
「あーヲタク眼鏡」
 あ・・・。
「ナガミネとその御一行様だ。ほんとお前疎いんだな」
 これだよ。
 クラスの仲間をそういう呼び方するから興味ないんだよ。
 僕は先生に「歩くワイドショー」って言われたけど、タンクに比べればマシだと思う。そういう蔑視的感覚はどこから来るんだ?それで管理人とか笑わせてくれる。
「あー・・・」
 怒るな。
 タンクにはタンクの事情がある。
 俺も心の痛風だな。
 こんなことで腹をたてるなんて。
 レイさんを見ろ。
 あの威風堂々たる彼女を。
 そうだ、俺もタンクと対して変わらない。
「俺はあいつらの言っていることがサッパリ解らない。ていうか意味がわからないよあの一角は。一緒のクラスってだけでもヤレヤレって感じなのに、ましてや話しかけるなんてな」
「そう・・・かな?」
 湧き上がる憤りを抱えつつ、どう言っていいか考えあぐねる。
「人は・・・色々だから」
 マズイ。
 ムカついてきた。
 まてよ、先生も言っていたじゃないか。
 感じたままに動けばいいんだって。
 でも、今はマズイんじゃないか?
 あー自分の中の綱引きが鬱陶しい。
「お前は人間が出来ているなぁ」
「どう・・・だろ」
 出来てない。
 否定しそうになる。
「・・・自分ではわからないけど」
 先生が言うような、相手を否定しないって・・・難しいな。

「相手の意見はどうあれ素直に受けるもんだよ。自分のことは解らないものだからね。まずは受ける姿勢ありきだ。そこから客観性を感じ取らないと自分の片鱗すら見えてこないもんだけど、どんな仕事をするにせよ自分を知らないと良い仕事は出来ないと思う。相手がどう思っても相手の自由。受け取る側は相手の裏側をみるぐらいの余裕は欲しい。だから発言にいちいち右往左往しているようじゃ困っちゃうね」

 先生の言うことは高校生には難しすぎる。
 とにかく今は口開けると腹が立ちそうだ。
「お前って謙虚だね~」
 なんか引っかかる言い方だな。
 言葉の印象に反し、何故かタンクは俺がレイさんと付き合ってないことをわかってくれた。管理人をやるだけあって多少なりとも観察力はあるということか?アイツはアイツなりに人を見ているってことか・・・。意外な人が理解を示してくれ、意外な人が未だ国交断絶したままである。

 マキ、マイコちゃん・・・もうあの頃のように喋ることは出来ないのだろうか。僕の中でも彼らの存在が遠くなりつつあるのを感じる。
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