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黄色いレインコート麗子 作者:ジュゲ
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第九話 メロンパン

 そうだ。本来 雨は憂鬱なものだ。
 昨日まであれほど浮かれていたのはなんだったのか。
 ババアのあの態度、そしてあの夢。
 僕が落ち込むには十分だった。
 自分ではサッパリしている方だと思っていたけどそうでもないようだ。マキの方がよっぽどサッパリしている。コクって振られて大騒ぎしていたのに翌日は全く普段通り。ああいう人間がサッパリしているって言うんだな。真似できない。
 本音を言えば休みたかったけど、一方では一秒でも家にはいたくなかった。
 朝食もとらず、母とも顔を合わせず、何も言わず学校へ出る。
 暗澹たる気持ち。
(やっぱり休むべきだったかなぁ)
 昨日のことを思い出してはまた腹が立ってくる。その直後、夢を思い出しては自己嫌悪だ。なんなのだろうか。
「なんだよ、挨拶月間は終わりか?」
 マキだ。こいつは一々棘があるな。
「なんだよそれ」
「つっかかるなよ」
「お前がな・・・」
 自分でもイライラしているのがわかる。気分を変えないと。
「なんつーか・・・母親ってのはどうしてアアなんかね」
「珍しいな。アアって何が?」
 昨日のことを話した。
 マキは他人事だと思いやがって手を叩いて喜んでやがる。
「わかるわー。あれだよ、お前はいい子だからさ期待値が高いんだよ。俺みたいに最初から出来ない子だとわかっていると親も期待しないからその辺こっちも楽でいいよ」
「でもさー、今までちゃんとやってきたんだぜ。少しはその辺に免じて許そうって腹はないのかね?バカなんじゃないの」
「いい子だったから可愛いんじゃねーの。わかんねーけど。いい子じゃない俺ですら可愛いらしいから」
「たかだが一回の試験ごときであそこまで怒るかね?」
「でもよ、真っ白に黒一点あると目立つのと同じじゃねーの?」
「・・・なるほど。お前、上手いこと言うね」
 二人で大笑いする。
 全く、マキは敏感なんだか鈍感なんだかわからないヤツだ。
 腹の虫は収まらないが、それでも少し救われた。

 朝食抜きは育ち盛りの高校生には酷だったようだ。
 苛立ちと落ち込み、加えてお腹が減って集中出来ない。
 あのクソババアを見返してやりたいので気合入っていたつもりだがそうもいかないようだ。考えてみると弁当も持ってきてない。何もかもがクソったれっだ。
「あー、お腹減った・・」
 空腹を満たす為に水をガブ飲みしたが持たない。挙句にトイレが近くなり集中出来ない。ほんと、こういう時に天を仰ぐもんだな。下駄箱から見る空は見事な雨模様。どか降りではないけどシットリと静かに降っている。梅雨も終わりか。
(てか、昼までもつか俺?)

「これ」
 声の方を見るとメロンパンを持った・・・
「あ!・・・・」
 麗子さんだ。
 硬直している僕を見て、
「早く食べないと時間ないよ」
 ウルトラ-イレブンのメロンパンを押し付けた。
「あ、ううん、ありが・・とう・・・」
 去り際、彼女の口角が上がり薄っすら笑みを浮かべるのが見えた。
(今、何が起きた)
 僕は混乱した。
 今、何が起きた?今、いま?
 手にはメロンパン。
 脳裏には彼女の残像。
 外は雨。
 腹は減る。
「早く食べないと時間ないよ」
 彼女の天使のような声が再び頭の中でリフレイン。
(とにかく食べないと)
 そんな衝動が湧き、僕は下駄箱の隅でメロンパンにかぶりついた。
 鐘が鳴り出す。
 満たされる空腹と焦り、彼女のハープのような声と、笑み、アンバランスにボロ雑巾のような制服に、降りしきる雨、マキの笑い声と、昨夜の母の憤り、悲しげな夢で見た少女と泣き叫ぶ自分。でも、とにかく・・・パンは染み渡った。
(美味い)

 三限目は別な意味では全く集中出来なかった。
 そう言えば今朝はマキ意外の人と自分から声かけていない。
(忘れてた。彼女のことを・・・)

