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黄色いレインコート麗子 作者:ジュゲ
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第四十九話 昼休みの二人

「どうしたの?」
「ん?どうもしないよ」
 レイさん。
 夢のようだ。
 彼女と二人して昼休みなんて。
 浮かれてもいい。
 なのに浮かれきれない。
 浮かれたいのに、浮かれきれない。
 一方では天にも登る気持ちなのに、その一方では亡者に足を掴まれているような。そんな心境と言えばいいか。
 原因はハッキリしている。
 昨日、昼休みにマイコちゃんに言われた言葉。
「しばらくミズキとは会わないで。連絡も取りあっちゃダメだから」
 僕がようやく意を決したのに。
 彼女は怒っていた。
 どうして。わからない。
 優柔不断は許さない。
 そういうことらしい。
 他所見をするのは優柔不断なのか?
 男にしかわからない気持ちなんだろうか。
 見ちゃうさ、そこに美人がいるんだから。
 それは悪いことなのか。
 それのどこが優柔不断なんだ。
 付き合ってもいないんだ、仮に優柔不断だとしても何が悪いんだ。
 女友達が一人じゃなきゃいけない法律でもあるのか。
 友達なんだ。
 彼女だって自分から言ったろうに。
「まずは友達から」
 あれは嘘だったのか。
 自分で言ったことすら守れないのか。

 そう思う一方で、自分を誤魔化している気もする。
 彼女は違うかもしれない。
 ミズキちゃんは僕に何かを期待している。
 そういう熱のようなものを感じる。
 僕はそれを見ないふりしている。
 でも、それ自体が僕の思い込みかもしれない。
 仮にそうでも、僕はそう感じている時点で、彼女に対して誠意がないような気がしてくる。それで胃の辺りがずっとモヤモヤしていた。
 その熱が僕は彼女に対してない。
 一方では応えてあげたい。
 それは失礼なことなのかな。

「マーさん、もし、私のことでトラブルに巻き込まれているなら言って」

 レイさん。
 レイさんは気づく人。
 うちの母さんに教えてあげたい。
 母さんは鈍感だ。
 見当違いも酷い。
「ん・・・違うよ」
「もし嘘をついたってわかったら二度と話さないから」 
「え・・・」
 そんな大袈裟なことなの?
「お願い。私が関係していることだったら絶対に言って」
「関係・・・。うん、僕の問題かな」
「ならいいんだけど昨日何か言われたでしょ」
「うん・・・言われたね」
「昼休みでしょ。彼女に」
「そう・・・だね」
「それ、聞かせてくれない?いやならいいけど」
「・・・」
(言ってもいいじゃないか。
 彼女が原因じゃない僕が原因だ)
 でも、ことがことだけに。
 昨日のことを言うってことはミズキちゃんのことを言うってことだ。
(友達だ。友達なんだから言えるだろ)
 そうだよね・・やましいことなんて無い。
「そう、わかった」
 レイさん待って。
 駄目だ潮が引ける。
 言え。
 言うんだ。
 いずれバレる。

「マイコちゃんに・・・」

 何ていえばいいんだ。
「うん」

 僕は昨日の昼休みの話をした。
 二人と喧嘩をしたこと。
 喧嘩?あれは喧嘩なのか。
 今でも僕はマイコちゃんが難癖つけたにしか思えない自分がいる。
 少なくともマキは事情を察してくれた。
 だから怒ったフリをしただけ。
 彼女に、マイコちゃんに合わせたに過ぎない。
 事態がこれ以上悪化しないように。
 でも彼女は怒っていた。
 酷く。
 睨んでいた。

「話が見えない。どうして彼女が怒るの?」
 ミズキちゃんの存在を言わないと当然そうなるか。
「何か肝心なこと言ってないね」
 鋭い。
 彼女は僕をまっすぐ見つめた。
 この目に嘘なんて言えるわけないじゃないか。
 でももし彼女のことを言って・・・。
 いや。
 でも。

