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黄色いレインコート麗子 作者:ジュゲ
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第三十三話 台風の目

 女子が怖い。

 急に女子が怖くなってきた。
 いつも映画や漫画、ドラマやアニメでこういうシチュエーションがあると「羨ましい」と思ってきた。なんだかんだでモテテいるだろうと。
 でもわかった。
 経験がないから羨ましいと思うんだ。実際そんな羨ましいもんじゃない。うまくいっていれば羨ましいかもしれない。でも僕のこの置かれた状況は何一つうまくいっていない。それとも僕が単に女子に対して免疫がないからか。慣れていないだけなのか。もともと女子ってこんなものなのか? 理由はともかく今はマイサンズと一緒にいると安心するという現実。

 天井を見ながらボンヤリするとスズノの顔が浮かんでくる。

 この時点で胃が重くなる。
 スズノはなんなんだ。
 あの身勝手さ。
 人の迷惑も省みず。
 母さんに聞いて公園やモンバーを特定するなんて女スパイかよ。
 母さんも母さんだ。
 そうだ、あれこそがストーカーなんだ!
 どうしてストーカーになったんだ。
 もう言ってはいけないことを言いそうで自分が怖い。
 言葉ならまだいい。
 自分の中にこんな暴力衝動があったなんて自分が恐ろしい。
 絶対にないとは思うけど勢いで平手打ちぐらいしてしまいそうだ。
 この前のレイさんの時は本当にマズかった。
 レイさんがいなかったらどうなってたか自分でもわからない。
 あの後は妹のようにも思えたけど昨日のは許容範囲を超えている。
 ストーカーだ。
 なんなんだアイツは。
 一昨日モンバー寄った時は何も言わなかった癖に。
「何かあったの?」
 って聞いたら。
「別に・・・なんでも」
 だとよ。
 別になんでもで人の迷惑顧みずあんなことするかね。
 絶対に何かあるんだ。
 言えない癖に会いたいとか意味がわかんねーよ。
 昨日なんかナメカワさんのファインプレーがなかったら地獄だったぞ。
 あー胃が痛くなってきた。

 ミズキさんには本当に迷惑をかけている。
 とんだ青天の霹靂だろう。
 友人から紹介された男が元カノにストーカー行為を受けていて自分が巻き込まれるなんて。想像しただけで嫌だ。僕だって嫌だそんなの。友達を恨む?恨むまでいかないけど僕なら、マキに「とんでもないヤツを紹介したな」って言うかもしれない。
 言うか?
 いや、言わないな。僕は言わない。
 言わないけど思ってしまうだろう。
 いや、マキは悪くないんだ。
 良かれと思って紹介してくれたんだし。
 寧ろ僕を助けようとして。
 それなら仕方ないじゃないか。
 そうだ。僕はそう思う。
 でも彼女はどうかわからない。
 女性がどう考えるか、何を考えているかわからない。

 女子が何を考えているのかわからなくなった。

 マイコちゃんだってそうだ。
 あんなに豹変するとは思わなかった。
 学校であんな話するか普通。
 もっと良識がある子だと思ってた。
 なんであんな簡単なことがわからないんだ。
 責任を感じているのかもしれないけど、TPOってあるだろうに。
 先生がよく言っている。
 あらゆる点でTPOはあるって。
 あの英語とかアルファベットはサッパリな先生ですらTPOって言葉と言葉の意味を知っているんだ。彼女らが知らないわけがないだろう。暴走した女性は恐ろしい。

 あ、でも一括りにするのはいけないか・・・。
 先生が言っていた。
 一般論と特殊論と持論は別に考えないといけないって。
 類型化は間違いの始まりだって。そうだ、そう言っていた。
 あの時は意味がわからなかったけど多分こういうこなんだ。
 スズノが恐ろしいってだけで、女子と一括りにしてはいけないんだ。
 だってナメカワさんなんて何度助けてくれたか。
 彼女だけは色々わかって上で行動してくれる。
 本当にありがたい。
 そしてレイさんだ。
 この前は彼女がいなかったら本当にどうなっていたかわからなかった。
 ミズキさんだって何も悪くないじゃないか。
 そうだ。いけない僕はどうかしてる。
 僕が恐れているのは・・・スズノだ。
 それとマイコちゃんも。
 昨日は別人のようにキツく当たってきた。
 僕が何をしたって言うんだ。
 全く。

