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黄色いレインコート麗子 作者:ジュゲ
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第三十五話 青天の霹靂

「麗子?・・・あ~」
 樸は以前から表情から感情がわかりづらいと言われていた。
 そう言われても困る。何せ自分で自分の顔は見えない。
 「本音でいいなよ」と言われたこともある。
 自分としては本音で言っているつもりだった。
 誰かに本音を隠そうと思ったことはないし、
 何か策略を練っているわけでもない。
 ボヤっとしてるから感情が見えづらいのかもしれない。
 なのに外からは何を考えているかわからない節があるようだ。
 ない腹を探られても困る。
 普段からそれだから樸が本気で惚けると親ですらわからない。
「彼女がどうかしたの?」
 先生を除いて。
「・・・」
 彼女は当てが外れたという雰囲気で樸を見た。
(びっくりした。なんなんだ突然)
「ごめんね、なんでもない」
「いいけど」
「・・・」
 見ている。
 僕に何を見出そうとしているんだろう。
 樸は駆け引きが好きじゃない。
 本音で言ってもらった方が話が早い。
 男女の駆け引きが面白いというヤツもいた。
 マキなんかもその口。
 でも僕は違う。
 探りあうぐらいなら最初から本音でいきたい。
 だって時間の無駄だ。
 親しくなれば結局は本音になるんだから。
「え、どうしたの?」
「うん・・・もし彼女のことが気になっているならちょっと耳に入れておいた方がいいかなってことがあったから」
「なに?」
「興味ある?」
「・・・うん」
 自分で驚いたけど咄嗟に本音が出た。
 一方では反応しない方がいいと思っている自分がいた。
 意外だったのか、彼女は拍子抜けしたような顔をすると、
 一呼吸おき口を開いた。

「彼女のこといつも見てるよね」

(!)

 ギョッとするとはこのこと。
 今そういう会話の流れだった?
 見ていた?僕が?僕を?
 そんなに見ていた?
 わからない。
 見ていたと言えば見ていたかもしれない。
 でも、チラっと見るぐらいでしょ。
 なんでそれがわかるの。
 なんでそれに気づくの?
 え、いつも見てた?
 そんなに?

「そうだっけ?わかんないや」

「うん、見てる」

 強く彼女が言うのを初めて聞いた気がする。
 いつもの穏やかな口調はそこにはなかった。
 間違いない。
 見られてた。
 そして見ていたんだ。
 気付かなかった。

「好きなの?」

 その声からは何か確信のようなものが感じられる。
(ヤヴァイ、ヤヴァイ、ヤヴァイ)
 大天使は何を根拠に言っているんだ。
 え、なに、何事、何が起きている。
 まるで取調室で尋問されているような気分。
 これは答えを間違えると大変なことになるぞ。

「好きって言うか、気になるじゃない彼女。ほら色々と・・・」

 もっともらしいことを言う。
 彼女を気にならない人がいるとしたらそれも嘘。
 でも同時に先生の言葉が頭を過る。
「君はもっともらしいことを言って煙にまこうとするね」
 チクリと胸が痛む。
(これのことか・・・)

「そうね」
 含みのある言い方。
「じゃ~好きじゃないんだ?」
 好きを強調してくる。

 これは何かに気づいている。
 もしくは知っているんだ。
 実際わからないよ。
 好きかどうかなんか。
 告白しといてわからないっていうのも変な話だけど、改めて問われるとわからなくなる。

「気になる・・・かな」

 正直に言った。
 彼女は何かに気づいている。
 きっと嘘をいっても意味がない。

「なら、いいや」

 いつものように笑った。
(なんだ、なんだ、なんだー?)
 それまで張り詰めた空気が一瞬で緩む。
 普段の彼女がそこにいる。
「何かあったの?」
 大天使のあんな声色を初めて聞いた気がする。彼女にもこんな一面があったんだ。想像も出来なかった。何か見てはいけないものを見たような、聞いてはいけない話を聞いたような気分。不安感が今頃になって遅れてジワリと包む。
「うん。ササキ先生からちょっと聞いちゃったから」

(ササキ先生!)

