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黄色いレインコート麗子 作者:ジュゲ
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第十話 雨降り

 彼女は顔色ひとつ変えることなく
「クリームパンありがとう」
 といった。普段の彼女からは想像も出来ない快活な声。
「いやあ」
 どんな顔していいかわからなかった。
「あれって美味しいんだね。初めて食べた」
 俯き小さく笑う。
(か、可愛い・・・)
 一人の女性が笑っただけでなんでこんなに息が詰まるんだ。
「よ、良かった。ふ、普段はお、俺も食べないんだ。あんな人じゃ、ね、滅入っちゃうもんね」
「え?じゃあわざわざ並んでくれたの」
 驚いたように僕を見ている。本当に知らないようだ。並んだどころの騒ぎではない。まさか我校名物クリームパン戦争を知らない人がいようとは。
「わざわざってほどもでないけど、メロンパン買いにいけないからせめてこれぐらいはしないと悪いじゃない」
 恥ずかしい。
 ヤヴァイぐらい恥ずかしい。
 君の為にクリームパンを勝ち取ったよという気持ちがなかったと言えば嘘になる。だから僕は心のどこかで拍子抜けしていた。それを隠すためにいつもよりお喋りな自分が限りなく恥ずかしい。でも、恥ずかしいと思えば思うほど僕の喋りは止まらなくなる。
「ほら、うちって学校終わるまで出ちゃダメじゃない」
 彼女は再び俯くと目を閉じ小声こたえた。
「ありがとう」
 その声の響きに僕の胸の高鳴りは容赦なく上がった。
(ありがとう?ありがとう・・・ありが・・・ヤヴァイ・・・ヤヴァイ・・)
 今までこれほど「ありがとう」が胸に響いたことはないかもしれない。
 クリームパン一つでこの「ありがとう」。そこに込められた思いの背景には何があるのか、僕は無性に彼女のことが知りたくなっきた。
「ところで、今日はどうしたの?」
 まるで、今の「ありがとう」が気のせいであったかのような切り返し。
 親しい友人と言葉を交わすような気軽さ。
 大きな瞳は再び僕をとらえる。
(まずい・・・・)
 僕はこのわけのわからない興奮を悟られまいと視線を逸した。

「いや、昨日さ・・・」

 言葉が続かない。
 ここで僕が昨日の母さんの話をすれば、まるで僕がマザコンみたいじゃないか。というか、そもそも、そんな些細なことを気にしている男だと思われてしまう。ていうか、気にしはしているんだけど。これはマズイ、母さんのことは言えない、でも・・じゃーどうすれば。
「いいんだ」
 彼女は何かを察したのかそう言葉をつなげた。
(違う、言いたいんだ、君と話をしたいんだ、もっと・・・)
「じゃあ」
 彼女が踵を返そうした瞬間に不思議と滑らかに口が動き出した。
「夢を見たんだ」
(そうだ、夢の話があった)
「夢?」
 立ち止まり向き直る。
(その、クルッっての超可愛い・・・ヤヴァイ・・・)
 今朝のあの情景を思い出し僕は目をつぶる。
「うん・・・。黄色いレインコートを来た女の子が幼稚園の前にいたんだけど、凄い雨で、時間になっても誰も迎えに来ないんだよ。先生方も帰っちゃうし。雨はどんどん降りが酷くなる。でも誰も来ないんだよ酷いだろ!?あんまり心配になって駆け寄ったら、あれが鉄砲水ってやつなのかな?濁流で押し流されたみたいで、その子の傘と長靴片方だけが残されていて、いないんだよ。もう、悔しいやら、情けないやら、許せないやら、悲しいやらで。叫びながら起きたんだ。したらさ、泣いているんだよ俺。涙が流れてさ・・・」
 ここまで言って、自分の言葉にギョッとする。

(まー・ずー・いーっ)

 高2にもなって夢の話で泣く男子のクラスメイトってどーよ。
 しかも少女の夢で。
 挙句に黄色いレインコートって・・・まんま君のことだと思うじゃん。
(うわあああああああああああああ)
 地雷を避けるつもりで特大の地雷を踏んでいる。
 バカだ。バカがいる。
 僕は言葉が詰まったまま彼女の顔が見れないでいる。
 しばらくの沈黙の後、僕はかろうじて横目を動かす。

(ガン見しているぅぅぅぅぅっ)

