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黄色いレインコート麗子 作者:ジュゲ
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第十七話 ミイちゃん

 自分で自分がよくわからない。
 初めての告白。
 初めての拒否。
 中二の時は告白された側だし、別れも自然消滅だったからどういう感じになるのか判らなかった。告白して断られる気持ち。
「これがそうなのか」と思う一方、
「これって普通なのか?」という言葉も頭に浮かぶ。
 何より、話には聞いていたし、実際に友人を慰めたこともある。酷い落ち込みようだった。
 想像上と経験から「さぞや落ち込むだろう」という予想に疑いはなかった。ところが、全くそうでもない。ショックがないかと聞かれればショックはある。でも、爽やかなんだ。そして宿題が恐ろしく捗っているという現実。
 オジサンが言っていたようにサッパリと振られたから傷が少なかったのかもしれない。どこか、また告白したくなっている自分がいる。さすがにまだ遠い先のことだろうが。

 嫌われてはいない。

 やっぱり決定的な違いはそこなんだろうか。
 噂のことは気にならないではなかった。
 でも短い時間でも側にいて初めてわかったことがある。レイさんの感じられる人柄が噂と同一自分には到底思えないということ。何かが違う。何かが間違って伝わっている。そう確信めいたものが自分の内側にある。
 とはいえ人間そんなに簡単でもないようで、理屈で考えると胃の辺りがモヤモヤしてくるのも事実だ。
 だから僕は考えるのを止めた。
 先生も言っていた「事実だけを認識すればいい。そこから連想を働かせても無意味だよ。伝言ゲームだってそうでしょ。簡単な事実すら伝わらないんだから」
「そうだよ!」
 考えるまでもなく本心で答えは出ている。
(彼女はそういう人じゃない)

 それから数日を経て宿題はあっという間に終わる。
 これまでの不調が嘘みたいで、それまでの自分の努力はなんだったのか全く意味がわからない。あの胃のあたりが重いあの感じ。あそこまでやって僅かにしか進んでいなかったのに。
 ストレスゲージが危険区域に差し掛かりつつあった母さんも突然の朗報に大喜びで現金なものだと思った。でも同時にチャンス到来。
「母さん、やっぱりスマホ買ってくれないかな」
「何を今更、この前も貸して上げたじゃない」
「だって必要でしょ。現代の必須アイテムだよ」
「何言っているの。無くてもいいからって言うからパソコン買ってあげたでしょ。それにこの前はなに?遅くまで出かけて」
「遅くまでって時間?それに、そういう時にもスマホがあれば安心でしょ」
「お母さんの持って出たのに電話しても出なかったでしょ」
「後でかけ直したじゃん」
「なんで出なかったの?出ないんじゃ意味がないでしょ」
「いや、なんていうか、手が離せなかった。すごく大切なことだった」
「お母さんね。もっと早く連絡して欲しかった」
「それは悪かったけど・・・母さんも必要でしょ」
「家にいる時は、家電を使うから平気よ」
「でも出る時は必要じゃない。スマホ買ってよ~」
「ならパソコンは没収、お小遣いは無し」
「えーなんだよそれ~酷いよ~」
「酷くないでしょ。そういう約束なんだから」
(こういう時に限って母さんは筋が通っている)
 これ以上、母さんの機嫌を損ねると後々面倒なので撤退することにした。
 まあ焦ることはない。
 二学期からの快進撃が本番。
(そこでぐうの音も出ない成績を見せつけスマホはゲットだぜ)

 お盆の帰省。
 そしてマキらとのゲーム大会。
 倉敷への家族旅行。
 僕の夏休みの巻き返しは破竹の勢い。

 帰省した時、マッツンに会った。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
 一目散に駆けて来たと思うと足にタックルされ思わず転倒。なんという馬鹿力。本当に子供というのは加減がない。例のロボット遊びを早速せびられる。でも彼女との出来事を思い出し力が入ったせいか、マッツンの目はいつも以上に輝きを増し、自分も楽しく過ごせた。疲れたけど。
(レイさんは不思議な人だ)
 子供を持つとこういう気分なんだろうか。
 それとも孫か。
 愛らしいやら、面倒くさいわで複雑な心境。
 でも、こんなに全身全霊をもって好かれると、なんだか胸が辺りが暖かくなる。幸せな気持ちになる。こんなマッツンも母さんみたいになるのだろうか。
 母さんに言わせれば、
「親戚とは言え所詮は他人よ。我が子の可愛さは全く違いますから」
 といつだったか、去年か、力強く否定されてしまった。
 母親の気持ちってどんなのだろう。