「ミズキちゃんって子を、彼女に紹介してもらったんだ」 

 言ってしまった。
「それで」
 それで?
 それだけ?
 そ、そんな反応なの。
「僕が・・・レイさんを見てニヤニヤしてたから、彼女に失礼だって・・・怒られた」
「そうなんだ」
 そうなんだ?
 そう、なんだ?へっ?
 それだけなの。

「彼女が出来たんだね」

 顔色一つ変えずそういった。
「ちがっ!違うよ。友達だよ。友達を紹介してもらったの」
 何を淡くっているんだ僕は。
 それより僕ってレイさんにとってどうでもいい人なの?
「それじゃおかしいじゃない」
「どうして?」
「彼女だから余所見したのを注意したんでしょ、友達として」
 え?
「違う違う。まだ友達なの。彼女も友達として紹介するって言ったの。了解済みなんだよ」
「うーん。まだ・・ってことは可能性はあるわけね。彼女候補ってことか。でも、それってマーさん勘違いしてないかな?」
「何を?」
「多分だけど、彼女はその子と付き合うことを前提に紹介したんじゃないかな。あくまで友達っていうのは建前であって」
「いや違うよ。だって彼女が最初にそう言ったんだ。友達でいいなら紹介してあげようかって」
「だからそれは方便だよ」
「方便?」
「そう言って貰ったほうがマーさんも受けやすいでしょ」
「うん・・・そりゃね」
「だから怒ったんじゃないかな。御免ね何も知らないのに憶測で言っちゃって」
 否定できない。
 否定できないというより、そんな気がしていた。
 結局、全部言ってしまったな。
「いや・・・・ありがとう。そういう考えもあるよね・・・うん」
 受け入れきれない。
「いい子ね彼女。大切な友達だから心配しているのよ」
 なんでマイコちゃん目線なんだ。
 じゃ、僕は駄目やヤツってこと?
「う、うん」
「でも流石にちょっと厳しいわね~」
「でしょ!」
「男性なんだからね。そりゃ、目移りもするでしょ。私じゃなくてもね」
 まるっきり他人事みたいだ。
 僕はまるで彼女の対象外なのか。
 身体から力が抜けていく。
 僕は多少なりとも彼女がガッカリすることを心のどこかで期待していた。
 ガッカリしたのは僕だった。
「やっぱり私と関係することだったね」
 悪戯っぽい顔をのぞかせる。
「そう・・・なのかな?」
「そうでしょ。昨日のお昼から元気ないから。だから言ったでしょ。私には関わらない方がいいって。ろくな目に合わないよ」
「いや、こんなの・・・」
「もう遅いからね」
 彼女は僕の言葉を遮った。
「マーさんには責任をとってもらうから」
 責任。
 とるとる!責任とる。
 って、何の責任?
「もう引けないよ。すくなとも私は」
「うん。そうなんだ」
 引かなくていい。
 その方が嬉しいよ。
 ほっとした。
 なんだこの安堵感。
 良かった。言って、よかった。
「お願いだから、私に関わることは全部言って。私の知らないところで抱えないで。約束して、今日はこれが言いたかったの」
 彼女は真剣そのもの。
 まるでこれから命がけの戦いにでも出るかのような。
 そんな鬼気迫るものを背景に僕を見ているように感じる。
「うん。そうする」
「約束したよ。絶対だよ」
「う、うん」
 迫力に圧されてか言葉がうまく出ない。
 いや、自信がないんだ。
 言えるかどうか、どんなこともって・・・。
「さて、私も食べよ」
 そう言うとポリ袋からメロンパンを出した。
 この変わりようときたら。
「あ、それ」
「覚えてる?」
 当然、忘れますかって。
「ウルトラ-イレブンの・・・あーっ!」
「どうしたの?」
「ごめん・・・メロンパン買って返すって言ったのに・・・忘れてた」
 最低だ僕は。
 買って返すって言ったのに。
 なんて奴だ俺は。
「ああ。いいよ」
「いや、今日買って返す」