「ん?」

 またスズノからチャットが来てる。
 家にいたらマズイ。
 そのうち音声チャットがかかってくる。
 外に出ないと・・・。
 どこへ行けば。
 そうだ、モンバー以外の拠点を探そう。
 ちょうどいい機会だ。
 こんなんじゃミズキさんと付き合うことになってもオチオチ会うことも出来ないじゃないか。スズノは僕をそんなに不幸にさせたいのか。

 家のインターフォンが鳴る。
 嫌な予感がする。
(まさか・・・ね)
 母さんの何時もどおりの声。
「どうぞ」
(まさかだろ・・・)
「スズちゃんよ~」
 階下から母さんの声。
(あの、バカ!)
 女っていうヤツはどいつもこいつも。
 こっちの事情ってのがあるだろうよ。
 僕に自由意志は許されないのか。
 あーでも、母さんにスズノのことは言ってないか・・・。
 でも普通は聞くだろうよ。
 ふざけるな。
「上がって」
「何度もすいません、お邪魔します。昨日もありがとうございました」
「いいのよ~」
(よくないよ!)
 やっぱあのババアか居場所をチクってるのは・・・クソ、クソ。
 階段を上がる足音。
 死の階段。
 死神の音色。
 今の僕の顔はマズイ。
 落ち着け、落ち着けー、落ち着け・・。
 先生はこういう時、どうすればいいって言ってた?
 不意に思い出した言葉。
「人間取り繕っても最後には本音が出る。取り繕うだけ無駄だよ。逆にややこしくなるから。相手を充分に尊重しながらも本音で語ることが近道だよ。冷静にね」

(無理だ!)

 そんなの僕には出来ないよ。
 こんな理不尽で暴力的な相手に、
 冷静で?
 尊重して?
 相手は僕を何一つ尊重してくれないのに何で僕が尊重しなくちゃいけないんだ。冗談じゃない。筋が違うだろ。
 そう思いながら一方ではそれは本道に思えている自分がいる。
(クソ、クソ、クソ)
「冷静に・・・
 尊重して・・・
 正直に・・・。
 冷静に・・・
 尊重して・・」
 僕は知らず呪文のように声に出していた。

「あのさ・・・」
「どした?」
 今日のマキとのやりとりが急に浮かぶ。
「仮にだよ。どうしても、腹がたって女子に手を上げそうになったことってない?仮定だよあくまで」
「・・・」
 珍しく何か察したのか、すぐに応えはかえってこなかった。
「ごめん、なんでもない」
 僕がそう言うと。

「叫ぶ!」

 マキは言った。
「叫ぶ?何を・・・」
「何でもいい。俺は”エイドリアーン!”かな」
「何それ?」
「わかんね」
「え?」
「この前テレビやってたんだけど、そこで叫んでた。なんかこーぐっと来たんだよね。魂の叫びって感じで。それがエイドリアン」
「それ叫ぶとどうなるの?」
「スッとする」
「でもマイコちゃん驚くだろ」
「そりゃーな」
「どうすんの?」
「どうもしないよ。バカじゃないの?で終わり」
「それでいいのかお前?」
 走馬灯のように流れる。
 他愛もない会話。
 そんなので解決するとは思えなかった回答。
 でも、僕の中で何かが弾け飛んだ。

「エビドリアーーーン!」

 ありったけの声で叫んでいた。
 頭がいかれたと思われたら思われたでいい。
 それはそれで万事解決だ。
 実際 今の僕は頭がどうにかなりそうだ。
 到底解決にはほど遠いと思ったこの方法は意外にも僕を救った。
 スッとしたのだ。
 マキの言うように。
 そして笑いがこみ上げてきた。

