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黄色いレインコート麗子 作者:ジュゲ
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第五十三話 三人パーティー

 なんでこうなったんだ。
 放課後。
 僕、レイさん、そして・・・ナガミネ。
 三人が校庭の裏で顔を見合わせていた。
 ここは陽が当たらず大木にも紛れ変な噂もあった為に人けがなかった。
 変な噂とは、出るというのだ。あれが。
 僕らにとっては格好の場所になる。
 ここを提案したのはレイさん。
「多分その噂、私じゃないかな?」
 怖がるナガミネに対し彼女が言った。
 この一言は幸いなことに人見知りが激しいナガミネの心を氷解させた魔法の呪文となった。
「なんでそう思うの?」
 小動物のように震えながら目線を逸らしたまま問う。
 初対面に近い人に対して自から声をかけた初めての経験じゃないか?
「だって、私を見て『キャー!』とか『出たー!』って叫んで逃げる人がいたから。『出たー』って、つまりソレのことでしょ?」
 まるで気にする風もなく答える。
「えー!」
 ここからは早かった。
 ナガミネはまるでテレビのニュースキャスターが未知の宇宙人にでも接近遭遇したかのような興奮でレイさんに次から次へと質問を畳み掛ける。その幾つかは「ちょっとそれは失礼なんじゃないの?」と僕が思うようなことも含まれていたが、それを嫌な顔一つせずレイさんは淡々と答えていた。
 僕は全身がザワザワした。
(レイさんがクラスメイトと話している。しかもあの超人見知りのナガミネと・・・奇跡だ)
 ナガミネはクラスの女子とはソコソコ普通に会話をするが表情はいつも硬かった。少なくとも僕にはそう見えた。
(無理をしている)
 多分だけど、本来彼女は一人が好きなんだろうと思う。自分とカラーが合う人がクラスにいないのだろう。でも無理をして出来るだけ会話するように努力をしている節がある。何せ学校というのは集団行動を強制的に学ばせる側面がある。社会の予行演習の場。
 無理があの硬さに出ているように思えた。不自然なテンション。不自然な会話。自分を偽っている。だから声をかけられれば応えるけど本当に素の自分ではない感覚で喋って見えた。僕の思い込みかもしれないけど。
 様々な感情がない混ぜになり自分の中でまとまらないまま二人を見た。 
 その一方で別なことを考えている。
 レイさんが昼休みにクラスから姿を消すことは知っていた。
 あのメロンパンの一件以後、何度か彼女を探したことがあったけど見つからなかった。
(ココにいたんだ)
 ここに一人で時間が過ぎるのを待っていた。
 食事もとらず。
(とれず・・・と言うべきか・・・)
 一人で。
 幽霊と叫ばれたりしながら。
 急にこみ上げるものがある。
(どんな思いだったんだろう)

「なにマーさん、娘を見守る父親みたいな顔して」
 穏やかに笑っている。
 あー可愛い。
 あー嬉しい。
 ナガミネも僕を見ると、手を叩いて笑った。
 ツボったようだ。
(どんな顔してたんだ僕は?)
 ヤヴァイ本当に泣きそうだ。誤魔化さないと。
「すっかり大きくなって~うっ」
 わざとらしい演技をし、何気なく涙をふく芝居をしつつ、本当に涙を拭く。
 ナガミネは僕を一瞬不思議な人を見るような顔をする。
(バレた?)
 レイさんと僕を何故だか見比べて表情を曇らせる。
「ナガミネどうかした?」
 僕が声をかけるとビクっと身体を震わせ愛想笑いを浮かべる。
 まだこんな表情を僕に見せるのか。文化祭の時を思い出す。朗読劇の稽古中はいつもこんな顔で僕を見ていた。
「・・・下手っくそな芝居ね」
 そんな僕の胸中も知らず吐き捨てるように言う。
「ちょ、お前ね~酷い言い草だなぁ。文化祭でナイスアクターで賞をとった僕にそれを言うかね」
「知ってますぅ~、その相手は私だったから」
 彼女は不意に笑った。
 レイさんも笑う。
 女性という存在は何を考えているのかよく判らない。