 オジサンも顔を見せた。
 そして、こっちも早速、
「彼女に告白した?水着、見た?」
 と聞いてきた。
 少し麗子さんのことを話す。オジサンのお蔭は少なからずあったと思う。
「よくやった、よくやったよ。まずは第一歩だ。全ては一歩からだ!」
 告白し、振られたことを告げたのに、背中をバンバン叩かれ握手する。自分でもよくわからないけど何故か嬉しい。
「な、本当の美人は振り方も美しいんだよ。じゃ~水着はまだ拝める関係じゃないか?でも友達みたいなもんだから水着ぐらいオーケーだろ。海に誘え。海はいいぞ~波もうねるが心もうねる、チャンスだ」
「でもこの後は家族旅行がありますから」
「家族旅行かぁ~。関係ないって言いたいけど、これはこれで今しかしないからな・・・彼女も呼ぶ?ってのもアリか。独りなんだろ」
「無理です無理です無理です無理です」
「ま~そーか。姉さんが怖いな。それにいきなり家族じゃ相手も引くか」
「ですです」
「じゃーその後・・・8月も下旬・・となると海はクラゲが辛いからプールだな。オジサンの友達でクラゲに刺されたのが理由で振られたのがいたよ。酷い話だろ?だからプールだな。高校二年で、しかも振った彼女の水着を拝むなんて黄金体験だぞ!」
 相変わらず勝手に話が進んでいく。
 でも少しわかった。
 オジサンはきっと僕の背中を押してくれているんだ。
 そういえば、オジサンに彼女のいう「マーさん」がどういう位置なのか聞くのを忘れていた。

 二学期の予習もある程度進み一息つく。
 僕の夏休みもいよいよ終盤にさしかかったある日、
 またあの夢を見た。
「黄色いレインコート・・・」
 三度目、すぐに思い出す。
 これまでのストーリーの記憶を辿り彼女に躊躇なく近づく。
 微妙に彼女の言葉のニュアンスが違う気がするけど内容は同じ。
 別れるところまで来る。
 ここからが本番だ。
(ここで独りで返したからいけなかったんだ。家までついていけばいい。それが最も確実だ。誘拐犯と言われても構わない。これは夢なんだから)
 夢だからやりお直しが効くと思ってか、彼女に告白した経験が後押しとなってか、僕は何時もより行動的になっていた。
「じゃあ、ミイちゃん帰るね」
(ほらきた)
「送ってくよ」
「お母さんが」
「わかってる。知らない人についていっちゃいけないんだよね。それは正しいよ。でも君が帰るのを送るだけなら、君がついていく訳じゃないからいいんじゃないかな?」
 我ながら悪知恵が働く。
 マッツンでもそうだけど、これぐらいの子はこの程度の理屈でも簡単に混乱する。余程 警戒されていたり、刷り込まれた子じゃない限り大丈夫だ。
(それでもダメならついていけばいい)
「う~ん・・・そうだね」
(よし!)
「じゃー手をつないでいこう」
「いや」
「そっか。じゃー手はなしで」
 当てが外れた。
(手を繋いでいないとイザという時に引っ張れないけど、でもこれだけ近いなら大丈夫だろう。無理につないでに警戒させることもないし・・・。よし!今日はいけるぞ、この子を絶対助けられる)
 近づこうとすると彼女は警戒する。
 仕方なくミイちゃんが前を歩き僕は少し後ろを歩く形になる。
 前話、彼女の行方がわからなくなった場所の近くに差し掛かる。
(来るか、来るか?どこから鉄砲水が・・・)
 いやが応もなく胸の鼓動が高鳴る。
 不安をよそに前を歩く彼女が立ち止まった。
(ココはマズイ。どうしたんだ?)
 彼女はポツリと言った。

「お兄ちゃん、なんで来てくれなかったの?」

「え?」
(今はそれどころじゃないんだけど・・・)
「お兄ちゃん、ずっと来てくれなかった」
(え、それって夢のこと?)
「あ・・・あ~。そう・・かな。そうなるね。来たくても・・・ゴメンね」
 こんな小さな子に
「これは夢だから自由に出入りしたくても出来ないんだ」
 なんて言えるわけもない。
「ミイちゃん寂しかった」
 緊張に加え、胸が更に締め付けられる。
「本当に御免ね。今度は出来るだけ来るようにするから。
 約束は出来ないけど頑張るよ」
 僕はしゃがみ背中に向かって語りかける。
 向こうで轟音がなった。
 あれは最初の鉄砲水だろう。
 だから次はもうすぐだ。
 危ない。
 それとも・・・
(僕が一緒だから何かストーリーに分岐が発生したとか?
 もう大丈夫とか。
 でも注意しないと、この前もそうだったし)