(エビドリアンじゃなかった、エイドリアンか・・・)

 大声で笑った。
「どうしたの?大丈夫」
 ノックせず慌ただしくスズノが入ってくる。
 その顔は驚きと心配に溢れている。
 それはそうだ。
 突然ありったけの声で「エビドリアン」と叫んだ挙句に狂ったように大声で笑っている。凡そ僕らしくない言動。頭がおかしい。狂った。僕なら狂ったと思うだろう。
 駆け上がる足音。
 母さんか。
「どうしたの突然、今日はお夕飯エビドリアンじゃないわよ。そんなに食べたかったの?」
 母さんのキツネに摘まれたような顔。
 ここでまた爆笑。
 笑わない方がどうかしている。
 僕は腹を抱えて笑った。
「お腹が、お腹が痛い」
「何よおかしな子ね。なにエビドリアンがいいの?」
(まだ言ってるよこの人)
「いやいや御免ね。いいよ別に。今日は何?」
「ハンバーグなんだけど」
「あーいいね~ハンバーグ楽しみだ」
「そう?じゃあ、明日はエビドリアンにするわね」
 母さんは怪訝そうな表情を見せながらもスズノとニ、三こと言葉を交わし階下に降りる。僕は妙に爽快な気分だった。
 スズノは母さんと違って得体のしれない者を見るような目で僕を見ている。いや、これは心配しているのかもしれない。
「いやー悪いね。突然 大声出しちゃって」
「うん、大丈夫・・・」
 珍しく意気消沈している。
「私こそゴメン・・・」
 彼女の声を聞いてハッとした。

 ここんところのスズノからは一切見られな言動だったからかもしれない。
 その瞬間に僕の中にあれほど溢れていた得体のしれないどす黒い塊が融解していた。
 彼女は地味目な白いワンピース、キャメルカラーのショルダーバッグを肩にかけている。
 顔は塞ぎ込み、小さい背が一層低く見えた。
 その表情からは、嘗ての意気揚々としたものが感じられない。
(初めてちゃんと見たような気さえする)
 そう言えば、僕は彼女をちゃんと見てなかったかもしれない。
 昨日、一昨日と何を着ていたかまるで思い出せない。
 彼女の顔も。
 声も。
「母さん、スズノも夕飯一緒で大丈夫かなー?」
 僕は声を上げていた。
 信じられない。
 何を言っているんだ僕は。
「そのつもりよ~」
 母さんの声。
 スズノは僕を驚いたように見ていた。
「いいの?」
「いいもなにも」
 僕はどうしてか静かな湖面のように落ち着いている。
(やっぱり何かあったんだ)
 スズノは外圧には強いけど、内圧には弱いところがあった。
 勝手に自らストレスを生産しているなーと当時も感じていた。
「どうしたの?」
 ゆっくりと声をかける。
 スズノは静かに泣きだす。
 僕は椅子から下り、絨毯の上に胡座をかく。
「ごめんなさい・・・」
「なにが?」
「色々、ごめんなさい・・・」
 色々に恐らくあのことが含まれていることは明白だろう。
 そしてここ数日の素行も。
 そうだ。
 スズノは元から良識はわきまえている子だ。
 スズノは僕を振った。
 事前になんの交流もなく。
 突然 男を連れて現れた。
 偶然出くわしたので他意はないのだろうが。
 いや、わからない。
 でも、どうでもいい。
 終わったことだ。
「僕にも責任はある」
 自分でも驚くほどすんなり口をつく。
 当時の僕が聞いたら「この裏切り者が!」と今の僕を罵ったかもしれない。
 少なからず悩んだし恨みもした。
 でも過去の話だ。