「いや、なんていうか、きも・・」
 僕が取り繕うとすると、それを打ち消すように彼女はきっぱりと言い放った。
「いい人なんだね」
 彼女の、麗子さんの余りの清々しいまでの言葉が遮った。
「いい人なのかな?本当にいい人なら、あの子が流される前に助けているんじゃないかな。僕は・・・単なるヘタレだよ。情けないけどこういうヤツを偽善者って言うんだろうね」
「いい人」
 突然、彼女は頭を下げた。
 上体を深々と曲げ。
 傘を下げ雨に打たれるのを構う様子もなく。
「ごめんなさい!」
 僕は目が点になる。
「え?」
 彼女の行動はいちいち奇想天外だ。頭が追いつかない。
「気づいてた。挨拶してくれていたよね。気づいて無視していた」
(やっぱり!・・・気づいてくれてたんだ)
「あー・・・」
「またかと思って」
「また?」
 顔を上げ僕を正視する。
「うん」
「・・・僕が勝手にやっていたことだから」
「失礼なことをしたと思う」
 弱気な声を聞いたきがする。
 口から出るままに喋りだす。
「先生にね、言われたんだ。あ、先生って言っても習字の先生なんだけど。挨拶するしないも本来は自由だって。目があった瞬間に挨拶が終わっている人もいるからって。子供の頃って挨拶ってしないじゃない?親に言われてするようになるんだけど。でも子供の頃って気にしないじゃん。あれは子供が知性で動いていないからだって。心で応えている。あれが本当の挨拶なんだって。目と目があった瞬間に子供って挨拶が終わっているんだって。本当はそれでいいんだってさ。心が応えていることが大切なんだって。声に出すか出さないかは本来は自由なんだって。ま、全部これ先生の受け売りなんだけどさ・・・」
 彼女はまるで目新しい生物にでもあったかのように目を丸々と見開き、口を半分開いたまま僕の顔を凝視していた。何か、気に障ること言ったのだろうか。
「いきなり気持ち悪いよね、自分語り」
 彼女は答えない。
(違うのか・・・)
 僕は彼女の瞳を見る。
(吸い込まれるようだ・・・)
 子供のような純粋さ、実直さ、でも同時に計り知れない悲しさのようなものが感じられる。我を忘れて見入っていると思いもかけない言葉が彼女から発せられた。

「私とやりたい」

「えっ!?」
 思わず大声が出てしまう。
 心臓が縮み上がり彼女に鷲掴みにされたような錯覚をおぼえる。
 自分の本心を見透かされたような気がしたのだろうか。
 でも違う。そうじゃない。そんなつもりはない。
 でもどこかで完全に否定出来ない自分がいる。
「私とやりたいから近づいているんだと思っていた」
「えっ、えーっ!誰が?僕が?そんな顔してた?」
「違う。私はこうでしょ。皆が頭がおかしいと思っていることは知っている。汚い格好だし、本当に汚いし、お金もない。そんな私にどんな価値があるか。女であることしかない。何もない私に男が近づいてくる目的は一つ。いつもそうだったから。だから君もそうだと思ってた。決めつけていた。だから無視していた。だから、ごめんなさい」
 再び頭を下げる。

 僕は雷に打たれたような衝撃を受けた。

 同じ高校2年でありながら、こう言わしめる彼女に一体どれほどの人生があったのだろう。それなのに僕は母親との成績に関する馬鹿げた喧嘩で凹み、単なる夢で落ち込み、彼女の謎行動が気になっただけで彼女に声をかけ、惑わした。
 彼女の親はどうしているのだろう。どんなの親なんだろう。そして、言い寄って来た男たちってどんな人だったのか。何をしたのか。
 頭の中で様々な思いが錯綜している。
「本当にごめんなさい」
 更に深々と。
 なんで俺は震えているんだ。
「こっちこそゴメン」
 僕も頭を下げていた。
 こうすれば顔を見られずに済む。

 彼女が歩みよってくる。
 そして僕に傘を差し出したようだ。
 目と鼻の先に彼女がいる。
 僕は彼女の顔を見ることが出来ない。
「本当にいるんだね、いい人って」
 応えられなかった。
 違う。
 僕はいい人じゃない。
 僕は・・・。
「傘さして」
 彼女が何を言っているのかわからなかった。
 こんな顔を見せられない。
「お願いだから」
 自分が濡れていることに気づき横を向きながら顔を上げ、のろのろと傘をさす。
「じゃあ、またね」
 徐々に彼女の足あとが遠ざかる。 
 走っていった。そのまま迷いなく。
 あの方角は幼稚園だろう。
 また待つのだろう。
 何かを。
 誰かを。

 僕は彼女の足音が完全に聞こえなくなるまで顔を向けられなかった。
 しばらく雨音だけが頭の中に響いている。
 彼女の去った方を一瞥すると、お掃除ロボットが自動的に元いた場所に戻るように足が家へと向く。気づくと風呂に入っている自分が。
(僕は泣いているのか?)
 なんで泣くかわからない。
 ただ彼女に起きたであろう様々なことを思うと居た堪れなかった。
 何があったんだろう。どうしてあんなことを言うのだろう。
 どうして彼女はあそこに行くんだろう。
 なんで黄色いレインコートなんだろう。
 ふと、夢で今度あの少女に出会ったら彼女にすぐ話しかけようと思った。

 でも、その夜あの夢は見なかった。
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