 そもそもこうなったのはナガミネが協力したいと申し出たことからだ。
 僕はことがことだけに正直言って嫌だった。
 二人の問題だ。
 僕とレイさんは矢面に立たされている当事者。彼女は違う。
 本来なら僕だけで片付けてもいい案件だけど、レイさんに言われたことを思い出し覚悟している。
 全部言って欲しいと言われた。あの表情だ。ここでどうあれ僕が黙っていれば彼女は本当に言葉通り二度と僕と言葉を交わしてくれないだろう。
(それだけは避けたい!嫌だ!)
 でもナガミネは違う。
 彼女はナイーブだと思う。
 ことがことだけに下手なことになれば彼女を本当に傷つけてしまう。
 そうなったら僕はどうやって責任をとればいいんだ。
 ナガミネは僕らの秘密基地となりつつある(全然、秘密でもなんでもないけど)屋上の前の階段に現れた。
「私にも協力させて」
 あからさまに誰かが登って来ますよ的なドカドカとした足音を響かせて登ってくると、僕の顔をチラ見して間髪いれず言った。
 僕は瞬間不愉快な気持ちになったけど、その気持ちを変えたのはレイさんだった。
「いいよ」
 彼女は僕がナガミネに何かを言う間を与えず言った。
「え!」
 驚く僕を見ることなくナガミネを見たまま言葉を続ける。
「ただし自分の身は自分で守って。私達は誰かを守れるほど余裕ないから」
「レイさん」
 ”私達”という言葉に内心ニヤニヤする一方、心は沈んだ。その分だけ決意も言葉も遅れ、僕が彼女に口を挟む間もなく更につなげる。
「それと人の揉め事に首を突っ込でいいことなんて何もないってことぐらいはわかっているよね。何が起きても自分の責任だから。自分で名乗りでたんだから」
 冷たく、鋭い、でも余計な感情は込めず言い放つ。
 この頃には僕は何も言えなくなっていた。
(ナガミネ辞めておけ、さっき言ったのは本音だけど、こんなことは望んでいない・・・頼む。今なら間に合うから・・・)
 眉を潜め、念を送るかのような僕をナガミネは上目遣いに見た。
(やめろ、やめろ、やめろ、頼む、頼む、頼む)

「わかってる」

(やめろ!ナガミネ)
「あの・・」
 言わないと。
「じゃあよろしくね。放課後、別々にトロロの木の裏に集合しましょ」
「うん」
 レイさんは何事も無かったように先に降りる。
(ええー・・・)
 その後ろについていくようにナガミネも下りて行く。
 その肩は狭かった。
 事態がよく把握出来ないまま僕も遅れて降りる。

(なんでこうなった?)

 かくして僕らは顔を見合わせる。
 俯いたまま沈黙しているナガミネ。
 レイさんは心なしか身を固くして見えた。
 普段動揺しない彼女が珍しいな。どうしてだろう?
「ナガミネ・・・いいかな?」
 あの時、あれだけリラックスしていたナガミネが身を小さく固くし、ともすれば小刻みに震えてすら見える様子。声をかけた僕を「助けて」と言わんばかりに見つめる。
(だから言ったんだよ。本当は嫌なんだろ?)

 そもそもこうなったのはナガミネが言い出したことだ。
「私も協力する」
 心強い言葉だった。
(あのナガミネが・・・)
 僕は一方では感動していた。
 男子を前にしては宇宙語のような意味不明な言葉を発し、チラチラ見るだけで沈黙。挙動不審を絵に書いたような彼女。こっちから声をかけた日には黙って逃げるような子だったのに、自ら積極的に、トラブルに顔を突っ込もうなんて。
(どうしたんだ?)
 彼女じゃなければ疑っていたところだ。
 「名無し」とは実は彼女だった、的な感じで。
 現実でも犯人が自ら語ることはよくあると感じる。
 先生も言っていた。
「自らに疚しいことがあるから言葉で補おうとする。大体が人前で多弁な人の心理なんてそんなものだよ。本当に知識があり含蓄があればどっしりと構え、『うんうん、そうかそうか』これで終わり。何せ言ったところで解らないだろうことが判るから。それが判らない時点で大した中身はない。ま、師弟になると黙っているわけにはいかないから、言わざるおえない部分があるんだけどね。その点、君なんか意味は理解していないようだけど感覚的に捉えてくれる分、言いやすくていい。本当に判らない弟子はポカーンとしているから、あれ困っちゃうんだよね」
 これは僕に対する牽制なのかと当初は思っていた。
 僕はよく喋るから。歩くワイドショーとまで言われちゃうし。
 でも真意はどうあれ、最近はその通りな気がしている。
 自分としては記憶の確認、新しい知識を入れた喜びの共有、単に喋りたいだけとか色々な理由があったんだけど、中身があるかと自らに問えば無いと思えてきた。

