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黄色いレインコート麗子 作者:ジュゲ
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第五十話 四人の昼休み

 体育祭が中止になった。
 秋雨の影響。
 一度は延期したけど二度目は無かった。
 滅多にないことらしい。
 運動嫌いな僕にとっては吉報だったはずなのに、どこか寂しくも感じる。
 なんとも身勝手なもの。
 心のどこかでレイさんと参加するのを楽しみにしていたかもしれない。
 彼女が参加するはずもないのに。
 でも、どこかで夢見ていたんだろう。
 彼女が短パンで「マーさーん!」って手を振っている姿を。

(くーっ!)

 どこか気分が晴れないのは雨のせいか、それとも他の何かか。
 思えば彼女が雨の日に立っている理由をまだ聞いていない。
 ましてや僕が彼女が立っているのを知っていることを言っていない。
 まだその程度の仲でしかないのかもしれない。
 他人ではないけれど、互いのことを詳しくは知らない、近くて遠い存在。
 不思議と言い出せない自分がいる。
 思い出してみると、彼女が立っているところに僕が姿を現したことがあるのにどうして言えないんだろう。そういえばあの時に彼女は酷く動揺していた気がする。全く気にも止めていなかった。今思い出してみると間違いなく驚いていた。なんで忘れていたんだろう。
 あの表情が心の奥深くに沈み込み、何か触れてはいけないものであるかのように植え付けられたのかもしれない。何や見てはいけないものを見てしまったような。正気では聞けないものを感じたのか。わからない。それが聞けるようになったら、今より近い存在なんだろうか。彼女の彼氏になったらどんな気持ちなんだろうか。

(未練か・・・)

 気分がこの空のように今ひとつスッキリしないのは何故だろうか。
 あのXデーから何日経った?
 毎日が天国のよう。
 僕が挨拶し、彼女が「おはよう」と天使の声で返事がある。 
 学校で彼女と喋ることが多くなってきた。
 お昼休みも・・・そう、お昼休み。
 今では彼女がメロンパンを持ってくる日だけヤス、ミツ、レイさんの三人で食べている。
 初めての時はまるでお見合いだった。
(したことないけど)
 そんな印象。
 ヤスとミツは終始無言。しかも緊張なのか興奮なのか妙な雰囲気。
 レイさんいつも通り。
 でも僕だけ見て話しかける。
 ほとんど僕の独演会状態。
 基本は僕が一人で喋り、皆にそれぞれ話しかけ、応えるという一問一答。
 僕が提案したんだから自業自得だ。
 嫌なことをさせているようで気がかりだったけど、聞いてみたらそうでもなかった。
「下手に喋ると興奮して自分を抑えられない」
 ヤスは何やら危ないことを言っている。
(嬉しかったんかーい!)
 ミツに至っては、
「これは夢だよ。これは・・・夢だ。覚めないで欲しい」
 レイさんはというと、
「なんか、ちょっと緊張した」
 笑っていた。
 可愛い・・・。
「無理に誘ったみたいで悪かったね」
 と言ったら、
「ううん、ありがとう」
 とお礼を言われた。
 余計なお世話かもしれないけど、僕はレイさんの良さを皆にも伝えたい。
 彼女がクラスの皆と普通に喋っていたら最高に幸せだ。
 そんな夢を見ている。
 無理強いはしたくない。
 先生に言われたことがあるからだ。
 あれは何だったか、何か芸術の話を聞いている時だった。
 そもそも先生は芸術や文化の話しかしない。
 僕がテレビの話を喋っていたら、
「君はまるで歩くワイドショーみたいだね」
 と言われたことがある。
「エピゴーネンを押し付ける悪徳といったらない」
 意味がわからなかったから説明してもらう。
 どうやら自分の価値観を他人に押し付ける行為のようだ。
 芸術の世界ではご法度らしい。
「感想を言っちゃいけないんですか?」
 馬鹿みたいな質問をする僕。
「感想はどんどん言えばいい」
「え・・・じゃあーどういう・・・」
 よくわからない。
「そうだね。技術的な話し以外で、こうしたらいい、ああしたらいい、っていうのはエピゴーネンだよ。それはその人の価値観だからね」
 難してくてよくわからなかった。
 ただ、自分の価値観を押し付けるもんじゃないというのは、僕の胸に刺さった。
 思えば先生はそういう所がない。
 僕の母さんや父さんと違って、あれをしなさい、これをしなさい、あれは駄目、これは駄目って言われたことがない。だから先生のところは心地良いのかもしれない。僕は”書”を習いに来ていると言うより、先生とお喋りに来ている気がする。だって先生には悪いけど書道には興味がない。
 だからもし、レイさんが嫌だって言ったらやめるつもりだった。
 不意に口をついた。
「ミツやヤスと一緒にお昼どうかな?」
 僕は断れるかと思った。
 彼女は少し考えると、
「いいの?」
 と問い返した。

