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黄色いレインコート麗子 作者:ジュゲ
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第三十六話 二人の女子

(早く終われ、早く)

 授業が全く頭に入らない。
 自分が貧乏ゆすりしている自覚もない。
 途中まで皆が落ち着かない様子で僕や彼女を見ていたことすら気付かなかった。
 タチバナ先生が「静かに、どうしたんですか今日は落ち着かないですね」と言ったことは記憶にある。
 でも教室が騒がしいという覚えがない。

 終わると同時に彼女よりも先に教室を後にする。
「ごめん!今日は先に帰る」
 マキに向かって言った時、既に彼は僕を見ていた。
 そしてミツやヤスに向かって片手で拝む。
 この時も彼らは先に僕を見ていた。
 後で気づいたけど、この時の彼らの顔は得も言われぬものだった。
 全く気づかなかったけどクラスのかなりの人が僕を見ていたようだ。
 後で彼らから聞いた。
 記憶にない。
 ヤスが言うにはその時の僕は「顔面蒼白だった」らしい。
「誰か亡くなったんだ」
 彼はそう思ったと。

 そんな中、彼女だけが呼び止めた。
 ナメカワさん。
 彼女の声は耳に届いた。
 自分に負債の念があったからかもしれない。
 この瞬間、自分が舌の根も乾かないうちに彼女との約束を破ったことを気づいた。同時にそれどころではないという感情もわく。
「二人だけの秘密」
 彼女の言葉が鮮烈に思い出される。
 ナメカワさんはまるで何事もなかったように僕に近づくと。
「何かあったの?」
 まるで心当たりがないような雰囲気で言った。
 この時、彼女と出会ってからこれまでで初めて違和感を感じる。
 彼女はまるっきり心当たりがないように見えた。
 そんな筈はないだろう。
 とても落ち着き払った声で嘘をついているようにも思えない。
「あっ、あっ」
 声にならない声が出る。
「後で」
 もしくは、
「明日」
 と言いたかったのかもしれない。
 声が出ない自分に少し驚き、やや冷静さが戻ってくる。

(謝らないといけない)

 そんな思いが湧く。
 その横をまるで関係ないかのような雰囲気でレイコさんが通る。
 僕は思わず彼女を凝視してしまった。
(秘密を破った)
 そんな言葉がよぎる。
(裏切り者)
(嘘つき)
(退学)
(ナメカワ)
(レイコ)
(寂しそう)
 次から次へと言葉浮かぶ。
 淡くっている僕を何故か満足そうに彼女は見ているように感じる。
「ゴメン」
 その後は言葉にならなかった。
 彼女は黙って頷くと、
「じゃあね」
 そう言った。
(なんで平然としているんだ)
 そんな言葉が浮かぶ。
 得体の知れない違和感が広がる。
(でも、今はそれどころじゃない)

 途中レイコさんを追い抜き自宅へ帰ると着替えてる自分がいる。
 部屋を見渡している。
 目が何かを求めている。
 何か必要な気がするけど何が必要なのかわからない。
 目が部屋の周囲を彷徨う。
(パソコン・・・)
(プラモデル・・・)
(ポスター・・・)
(教科書・・・)
(財布・・・・あ、お金)
 目は再びポスターに移った。
 映画の主人公がヒロインを抱き寄せている。

 その瞬間、雨の中で立ちすくむ彼女の姿がハッキリ見えた。
 頭の中で。
 笑顔になる彼女。
 彼女が手を振る先には黒い傘をさしたスーツ姿の男性。
 二人共笑顔だ。
 抱き寄せる男。

「男関係・・・」

(退学の理由は男関係じゃないだろうか)
 頭の中では二人が裸で抱き合っている。
「不純異性交遊・・・」
 次には赤子を抱いている。
「まさか・・・」
(もしそうだとしたら・・・退学理由にはなるかも)
 全身の力が一斉に抜け僕は椅子に座り込む。
 腰が抜けるってこういう感じなのか。

 不意に隣室の男の声が思い出される。

「餓鬼の癖に盛ってんじゃねーぞ!」
 叩きつけられる悪意。
 壁を叩く拳。
(まさか・・・あいつに暴力を振るわれたんじゃ・・・)
 無意識に立ち上がっていた。
 今度は全身に怒りが湧いてきて身体が震える。
 その震えが止まる。
(盛ってんじゃねーってことは・・・盛ったことがあるってことじゃ)
 そうだ・・・そう考えると不自然じゃない。
 たった一回 大声を出したぐらいで、そんなに人って怒鳴るもんじゃない。
 初めてじゃないのかもしれない。
 だとしたら。
 だとしたら・・・。
「何しているんだ僕は・・・」

 呆然とする僕の目に先生の書が映った。
 年賀状のお返しで届いたもの。
 毎年先生から来た年賀状は百均で購入したフレームに入れて机に飾っている。
 見ていると元気になる。
 先生の顔が浮かんだ。
「妄想は妄想しか生まないよ。僕らは認識の世界に生きないとね」
 そうだ。
 これは妄想だ。
 それでも、あの寂しい部屋で抱き合う男女の姿が見える。
「ただ認識するんだ。それが出来ないようではこの世界は土台無理だよ」
 あの力の篭った目で僕を真正面から見ている顔が浮かぶ。
「僕はまだ本人から何も聞いてない」
 公園へ向かう頃には大分落ち着いてきた。

 あの時のベンチに彼女はいた。

 彼女を見ると再び焦燥感が暴れだす。
 先生の顔を必死に思い出し自制する。
(認識、認識、全てはそれから)
 僕は黙って手を上げる。
 先生のお陰でみっともない姿を彼女に見られないで済んだ。