 どうあれ彼女は違うと感じた。
 ナガミネはそんなに器用じゃない。
 だからああいう感じなんだ。苦しんでいるんだ。
 僕は彼女が自分の本心と振る舞いたい理想の姿、持っている性質とのギャップに苦しんでいる気がする。勝手な想像だけど。
 先生に言わせれば、
「理想なんていうのは妄想だと思うけどね。少なくとも僕に理想なんて無い。あるがままに変化する今をどう受け入れるかしかない。今だけ。今この瞬間が勝負であり全て」
 だそうだ。僕が「先生の理想像は誰ですか?」といった話をした際に返ってきた。
 言わんとするところはよくわからないけど、どうしてか印象に残っていた。
 このナガミネを見ているとどことなく解る気がした。
(理想が無ければ彼女も軋轢に苦しまなくていいんだ)
 自分のあるものを受け入れ、その中で新たな理想を見ればいい。
(他人のことを言うのは簡単だなー・・・自分が出来ないのに)
 人のことはよくわかるのに、どうして自分のことはよく判らないんだ。
(あ・・・思い出した)
「それは主体だからね」
「主体?」
 先生に聞いたことがあった。
「主体とは行為をしている本人ってことね。振り返らずに自分のことを見えていたとしたら頭が充分に働いている証拠。裏を返せば十分に活きているとは言えないし行為しているかどうかも怪しい。真に身を接して行為をしている時、人は意識が無くなるから。合間合間に意識はあっても行為の最中は無意識だよ」
「そうなんですか?」
「君はご飯を食べる時、身体の動作を一つ一つ意識下において自分を客観視することが出来る?」
「でも・・・何から食べようかとか考えたりしてます」
「それはボンヤリとしたものでしょ。しかもずっとじゃないよね。その間、箸は止まってない?自分の足がどうなっているか把握している?指がどうなっているか、どういう顔をしているか、どういう姿勢なのか正確に判る?」
「あー・・・わからないです」
「無理なんだよ。無意識で動いているから食べられるんだよ。意識に触れないから。判断するというのは意識だよ。だから自分のことは振り返った時にしかわからない。しかも常に記憶と過去の感覚が頼りになる。ところが他人のことは行為主体者じゃない分よく見える。主体者の感覚がないからね。客観的に見える」
「そうか・・・」
「僕が君らに作品の感想を聞くでしょ?」
 そう、先生は僕らみたいな完全な素人にプロである先生の作品の感想を聞く。
 これが非常に困る。
 だって僕なんかド素人もいいところだ。一般人だ。しかも一介の高校生。
 書道作品の何を見ていいかなんてわからりはしないし、恥ずかしながら考えたこともない。僕は先生には申し訳ないけど、先生が好きだから通っているだけだ。何もわからない。ただ手を動かしているだけに過ぎない。どんなツラ下げて先生の作品の感想なんて言えるか。
 でも先生は許さない。
 必ず「何かあるでしょ?目がついているんだから」と食い下がる。
「凄いです」
 それじゃ許さない。寧ろ嫌悪感を露わにする。この時の怖いことったらない。
「どう凄いの?」
 あの時だけは少し胃が痛くなる。
「自分のことは見えないからだよ。つまり自作も正確に見えているかの把握は困難なんだ。作品そのものは成果物だから、まだ自分自身を見るより遥かに楽だけど、それでも行為主体者であるから幾分かでも先入観がある。無意識にね。それを払拭出来るのは他人だけだよ。だから僕は君らに尋ねるんだ。『どうだい?』ってね。そしてそこからヒントを得ようとしている。必死なんだよ」
 凄すぎでしょ先生!
 そこまで考えている人って世界にどんだけいるん?
 僕は最初、ある種の飾りかと思っていた。ポーズって言えばいいのかな。 僕のような高校生に対しても存在の意味を持たせてくれるパフォーマンスなのかと。全くもって恥ずかしい。

