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黄色いレインコート麗子 作者:ジュゲ
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第四十一話 先生と僕


 病欠以外で早退することそのものが始めて。
 自分では真面目というつもりなはないけど、外から見たら真面目なんだろう。
(先生いるかな)
 いなかったらメモを残しておこう。
 自分がどこを歩いているのか、何をしているのか定かじゃない。
 何も考えられない。

 それでも身体は教室の前まで運ばれた。
(あ・・・今日は木曜だからいないか。あっちの教室だ。どうしようもないな僕は・・・何もかも最低だ)
 あそこは遠い。
 メモを残しておこう。これで許して貰おう。
 二階に上がり玄関の前で立ち止まる。
 メモを取り出し書き出す。
 その手が震えている。
(なんで震えているんだ)
 そんなことを考えていると、
「どうぞ~」
 奥から声がする。先生だ。
(え?なんでいるの)
 呆然と戸を見つめる。
 ふと、”逃げなきゃ”そんな思いが湧いた。
 すると奥から作業台に足をかけ跨ぐ音が聞こえる。
 扉が開く。
「どうしたい?入りな」
 僕の顔を見る。
 僕は言葉が出なかった。
「入りなって」
 まるで何時と同じように僕を迎えてくれる。
 それでも、これといって気にかける風でもない。
 気づくと部屋に正座している自分がいる。
(僕は何をやっているんだ・・・)
 先生は何時も通り書いていたようだ。
 本当にいつも書いているな。
「ちょっと待って、書きかけなんだ」
 声が出ない。
 頷くのが限外だった。
 書き終えると、珍しく自作を眺めている。
「君のお陰でいいのが書けたよ」
 珍しく喜んでいる。
(先生が自作を見て笑顔なのを初めて見たかも・・・)
 どういうことだ?
「君の顔を見た瞬間にピンと来るものがあってね。どうだい?」
 笑顔で自作を見せる。
 言葉が出ない。

「どうしたい、この世の終わりみたいな顔をして」

 挨拶をするぐらいの気軽さで先生は言った。
 この先生には何時も驚かされる。
 なんでわかるんだ。
 以前言っていた。
「その程度わからないでこの仕事が務まりますかって。感性の仕事だからね」
 それでも僕の声は出なかった。
 自分の中から言葉が湧いてこない。
 先生は手早く作品をしまうと座り、俯いた。

「ふられたか」

 ビクっと身体が反応する。
(うそ、なんでわかるんだ・・・)
 僕はうつむいたまま声が出ない。
 先生は明後日の方を向くと再び少し黙り、

「生き死には天が決めるもんだ、てめえで決めるもんじゃないぞ」

 いつになく強い口調で言った。
 ハッとした。
 思わず先生を見ると、凄い眼力で僕を正視している。
「先生・・・」
 声が出た。
「今日はあっちの教室じゃ」
 感じたことと違う言葉が口をついた。
 辛うじて発せられた声は消え入りそう。
「たまたま今日は教室に誰も来ないようだから。虫の知らせかな」
 ゆるゆると語り始める。
「何があった?」
 穏やかな声。

 言葉のかわりに涙が溢れてきた。

 先生は目を閉じ黙る。
(なんで僕は泣いているんだ。
 何が悲しいんだ、
 わからない、
 怒られたのが悲しいのか、
 フラレタのが悲しいのか、
 もう、いい。
 もう、どうでもいい。
 バカバカしい、何もかもがバカバカしい)
 立ち上がろうとした瞬間、先生は語り始めた。
「何も知らないことを承知の上で、」
 強い口調で始まったこの言葉に機先は阻害された。
「君からの話の内容だけで直感で言うとね、僕は君の言うレイ子さんだっけ?とは相性が悪いと思っていた。だから付き合わない方がいいのにな、とさえ。だから君が上手くいかなった時は正直ほっとしたよ。君は運がいいなと。君とその子とでは余りにも生まれ育った環境が違い過ぎる。彼女が魅力的だからセックスフレンドにでもなりたいというのならわかるよ。でも君は違うと言う。極めて真剣で下手をすれば結婚すらし兼ねない大変に一途な思いだ」
 大きく息をはいた。
「仮に上手くいったとして後々、大変だよ。生まれた場所、育った環境、持っている才能、資質、毛色、何もかもが違う者同士が、一つ寄り添って生きるのは大変なことだ。むしろ何から何まで違うからこそ重複行為を避ける人間の性質から魅力にも感じるんだろうけど。それは一時ならいい。遊びならいんだ。でも長くなると訳が違う。異質ってことは負担になる。肉体は正直だからね。どんなに理性で制御しようと思っても”嫌は嫌なんだ”そして長く共にいれば尚更それは蓄積される。恐らく君は同調性能が高いから相手に合わせるだろう。そして合わせられる。でも彼女はどうかな?わからない。恐らく違うよ。最終的には我道を行くタイプだろうね。僕もそうだけど、書家になろうと覚悟して家に来た細君ですら親父に『こんなに大変とは思わなかった』って言った。つまりね、君が一方的に無理をしてでも彼女に合わせていくしかない。それは精神的に負担になっていく、そしていつか必ず崩壊するよ。今の君みたいにね。そして些細なキッカケで死のうとさえ思うぐらいになる。君は頭がいいし、理性が強いから思いとどまるだろう。でも何度か未遂を繰り返した後、弾みで実行してしまう。それが怖い」