 あーそうか。
 気が晴れないのはここにマキがいないからだ。
 マイコちゃんやマキとの断絶は予想外に続いている。
 当初こそ理解してくれていたマキも最近は苛立ちを隠せないような気がする。
 裏で電話やチャットをしていたけど、最近では「マイコのチェックが厳しいから少し遠慮してくれ」と言われるようになった。なんだあの言い草。以前はケツの毛の本数まで聞いてもいないのに言ってくるようなヤツだったのに。最近は黙ることが多くなってきた気がする。
 表立って僕と付き合えない関係で昼食はあの日以後一度も共にしていない。放課後もつるむことが無くなった。
 困ったのはミツとヤス。ゲームクランのマイサンズをどうするか。会合という名のゲーム大会は今も続いているけど、マキを除いたものと、僕を除いたものが半々で行われているような気がする。すっかり気を使わせちゃってる。 ただでさえ前へ出るタイプじゃないミツとヤスが最近どこか暗い。悪いなと思うがどうにも出来ない。

 何せ学校でマイコちゃんにどうすればいいか話しかけようにも無視だ。
 無視がこれほど堪えるとは。
 想像と実際にされるでは大違いだった。
 無視される度に、ナイフで心臓を突かれたようなショックが走る。
 僕は次第にマイコちゃんに声をかけられなくなって来ている。声をかけようとすると胸が苦しい。
 辛うじて朝の挨拶だけはしているけど。
 これを辞めたら二度と彼女と話せないような気がしてなんとかしている。
 マキも無視だが、少し残念そうな顔を覗かせるだけまだいい。
 マイコちゃんのは完全なる無視だ。
 まるで僕がいないように通り過ぎる。
 全く理由がわからない。
 いや、わからないではない。
 あの後、真剣に考えた。
 そもそも彼女が怒りだしたのは僕とレイさんのあの事件からだ。
 つまり、僕がレイさんと仲良くしなければいいのだろう。
 僕の態度が非常に不謹慎だと言いたいに違いないと結論づけた。
 ただそれだけは出来ない。
 ようやく学校で産声を上げたレイさんを拒絶するなんて絶対に出来ない。
 そんなことをするぐらいなら僕はレイさんを選ぶ。
 理不尽だ。
 ・・・でも、彼女に悪いとも思っている。
 僕も悪いんだ。
 ミズキちゃんはどうしているだろう。
 あれ以来、連絡はこない。
 何度か思い余って連絡を入れたけど返事はなかった。
 マイコちゃんは彼女に何て言ったのか。
 浮気者か、人でなしか、女好きだろうか。
 考えていると胃の辺りがモヤモヤしてくるので考えることを止めに。
「既に失われたものに目を向けている暇があるなら、今の変化に自らを対応させていく方がいいよ。生きるってそういうことだよ」
 これは僕の書いたものを見て先生の言葉。
 うまく書けないという僕に対して言った。
「技術が無いんだから当然でしょ。そもそも上手く書こうと思うわないことだよ。君のこの書はね、思っているのと違う線をひいちゃった。もー駄目だって書だよ。ココから諦めて惰性で書いているでしょ」
 図星だった。
 そんなことどうしてわかるのか。
 サイコメトリーとかいう超能力があるって聞いたことがある。
 触れた物体の記憶を読み取る能力だったかな。
 僕の書いてきたものから読み取ったとか・・・。
 まさかね、冗談、冗談。
 そう思えるほど正確。
「諦めたものを見せられる人の気持ちにもなってよ~」
 先生は笑う。
「一杯書かなくてもいいから。ちゃんと気の入ったものを書いて。そもそも上手い下手とかいう段階じゃないからさ。自分のイメージで書くんじゃなくて、タダそのまま書いて。見たままね。考えないで。仮に捻れたら、捻れたものを楽しんで受けてそこから変化させればいいじゃない。僕なんてそうだけど」

 僕はそんな器用じゃないよ・・・。
 先生は僕に厳しい気がする。
 他の弟子には「良いよ良いよ」って言うのに。
 僕が嫌いなんだろうか?
 でも、嫌いだったら相手にもしないか。
 僕ならそうだ。
 本当に嫌な相手なら目に映らないようにすると思う。
 声を聞くのも嫌になるんじゃないかな。
 ま、とにかく、先生の言うように事は進んでいるんだ。
 既に済んだことを悔やむより、今この状態を受けて、だな!