(まあいい。いずれにせよ他人のことを言うのは簡単だ)

「ナガミネ・・・ありがとう」
 不意に口をついた。
 ナガミネはハッとした表情を浮かべ、俯いていた顔を僕に向ける。
「レイさん、そもそも教えてくれたのは彼女なんだ。名前はナガミネ」
「ナガミネさんね、麗子です」
 ナガミネはチラっとだけレイさんを見て、気持ち頭を下げた。
「僕らのクラスには専用のSNSがあるんだけど、そこで僕らのことを悪く言っている人がいてね。クラスの誰かは判らないんだけど、多分クラスの人じゃないって思うんだ。そのせいか最近ちょっとクラスの皆の態度が余所余所しいんだよ。それを判っておいた方がいいと思って、ほら、約束したし」
 あ、笑った。
「なるほどね。ところでエスエヌエスって何?」
 そうかー!
 そりゃそうだよね。
「あーご免、SNSって言うのはね、ソーシャル・ネットワーク・サービスって言ってインターネット上における・・・んーつまりコミュニケーションツールみたいなものかな」
「今日本語で喋った?からかってないからね真剣に言ってるんだけど」
 うわー!
 そうか、そこまでか。
 これは想定外。
 こりゃ寧ろスタートラインに立つことさえ難しいな。
「えーっとね・・・スマートフォンって・・・知ってる?」
「皆がいつもジッと見てる四角いヤツでしょ。首が痛くなりそうな」
「そう!それでね・・・」
 うわー、どうしよ、何て言えばいい?
「コレ」
 ナガミネが割って入った。
 自分のスマホを手にレイさんに突き出す。
「うん、コレだよねスマホ」
 スマホは知ってたか。
 僕の言い方だと馬鹿にしているような感じに聞こえちゃったかな?
「違わないけど違う・・・これがSNS・・・」
 彼女は俯いたまま指でさした。
 レイさんは画面を覗き込む。
 僕も彼女に少し近づき画面を見ると、休み時間に見ていたあの画面。
 あー近い近い近い。
 違う!そうじゃない、今はそうじゃない。
 あーでも近い。レイさんの顔が近い。
 興奮するな自分!
(にしても頭いいなナガミネ。これがまさに論より証拠だよ。説明するより見せた方が速い)
「見せれば速いな!頭いいね」
 彼女は顔を赤くした。
 照れるなって。
 ナガミネとレイさんが仲が良くなるとは思えないけど、一言でも話せる相手がいるのは心強い。

 ところがである。
 人間とはわからないものだ。
 僕の予想に反し、その僅か数分後に飛び出した魔法の呪文で二人は打ち解けた。
 文化祭であれほど苦労した僕はなんだったんだ。
 彼女が協力を申し出てくれてから、この瞬間まで僕は二人をあわせない方がいいと考えていた。何せナガミネにレイさんだ。何から何までが違い過ぎる。そりゃ、どうなるか想像するに難くない。だから反対する気持ちをずっと引っ張ってこの場に臨んだというのに。それが実際はどうだ。信じられないことに今二人は目の前で談笑している。
(女子どうしだからか?)
 いや違う。
 ナガミネは女子に対しても態度が硬かった。
 むしろ僕は男子よりも女子と打ち解ける方が難しいと思っていたのに。
 どこか他人行儀でクラスの女子とも話していた。アンテナが一本って感じ。
 それがましてやレイさんと談笑なんて信じられない。
 嬉しいことなのに僕は釈然としない気持ちで二人を眺める。
「マーさん、ナガミネさんって面白いね」
「やだ、レイちゃんの方が面白いよ」
 二人が笑い疲れた様子で僕を見た。
(ナガミネさんにレイちゃんか・・・)
「お、おう。そう・・かな」
 そう応えるのが精一杯だった。

 そして三人の戦いは始まった。
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