 やっぱり何かあったんだ。
 今日で何回目だ?
 三回は呼び出されているよな。
「なんだって?」
「それは言えない。プライベートな話だから。彼女に悪いでしょ」
 確かにそうだ。
 プライベートな話?
 一体何が。
「そっか。そういう内容なんだ」
「うん。好きな人なら耳に入れておいた方がいい話だろうけど」
 気になる。
 凄い気になる。
(ヤヴァイ凄い気になる!)
 にしても、なんとも思わせぶりな発言。
 一体何があったんだ。
 どうしてナメカワさんは知っているんだ。
 いや、実際彼女は交友範囲が広い。
 知っていても不思議じゃない。
 先生も彼女には一目置いているし。
「そっか、プライベートじゃね」
 樸はそれで言葉をきった。
 彼女は僕に背中を向ける。
 まるで僕の次の言葉を待っているかのようでもある。
「気にならない?」
 振り向くと僕を見据える。
「気になるけど、しょうがないよね」
「しょうがないか・・・居なくなっちゃうかもしれないのに?」
「え?どうして」
 思わず声が大きくなった。
「詳しくはわからないけど、退学になるかもしれないって」
「え!なんで!なんで退学に・・・」
「なんでだろう? あ、これ内緒ね。絶対に他の人には言わないで」
「うん、言わないよ・・・」
「二人だけの秘密」
 彼女はそう言うと呆気にとられる僕の左手に一瞬 触れる。

(いい香り・・・)

 香水とは違う僅かに甘い香りが一瞬 僕の鼻孔をくすぐった。
 うちの学校は香水や化粧は表向き禁止。
 一瞬だけどスズノとはまた違う手の感触。
 男とは違う女性の手。

(じゃねーだろ!)

 それどころじゃない。
 退学?なんで、なんでなんだ。
 どうして。
 どうして退学なんだ。
 何があった。
 何がおきてる。

 この時、僕は彼女の表情を全く見ていなかった。
 冷静のつもりでいて激しく動揺していた。
 完全に籠絡していたんだ。

 彼女が数歩距離をおくと、マキらが戻ってきた。
「あれ?」
 マイコちゃんの声。
 何やら話している。
 でも僕の耳には届かなかった。

(なんで彼女が退学なんだ)

 まさか、あのアパートからもいなくなるのか?
 何を食べたか、
 何を喋ったかよく覚えていない。
 こういう時の僕はまるで別人格が自動操縦しているかのように勝手に動く。

 レイさんは何事もなく教室にいた。
 それを見てホッとする自分。
 どこか、昼食後にはもういないような気がしていた。
 授業中いけないと思いつつ彼女を見てしまう。
 全く授業の中身が頭に入らない。

「あ・・・」

 目があった。
 ナメカワさんと。
 なるほど、見られていたわけだ。
 そして見ていたんだ僕は。
 休み時間、無意識に僕の目はレイさんに釘付けになっていた。
 目を離すと消えてしまいそうな。
 どこかへ居なくなってしまいそうなそんな気がする。

 不安で落ち着かない。

 休み時間の会話も全く右から左。
 一瞬でも間が開くと彼女を目で追っている自分がいる。
 貧乏ゆすりが大きくなり、
 それを落ち着かせようと無意識に右手の人差し指を噛んでいる自分がいる。
 子供の頃のクセ。
 もう治ったと思ったのに。

 何を待っているんだ僕は。
(放課後だ)
 そうだ、僕は放課後を待っている。
 放課後すぐあそこへ行って彼女に確認したい。
 見失ったらもう二度と会えないような気がする。

「おい!」

 少し大きな声にようやく気づく。
「はい?」
「次、お前の番」
 アベカワ先生が珍しく怖い顔で睨んでいる。
「えーっと・・・」
 前後不覚とはこのことか、
 どこを開いているか何をやっているか全く記憶にない。
「女子に見惚れていないで授業に集中してくれるとありがたいんだがな」
「すいません、えーっと、えと」
 クラスから笑いが起きる。
 でも僕は笑う余裕なんて全く無かった。