「未納?」
「うん。色々ためちゃっててね、場合によっては退学もあるって」
「そんな・・・」
「仕方ないよ」
 仕方ないって・・・そんな程度なの?
「幾らなの?」
「うん」
 彼女はそれっきり黙り込んだ。
 聞こえていないわけじゃない。
 踏み込んじゃいけないんだ。
 僕はそう感じた。

 退学は間違いじゃなかった。
 けして安堵出来ない状況にも関わらず僕の心は喜びに満ちている矛盾を感じる。
(男関係じゃなかった・・・良かった)
「今日はゴメンね」
 彼女は答える代わりにそう言った。
「ん?何が」
「え?ほら、学校で声かけちゃって」
「また声かけてよ」
「駄目だよ」
「なんで?」
「迷惑かける」
「なんで、声をかけると迷惑かけるの?」
「うん」
 まただ。
 この「うん」は聞かないでってことなんだろう。
 何か過去にあったんだ。
「ゴメンね。自分から声かけないでって言ったのに」
「嬉しかったよ」
 彼女が僕を見た。
 意外なものを見るように。
「実はさ、学校でも話したいなーって思ってたんだ。でも前、本当に嫌そうだったから我慢したてんだよ。ま、挨拶ぐらいはと思って朝は声かけてたけど。それぐらいはいいかなーって。だから叶わない願いかなぁ~って思ってたから驚いちゃった」
 黙っている。
「僕から話かけちゃ駄目なの?」
 彼女は俯くと足をぶらぶらとさせる。
(駄目か・・・)
「後悔するよ」
「どうして」
「私・・・下げマンだから」
「サケ・・え、なに?」
 彼女は僕を見つめると頬を染める。
(え、なに?)
「サケマン?」
 意味もなくゴロだけで口をつく。
 彼女はプっと吹き出した。
「え?なに」
「ゴメンなさい。サケマンって何?」
 クスクス笑っている。
「サケマンって、ほら鮭が入っているピザマンみたいな・・・あ、ないか」
「ちょっと食べてみたいけどね」
 なんで彼女は嬉しそうなんだ。
 退学しなきゃいけないかもしれないのに。
 僕だったら絶望しているところだよ。
「あ、サゲマンって言った?」
 彼女は僕を横目で見ると、再び黙った。

 僕らは話し込んだ。

 滞納による退学。
 いないわけじゃない。
 増えているって聞いたことがある。
 彼女は具体的な金額や期限の話になるとはぐらかした。
 でも話からすると年内までにある程度の額を払わないと退学になる可能性があるとだけはわかった。けして安くはない金額だろうことは想像できる。様子からすると払える当てはあるような気もするけどその当てが本当に当てになるなるかはわからないようだった。
 そもそもその元手はどこから来るんだろうか。
 どうして彼女は一人なんだろう。
 彼女の生活費はどうしているんだ?
 そんな疑問がわく。
 聞きたい。
 彼女には聞けない。
(切羽詰っているのになんでこんなに冷静なんだ)
 そんな思いが浮かぶ。
(なんでアルバイトしないんだろう)
 そんな疑問も。
 考えてみると、僕は何一つ彼女のことを知らない。
 全く。
 何も。
「どうするの?」
「卒業はしたいな」
 その言葉は清々しいほどの決意が感じられた。
 全身に感動が走り抜ける。
「でも、駄目なら仕方がない」
 一方では覚悟しているんだ。
「大丈夫だよ、きっと・・・」
 自分の言葉が虚しく響く。
「だといいな」

 綺麗だ。

 同じ高校生とは思えない。
 学校での彼女とは同一人物とは思えない。
 鳥肌がたっている。
 泣きそうだ。
(美しい。姿もその声も、心も)
 僕は得体の知れない美しいものを見ている気がしている。
 そんな気がした。
 月夜の公園で取り留めのない会話をする彼女はまるで悲壮感の欠片も感じられなかった。

 草むらから覗く影。
(やっぱりね)
 ナメカワは二人の会話を聞いていた。
 多分ここだろうと思った。
 あ!あのマーさんのうっとりとした表情。
 これ!これなのよ。
 優しくて穏やかな声。
 見栄や格好をつけているわけでもなく自然な物言い。
 あ、今、言わなかった。
 本当は知りたいんでしょ?
 幾ら必要なのか。期限はいつか。
 ・・・聞かない。聞かれたくないのを察したのね。
 彼女を傷つけまいとしている。・・・可愛い。
 あの顔はきっと自分の無力さを感じながらもどうにか出来ないかって考えているわね。同級生にはいないタイプ。大人にもそう見ない気遣い。六大のマサっちゃんの方がよっぽど餓鬼。もう二度と会わないあの男。
 あ!またあの顔。あ~・・・・
 レイコは隠している。前見た時より緊張している。気付かれまいとしてる?気を使わせまいと。退学を気にしていない風に振舞っているけど嘘。かなり気にしている。
 勉強もろくにしない彼女がどうして退学を気にするんだろう。気になる。
 ふふふ。マーさんったらゾッコンじゃないの。何が気になるよ。愛しているのね・・・素敵。
 どうしたらあんな顔が出来るのか。
 どうしたらあんな顔を向けてくれるのか。
 知りたい。

 この夜、僕はある決意を秘めた。
(アルバイトをしよう)
 彼女は絶対に受け取らないだろう。
 何より足りないかもしれない。
 でも頭金にはなるだろう。
 そもそも必要ないかもしれない。
 その時はそれでいいじゃないか。
 黙って何もしないなんて耐えられない。
 でも彼女は何を待っているんだろう。
 誰を待っているんだろう。
 僕は彼女のことを何も知らない。
 もっと、
 もっと話したい。
 もっと彼女のことを知りたい。
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