 スズノは結局理由を言わなかった。
 元々こいつは寂しがり屋で身勝手なヤツだった。
 とことん腹を割らない。
 ほとぼりが冷めた後でポツリと言うだけ。
(そんな程度のことが言えないのか?)
 と驚くことも度々あった。信頼されていないんだと落胆することも。
 先生に(自身の悩みの深淵というのは外からはわからないもんだからね)と言われ、(自分も他人からしたら些細なことで悩むことは間々あるな)と感じ、言葉を飲んだことが何度もあった。
 会いたい時はシツコイのに、こっちが会いたい時は自分の用事優先で、まるっきり融通が聞かない。そのクセ、筋の通らない持論を展開し「ほら私が正しい」と言い切ってはばからない。
 でも当時はそれを可愛いと思っていた。
(恋は盲目か・・・)

 彼女の両親はいつも帰宅が遅い。
 共働きでマンション住まい。
 IT系の企業で夫婦共に働いていると聞いた。
 二、三度ほど会ったことあった。
(忘れていたな、色々と)
 そう言えば、暗い部屋に帰るのが怖いと言っていたこともあった。
 ご両親に会うといつも死相のようなものを感じて恐ろしかった。
 気迫がなく、楽しいという感じとは無縁に思えた。
 僕はあの両親がどことなく嫌だった。
 会うと気分が暗くなる。
 悲しくなる。
 そしていつも石川啄木の有名な一説が浮かぶ。

 働けど
 働けど我が暮らし楽にならず
 じっと手を見る

 だったかな?
 確か原文は旧字だし、ちょっと違うんだよな。
 この侘びしさときたら・・・胸が締め付けられる。

 当時、先生に聞いたら
「そういう人には会わない方がいいよ。近くにも寄らない方がいい」
 そう言われ、いたく納得したものだ。

 寂しいんだ。

(僕をいいように使いやがって)
 僕は捨て猫や捨て犬を捨て置けない。
 気になって眠れなくなる。
 何時だったか夜中にどうしても気になって探しにいったことがある。
 空き箱に捨てられていた茶毛の子犬はいなくなっていた。
 生後何ヶ月だろうか?
 あの時は酷い雨だった。
 たしか、かなり大きな台風がきていたんだ。
 行くと嵐でダンボールはボロボロになっていて子犬はいなくなっていた。
 あれから二週間、僕は子犬がどうなったか気になって毎日探しにいったっけ。
(僕が拾っていれば、子犬は助けられたかもしれない)
 そう思って自責の念で眠れなかった。
 でも当時のうちはアパート住まいでペットは禁止。
 土台無理なんだ。
 大人の理屈はそうだ。
 でも、僕はあの子犬の声と顔が忘れられない。
 あの犬は僕に「助けて」と言っていた。
 僕には声が聞こえたんだ。
 このまま置いておけばこの犬は死ぬと思った。
 でも僕は帰った。
 前にも同じようなことがあって「うちは駄目です」って言われたから。
 僕は泣きながら帰った。
 自分が酷く残酷な人間に思えた。
 そのことを先生に話したことがある。
 すると先生は含みのある笑みを浮かべて意味深なことを言っていたな。
「それは本当に子犬を見ているのか、それとも自分を見ているのか」
 そんなこと言ってたっけ。
 今でも意味がわからないけど。

 スズノは犬じゃないから尚更 捨て置けない。

 彼女の為じゃない。
 きっとこれは僕の為なんだ。
 きっとまた眠れなくなる。それが嫌なんだ。
 ましてや人間だ。
 しかも一時期は付き合った相手。
 好きだった。
 今はもう彼女という目では見れないけど。

(ミズキさんには断ろう)

 悪いことをした。
 マイコちゃんにも謝らないと。
 マキにも。

「んで、結局最後に捨てられるのは僕か・・・拾われる当てのない子犬だ」

 これが因果応報というものだろうか。
 お人好しというか、バカというか。
 でも彼女を放ってはおけない。
 あんなに泣いていたんだ。
 あんなに悲しい顔は見たことがない。
 僕って涙腺ゆるいのかなぁ・・。

 スズノを見送った後、雨の中一人泣きながら帰る。

 彼女の家にはやっぱり誰もいなかった。
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