「ダメ!」

 彼女は強い言葉で制した。
「貸しだとは思ってないけど・・・貸しにしておく、おかせて」
 こんなにも表情が変わるんだ君は。
 少し俯き、何か思いを残しているように感じる。
 確認するように、丁寧に、慎重に言ったような。
 どうして?それを聞きたい。
「・・・わかったよ。その方がいいなら」
 自分の鼓動が聞こえる。
 彼女は本当に迫力がある。
 生きてるって感じがする。
 生きている熱が伝わってくる。
 先生みたいに。
 僕はどう見えるんだろう。
「メロンパン・・・好きなんだね」
「うーん・・・そうかな」
 珍しく歯切れが悪い。
「そうでもない?」
「私もマーさんには言うけどメロンパンがというより、思い出があってね、これを手にとった時、食べている時、少し満たされる。だからかな。・・・思い込みって怖いね」
 照れくさそうに下を向いた。
「良いじゃない。そういう思い込みなら。先生が言ってたけど、誰だって思い込みはあるって。何を刷り込むか、何を思い込むかの差だって。大切なのはそれを認識していればいいんだよって」
「そっか・・・本当にいい先生ね」
 うーん、僕が喋ると先生の株だけが上がるな。
 僕は言うほど出来てない。
 口だけクソ野郎か。
「自分勝手な時は凄いけどね」
 先生だっていいところばかりじゃない。
「もっと言うとね」
「うん?」
「これを食べるとつながっている気がするんだ」
「あー・・・僕と同じ呼び名の・・・」
 あの人か、以前言ってた。
 僕の知らないマーさんとか言う人。
 元祖マーさん。
 彼女にとって僕はなんだ。
 そもそも僕がそう呼ばれることになったのはその人がいたからだ。
 逆読みすれば、もしその人がマーさんって呼ばれていなかったら、僕は今もこうして彼女と話すことはなかったのかもしれない。細いつながり、ごく僅かな奇跡。そう考えると背筋に寒いものがはしる。同時に、彼がいるから、僕は彼女にもう一歩近づけないとも言えそうな気がする。
「ほんと酷いよね。今更だけど・・・違う呼び方にしようか」

「別にいいよ」

 自分でも驚くほどキッパリと言った。
 ほとんど反射に近い。
 怖いのかもしれない。
 違う呼び名にした途端、彼女が遠い人になるようで。
 複雑な気持ち。
 一方では僕だけの呼び名が欲しい。
 でも・・・怖い。なんだか凄い怖い。
 彼女は、レイさんはマーさんって人を大事に思っているから僕を呼ぶ時に温かいものを感じるのかもしれない。思いのたかを感じるのかも。全てはその人を背景に感じているから。

(そうだ・・・そうに違いない!)