 現状を整理すると、レイコさんとは良好で幸せ過ぎて死にそう。アルバイト先もこの前紹介出来た。そうそう、店長には笑ったなー。僕が思っている以上に店長はいい人だった。ま、他のアルバイターの嫉妬の目が僕に刺さるのが辛いけど。でも・・・悪い気分でもない。ちょっとご満悦な自分がいる。
 ホールのつもりで紹介したんだけど、彼女は「ホール以外でお願いしたいのですが。清掃でもなんでも構いません」と言って僕を驚かせた。店長は「是非ホールをだね」と懇願がしたが最終的には店長が折れた。
(さすがレイさん強い!)
 まさか大人をも屈服させるとは。
 僕は店長が怒り出しやしないかソワソワした。
 学校では皆とやや疎遠になりつつあるかも。どうしても目がレイさんに向かってしまう。デレデレしちゃってるのかなぁ。気をつけているつもりなんだけど。なんだか皆の態度が少しキツクなってきた気がする。特に女子だ。男子はマキ以外そうでもない。そういえば先生も僕に対して態度が固くなったような。
 マキはマイコちゃんのお達しで今も僕を無視しようと努力している。最初こそ余裕があったけど最近は段々苛立ってきているみたい。ちょっと疎遠。少し荒れてきているのが気になる。
 ミツとヤスは気まずそうだけど、付き合ってくれる。ありがたい。
 マイサンズは・・・実質活動休止に近い。マキ次第だな・・・。
 マイコちゃんは激おこ。僕を絶賛ガン無視中。
 ミズキちゃんとは音信不通。
 あ・・・そういえばスズノが最近おかしい。
 僕が拒否しないことをわかったのか、文化祭直後の時より落ち着いていたのに最近急に僕へのストーカー行為が激しくなった気がする。ま、ストーカー行為は言い過ぎか。そもそも僕だってレイさんに対してやっていたようなものだ・・・でも、スズノのは・・・本当にストーカーみたいだ。
「今何処いるの?
 誰といるの?
 何の話しているの?
 今から行っていい?」
「行っていい?」は宣言があるだけ良い方だ。
 いきなり家にいたこともあった。
 不意打ちである。
 父さんが言っていたな。
 会社でも抜き打ちはあるって。
 そこで日頃の行いがバレるんだとか。
「スズノちゃんはちょっと・・・神経質な所あるな」
 父さんが珍しく眉をひそめた。
「両親がいつもいないから寂しいのかもね」
 何故か僕がフォローする。
「その点、貴方は幸せね」
 母さんの満面の笑みが素直に喜べない。

「どうしたの何かあった?」
「あーなんでもないよ」
 あーいけない、つい考えちゃう。
 レイさん、可愛すぎてヤヴァイ。
 でも目線が刺さる。
 あーそうだ。
 隠し事しないって約束だったな。
 でも今日はミツとヤスもいるし・・・。
 皆の視線が僕に集まった。
「なんでも・・・あるか。マキとどうやったら仲良くなれるかなって考え事してた」
「うんうん」
 ヤスが激しく同意している。
 やっぱり気にしているんだ。そりゃそうか。
 ミツは俯いた。
「そっか・・・」
 レイさんが黙る。言葉を飲み込んでいるように見える。
 君のせいじゃないよ!僕のせいなんだ。気にしないで。
「どうしたら良いと思う?」
 レイさんがヤスを見て言った。
 初めてレイさんが僕以外の人に声をかけた。
 鳥肌が。
「あう、あう、あう」
 ヤスがレイさんを見たまま目を丸くして金魚みたいに口をパクパク。
(おま!メドューサに見つめられた村人じゃないんだから)
 レイさんは「え、どうしたの?」という感じで素っ頓狂な顔で僕を見る。
 そりゃそうだろー。
(ヤス!頑張れ、しっかりしろ!頼む、何か言ってくれ、なんでも良い)
 多分、緊張しているんだ。
 何せヤスは女子と会話しない。
 というか、女子と会話すると挙動不審、意味不明になりがちで、女子もすっかりヤスを敬遠している気がする。
「ヤス君 落ち着け、息をしろ!」
 ミツがヤスの背中を擦る。
「僕に合わせろ。いいか、ヒー・ヒー・フー!ヒー・ヒー・フー!」
(やめてー!それは出産か何かの呼吸法だから!)
 そういうことやるから女子に疎まれるんだ。どうしてわからない。
 いやいや女子どころか男子の間でも結構浮いちゃっているだろ。
 空気を読むんだ!あー・・・でもこれがエピゴーネンってやつ?
 僕は好きなんだけど、いきなりそれは初心者にはキツイって。
(あー・・・せっかくのチャンスが・・・)
 ミツ、頼むから悪ふざけは僕ら同士の間だけで・・・・
「それ、ラマーズ法」

 笑った!

 レイさんが笑った。
 嘘でしょ。
 まず女子の前でコレをやると嫌悪感で見られるのに・・・笑った。
 今度は二人がそれこそ石化したようにレイさんを見る。
 今こそ僕が助け舟を・・・。
「あの・・・」
「ヤス!ヤス!我らの女神は美しいぞ!」
「おー女神よ!」
 ちょ、おま!
「あはははは、何それ」
 え・・・笑った。
 笑ってくれた。
 手をわさわさ動かす二人。
「怖い怖い怖い。お前らその手をやめろ」
 このハッキリしない天気とは裏腹にカラカラと綺麗な声でお腹を抱え笑う彼女。
 動揺する僕。
 彼女のことだからミツの言葉が漫画の台詞であったことは知らないはず。
 それでも笑ってくれた。
 僕は何故か嬉しくて泣きそうだった。
 この秋空を払拭するような出来事。
 レイさん、ミツ、ヤスがモヤモヤしていた僕の心に見事な晴れ間をのぞかせてくれた。
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