 僕は固まった。
 先生はこれまでも感が鋭い人だと思っていた。
 でも、これは鋭いどころの話ではない。
 まるで全部を見てきたかのように。
 天空の視点で僕という人間を見ていたかのように。
(図星だ・・・)
 涙が止まっていた。
 鳥肌がたっている。

「惜しむらくはこのまま彼女のことは無かったことにしてもらったら僕にとっては幸いだ。君みたいな優秀な弟子をみすみす不幸の道に進ませたくないからね。この前だったか言っていたミズキ?とか言う子、君にはその子の方がいい。今だから言うけど中学時代の彼女は論外だ。あんな彼女をもつなんてセンスを疑うね。感性が麻痺している。恐らく告白されたんであって君から選んだわけじゃないでしょ。でも彼女以上に今回の子は別な意味でよくない。才能は相当ありそうだけど君には荷が重いよ。その子を相手にするには僕ぐらい腹が据わってないとね。何を言われようとどこ吹く風ぐらいじゃないと」

 僕は何も言い返せなかった。
 スズノを教室に連れて行った後、後で先生が言っていたことが思い出された。
「彼女なんだ」
「はい」
 恐らく満面の笑みであろう僕に対して先生は表情を曇らせていた。
 先生が顔を曇らせることは一年の間でそうはない。
 今思えば、あれが全てだったんだ。
 あの暗い表情は覚えている。
 ずっと不思議だったんだ。
 あの意味を。
(そういうことだったんだ)
 あの時の僕だったら何を言っても無駄だったろう。
 まさにこの世の春だった。
 初めて出来た彼女。
 しかも可愛い彼女。
 僕は有頂天。
 それを察して黙っていたんだ。
 じゃ、僕はどうすればいいんだ。
 僕はどうしたいんだ。
 それでもさっきまで頭にあった崖はもうなくっていた。

「付き合ってなかったのが幸いだよ。何もないんだろ?まだ、やってないんだろ?やったのならそれなりに責任というものがあるからね。恐らくまだだろう。それなら大手を振って歩けばいいじゃないか。それでもまだ彼女の魅力に抗えなかったら、そういう角度で彼女と向かい合い、思いを遂げればいい。彼女次第だけど。もし、君が予てから言うように、そうじゃないんだ、彼女を精神的に大切に思っているんだって言うのなら、君は腹を決めて彼女を全身全霊でもって受け入れるんだね。彼女の全てを。僕は勧めないよ。ただ、万が一それが出来たとしたら君は男として、人間として一回りも二回りも大きな人物になる。無理だと思えば別れればいい。ただし、君が君自身の人生を大切に思うのなら、止めたほうがいいと僕は思う。人には身に余るってこともあるからね。でもそれはあくまでも僕の視点だ。そのようにする必要はない。君の人生だ、自分の意思で自由にすればいい。ただし心はいつも自在にし、囚われず、自由にね。そうすれば道は開かれるよ。どの道を選ぶにせよ言い訳無用だ」

「わかりました」

 声が出た。
 そして再びの沈黙。
 でも、その沈黙は心地よかった。
 普段は無口で聞く一方の先生が、これほどまでに全身全霊をかけて僕を心配してくれる。もうそのことだけでも感無量だった。憑き物が落ちたように爽やかな気分になっている。先生には不思議な力でもあるんだろうか。
「スイマセン、突然お邪魔してしまって」
 立ち上がる。
「何いってるんだい。いつでも来なよ。迷ったら何でも言いな。頼りないだろうけど、僕はこれでも君の師なんだから」
 先生は笑っている。
(頼りないないなんて思ったことない)
「先生ほど頼りになる人を僕は知りません」
「そんなことないんだろうけど、君にそう言ってもらえると勇気づけられるよ」 
 僕は頭を下げ、背中を見せる。

「何があっても死ぬんじゃないぞ」

 力強い言葉が投げかけられる。
 振り返ると、
 まるで戦地に赴く少年兵を見つめるような迫力でもって僕を見ていた。
 僕は再び頭を下げると先生の元を後にする。
 
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