 気づいてしまった。
(なんてこった!)
 気になってたんだ。
 だからだ。
(あー・・・気づかなければ良かった)
 だからだ。
 温かいものを。
 僕が彼女に未練が残るのもそのせいかもしれない。
 彼女はどこか、心のどこかで僕を好いてくれているんじゃないかって気がしてた。それはマーさんって人を背景に見ているからだ。僕じゃないんだ。僕じゃないんんだ・・・。そこに僕はいない。
 震えてきた。
 叫びたい。
(彼女が少なからず僕に好意的なのもそのせいだ!)
 じゃ、僕は彼女にとってなんなんだ。
(いっそ今・・・)
 駄目だ。
 今は嫌だ。
 今はまだ、そう呼んでいて欲しい。
 ズルい。
 僕はずるい人間だ。
(違う呼び名は全てが駄目になってからでいいじゃないか)
 そうだ。それがいい。
 その日がもし来たら・・・。
 全身が震えた。
「大丈夫?寒い」
「あーちょっと寒くなったよね」
「マーさん寒がり」
 彼女の笑顔が少し遠く感じる。
「マーさんってどんな人?」
 過去話は禁止。
「凄いいい人」
 この満面の笑み。
 胃が痛い。
 僕とは決定的な格差を感じる。
 僕が踏み込めない領域。
 そんなものを。
 僕の知らない彼女。
 僕の知らない誰か。
(もういい。もう聞きたくない)
「そうなんだ。だから大切な思い出なんだね」
 話題を逸らした。
 彼女は驚いたように僕を見る。
 まただ。
 レイさんは時々こういう顔で僕を見る。
 不味かったかな。
「笑わないんだね」
「なんで笑うの?」
「だって安っぽい話でしょ」
「思い出に、安いも高いもあるの?」
 まただ。
 僕を見る。
 真っすぐ。
 澄んだ瞳で。
 僕の何を見ているんだろう。
「それより悪かったね。そんな大切なものをいつだったか僕に・・・」
「よく覚えてるね」
「そりゃ~覚えているよ」
「なんで?」
「衝撃的だったから」
「どこが?」
「んー・・・色々と」
 彼女はクスリと笑う。
「色々ってマーさんの口癖?」
「どうだろ。僕、あんまりものをしらないから」
 誤魔化しているのかもしれない。
 先生が言っていた。
「君は煙に巻こうとする時があるよね。ちゃんと向き合わずに」
 チクリと胸がいたむ。
「ひもじそうだったから」
 レイさんはどこか寂しそうに言う。
「あの日は朝から食べてなかったから、本当にお腹が減ってた」
 笑って応える僕。
 この笑いはなんだ。
 自分でも思う。
「ひもじいのは辛いもんね」
 彼女はカラッと言ったけど、その背景に感じるものは僕が想像も出来ないようなもの。僕はほとんど考えなしに口をついた。
「僕が・・・お弁当作ってこようか」
 なに言っているんだ。
 なんでそうなる。
「えー?どうして」
「どうして・・・」
 駄目だ、はぐらかすな、正直に、丁寧に。
 本音で言え僕。
 しっかりしろ。
「お腹が・・・」
 うわーなんて言えばいいんだ。
 僕のこの得体のしれない思いを言葉に言い表せない。
 でも彼女を貶めるようなことは絶対に言うな。
 頼むから言わないでくれ。
「お腹が?」
「お腹じゃなくて、またお昼一緒に食べたいし」
「いいよ。そんなことしてもらう理由ないもの。わかってると思うけど、そんなことしても何もお返し出来ないよ」
 もういい。この話題はもうやめよう。
「そっか・・親に作ってもらって偉そうに言えないしね」
「ありがとう。気持ちだけで嬉しいよ」
「なんかゴメン」
「マーさんって、すぐ謝るんだね」
「あーそうかな、そうかも・・・」
「謝ることなんて何も言ってないよ」
 なんだこの温かい笑顔は。
 見たことがない。
 僕の芯の部分で受け止めてくれている気がする。
 この笑顔に応えたい。
「アルバイトの件、言っとくから」
 不意に思い出した。
「あ、お願いね」
「うん、まかせて絶対合格間違いなし」
「まだわからないよ」
「わかる!断言出来る。人が多いなら僕が辞めるから」
「それじゃ駄目でしょ」
「いいじゃない、店長は稼ぎが良いほうが喜ぶし。絶対僕がいるより喜ぶって、間違いない。僕なら喜ぶよ」
「そんなことないけど、私が嫌だ」
「そっか~・・・世の中うまくいかないもんだね~」
「何その言い方、お爺さんみたい」
 二人で笑った。
 他愛もない会話。
 メロンパンを大事そうに一つ一つ小さくチギリながら口へ運ぶ彼女。
 僕はウットリと彼女を見る。
 彼女のハープのような笑い声と共に、
 様々な決意も天高く飛んでいった。
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