 授業は後一時限か。

「なんだよ、誰見てたんだよ」
 マキ、引っ込んでろ。
 今はそれどころじゃないんだ。
「彼女を見てた」
 ミツはレイさんを見た。
 余計なことを。
「違うよ」
「ほら、今も見た」
 確かに見た。
 なんでだ。
「お前さー、なに、気になるわけ?」
「たまたまだよ、ボンヤリしていただけ、ここんところ気が休まらなくて」
 我ながらうまい返し。
「あー、レイのアレか。ま、そうだろうな・・・」
 そうだ。
 実際疲れているのは嘘じゃない。
 ボンヤリもする。

 またしても無意識にチラっと見ると、彼女が見ている。
 ナメカワさんだ。
 彼女は目線を反らすと、口に人差し指を当てた。

(黙ってろってことか)

 言わないよ。
 言えないよ。

「どうかしたの?」

 ここで全く想像もしなかった声が。
 この天界の住人のような美しい声は・・・。
 まさか・・・。
 嘘でしょ!

 レイさんが僕を見ている。
 彼女が立ち上がったのに気付かなかった。
 学校で、
 彼女が、
 僕を正面から見てる。

 少しするとクラスが静かになった。
 凡そ誰も彼女の素の声を聞いたことはないだろう。
 それは大げさか。
 でも、以前なら声を発してもボソボソと小さな声で何を言っているか聞き取れない程度だった。それが聞き取れる声を発した。いつも話すにしても下を向いている彼女が正面きって僕を見ている。

「あ・・・・・」

 僕は言葉が続かなかった。
 思考停止。
 マイサンズのメンツはまるでお化けでも見たかのように口をポカンと開けたまま彼女を見ている。

「ちょっといい?」

 クラスが静寂する中、
 彼女は再び声を発すると、僕の手をグイつ引張り教室の外へ連れ出していた。
 僕は何が起きたかわからずされるがまま彼女についていく。
 まるで海が割れたかのように道が出来た。
 教室を出ると大きな声が上がった。
 軽いパニックのよう。
 なんて言っているかまでは聞こえなかったけどかなりの騒ぎになっていることは伺える。
 廊下でも驚きの声やざわめきが起こり、
「え、ちょっと見て!シカコが男と歩いている」
「幽霊が男つれてる」
 そんな声が僕の耳に届く。

 気づくと僕らは屋上前の階段にいた。
 屋上は閉ざされている。開いているのは昼休みだけ。
 予備の机が僅かに積み上がるところで彼女は再び口を開いた。

「どうしたの、顔が真っ青だよ」

 学校で、
 学校でレイさんと話せた。
 奇跡だ。
 しかも彼女の方から。
 奇跡が起きた。
 彼女が学校では話しかけないでと言ったのに。
 絶対にない光景に思えていた。

「昼休みからおかしいよ」

 彼女の顔は真剣そのもの。
 僕のことを心配しているんだ。
 嬉しい・・・。
「あ、あの・・・」
 僕の頭はまだ混乱している。
 現状を認識できない。
 でも、そんな僕にも確固たるビジョンが浮かんでくる。
「退学になるかもしれないってほんと?」
「・・・どうして」
 彼女は珍しく沈んだ表情を見せる。
「ほんとなんだ・・・」
 全身の力が抜け落ちる。
「まだ決まってないけどね」
「そうなの?」
 緊張と混乱でどうにかなりそうだ。
 予鈴がなった。
 クソ。
「帰りちょっといいかな?その話、詳しく聞かせて欲しい」
「うーん・・・わかった。それよりも体は大丈夫なの?」
「あー僕?僕はなんでもないから」
「本当に?」
「うん、それより戻ろ」
 降りようとする二人の気配に気づき小さな人垣がはけるのが見える。
 今の僕はそんな些細なことは気にならなかった。
 退学の可能性は事実だった。
(なぜ、どうして)
 そんな言葉がぐるぐる回っている。
 教室に戻ると一斉に静かになる。
 皆がまるで宇宙人でも見るかのように凝視した。
 僕はそれを他人ごとにように見返す。
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