「ミイちゃんね、本当はお母さんなんていないんだ」

 全身が凍りつく。
 小さな背中が一際小さく見え、二歩先にいる背中が遠く見える。
「だからいつも帰りは独りなの。でも待ってないと皆見てるから・・・。だからお兄ちゃんが話しかけてくれた時、本当は嬉しかったんだ」
 彼女の心持ちを想像すると身体が震えた。
 雨脚は更に強く滝の中にいるように。
(マズイ、この雨だ)
 こんなに近くにいるのに凄く遠く感じる。
(たった二歩がこんなにも遠いなんて)
「僕も嬉しかったよ。雨が凄いからやっぱり手を繋ごう。ね」
 手を伸ばそうとする。
「いや」
 それは静だが明確な強い拒否がこめられていた。
「どうして?」
「ミイちゃん寂しかったの。ミイちゃんずっとお兄ちゃんが来るの待ってた」
「それは本当にゴメンね。でも、これからは会えるよ。毎日とはいかないかもしれないけど、だからまずは手を繋ごう。仲直りの、そう仲直りの握手だ!」
 雨脚が強い、彼女が遠く感じる。
 危ない、これは危ない。
 無意識に体が震える。
「ミイちゃん待ってた。まいにち」
「お願いだから手を繋いでいいかな?雨が強くて声がよく聞こえないし」
「こんなことなら話しかけて欲しくなかった・・・」
 危ない、危ない。
「ゴメン!ゴメンよ!悪かった!お願いだから手を繋ごう!」
 声をふり絞り、
 手を目いっぱい伸ばし、
 雨の中を一心不乱に土下座している自分がいる。
 あと半歩でもない距離。
「頼む!お願い!お願いだから!」
 彼女が振り向いたであろうことが辛うじて見えた。

「寂しかった・・・」

 ほとんど見えないのに、
 目が暗く淀み、
 まるで精気が感じられないのがわかる。
(こうなったら無理矢理に!)
 上体を伸ばし手をつかもうとした瞬間。
 走りだした。
「バイバイ」
 手は空を切り、飛び込む勢い余って倒れこむ。
「ダメだ!そっちはダメだ!」
 瞬時に見えなくなる。

 そして聞き慣れた轟音が。

「だから・・だからダメだって・・・だから・・」
 地面を叩く。
 殺人現場の死体のようになりながら。
「だからダメだって言っただろ。どうすれば良かったんだよ。何が正解なんだよ。夢だから入りたくても入れないじゃないか!夢だからどうしようもなかったんだよ」
 地面を叩く。
 仰向けになり子供のように声を張り上げて泣いた。

「ゴメン・・・ゴメンよ・・・」

 雨脚は次第に遠のいていく。
 叫びと嗚咽が止み、
 しばらく空を眺める。
「いい青だなぁ・・・」
 ノロノロと起き上がり幼稚園の正門に向かっている自分がいる。
 思ったより距離があるようだ。
 身の内からはなんの感慨も湧いてこない。
 木偶人形のように歩く自分。
 喪失感だけが満たしていた。

 幼稚園の正門まで戻ると、まるで当たり前のようにボロボロになった黄色い傘がいつものところにひっかかっていた。ただ、以前よりも骨組みは粉々になっており、考えてみると黄色い雨傘だったとわからないぐらい破壊されている。足元に目を向けると、いつの間にか黄色い長靴が落ちている。長靴もこれまでより傷だらけに見えた。
「ふっ」
 吐息が漏れる。
「さっきさ~ココに長靴あったかよ?
 あん?
 ふざけてんのかお前?
 ふざけてんのかって言ってんだよ!
 答えろよ!
 答えろ!」
 地面を蹴る。

「こたえ!・・・・」

 目が、覚めた。
 身体を硬直させ床を強く叩いたようだ。
(いてぇ・・・)
「答えろと・・・言ってるんですよ・・・僕は。おわかりですか?」
 ボソっと小声で言う。
 号泣に加え、怒り、挙句に今度は床まで叩いた。
「痛い・・・」
 手をみると赤くなっている。
 夢だけにフルパワーで殴ったのだろう。
 両手で涙をこすりとり顔を覆う。
「あ~どうすりゃ良かったって言うんだよ・・・夢だぜぇ~」

 予感めいたものがあり起き上がるとカレンダーを見る。
 夏休みも後3日で終わり。
「3日か・・・いや、そうじゃなくて」
 夢の中、あの子の言葉が鮮明に蘇った。

「ミイちゃん待ってた。まいにち」

「待ってた、毎日、お母さんはいない、ミイちゃん・・・レイさん」
 彼女のことを忘れていたわけじゃない。
「だって振られたんだし・・・友達でもないんでしょ。マーさんじゃ意味わかんないし。まさか、いやいやいや夢は夢だ。でも・・・」
 彼女の冷房も扇風機もない部屋が克明に頭に浮かぶ。
 こたつテーブルの上に使い古したプラスチック制の内輪。
 自分と比べほとんど汗をかいていない彼女。
 そして言葉。

「熱中症は危ないから」

 胸騒ぎがする。
 急に手がブルブルと震え足まで笑い出す。
「まさか予知夢とか?・・・」
 待ってたというミイちゃん。
 天涯孤独と聞くレイさん。
 何時もよりボロボロの傘。
 以前より傷だらけだった長靴。

 あの幼稚園へと向け走りだす自分がいる。
 頭の中ではミイちゃんが言った、
「こんなことなら話しかけて欲しくなかった・・・」
 その言葉が繰り返し繰り返し流れ、
 いつの間にかミイちゃんではなくレイさんの声と顔になっていた。
+注意+
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