「早く食べないと時間ないよ」

 彼女の言葉が頭の中でこだまする。
 まずい・・・ニヤけている。
 間違いなくニヤけている。
 止まらない。

 その後のことはとんと記憶にない。
 案の定、マキにはニヤけていたのを気づかれたがうまく誤魔化した。
 彼女のお陰でお腹はもったようだ。
 お昼は買うとして、メロンパンを返さないと。
 彼女のお昼かもしれないし。
「おい、どこ行くんだよ」
「あ、悪い。弁当もってきてないんだよ。学食でなんか買ってくるから先食べといて」
「お、わかった。いつものところな」
「うん」
 外には出られないから、ひとまず学食のクリームパンで我慢してもらおう。
 うちの学食のクリームパンはオリジナルで美味いから競争率が高い。普段なら並ぶのが面倒くさいし、あの戦争に参加する気になれないけど、今回は特別だ。あれは素朴というか、なんかいいのだ。食べごたえも抜群である。
 激しい戦いの末、一つはゲット出来たけど自分の分は無理だった。この際だから仕方がない。適当なので賄う。
 次は彼女だが・・・。
 考えてみると、普段、お昼に彼女がどこで何をしているのか見たことは無かった。はやく探さないと。

 学校中を走り回ったがいない。
 どういうことだ?彼女のご先祖はくノ一か何かか?
 急がないと後十分ぐらいしかない。
 まさかとは思ったが外を見る。
 いない。
 いないけど・・・傘を持って出た。
 彼女のことだから或いは・・・。

(いた)

 黄色いレインコートを来た彼女が木の下で立っている。
 校舎の窓からは死角になっているようだ。あそこは余り濡れないのだけど、全く濡れないわけじゃない。
 僕が走り寄る前に彼女はこっちに気づいた。
(急がないと時間がない)
 彼女は何を思ったか踵をかえして歩き出した。
「ごめん、ちょっと待って!」
 立ち止まり振り返る。
「これ、クリームパンで悪いんだけど、メロンパンは買って返すから。今はこれで勘弁して。知ってるだろうけど、これ結構美味しいから。僕は悪くないと思うんだ・・・」
 彼女はレインコートに手を入れたまま微動だにしない。
「ええっと、もう時間ないから、すぐ食べて」
 それでも動じなかった。
「メロンパンじゃないのはほんと申し訳ないけど、ごめんね。今朝はありがとう」
 動く気配がないので、やむおえずず袋ごと枝にひっかける。さすがに無理矢理押し込めて許されるような関係ではないし、それは自分にはハードルが高すぎた。それに彼女にその隙があるようにも感じなられない。
「ありがとう!じゃあまた」
 いたたまれなくなったのもあるが、
 食べないと時間がないという焦りも大きい。
 何よりも、なんだかゴチャゴチャした感情で整理がつかない。

 マキとヤスらに悪態つかれながら辛うじてコロッケパンとオニギリをお茶で流し込みギリギリ昼食はとれた。会話はもっぱら母親に対してのブーイング大会となっていたようで僕にとっては胸のスク会話だった。どこも同じようなものらしい。
 現金なもので、あれほど集中を妨げていた空腹も収まり授業には驚くほど集中できた。整理がつかないので彼女のことは一旦横へおいておくことにした。先生に言われたことを思い出したからだ。
「身に余る考えは一旦横へ置いておき、しかるべき後に考えればいい」
 聞いた時は何のことかよくわからなかったけど、今にしてみれば、なんとなく、こういうことなかと思った。とにかく後回しにして、今すべきことを頭に置くということだろう。
 下校の頃にもなると、朝の憂鬱が嘘みたいだった。
 同時に不思議と彼女のことはもう諦めようという気持ちになっている自分がいる。もう理由なんてどうでもいい。彼女に言葉をかけてもらえただけでなんだか全てが満たされた気がした。それよりも今は母さんをグーの音も出ないほどの結果を残してやる。
(みてやがれ)

 ところが世の中というのは上手くいかないようだ。

 下校時、僕はもう例の幼稚園にはいかないつもりだった。
(帰ったら即勉強!)
 自分の頭には二学期から高得点を連発し、ひれ伏す母のイメージが完成していた。暫く歩くと、そんなファイト漲る僕の背から声がする。
(・・・まさか?!)
 彼女だ。
 黄色いレインコートに、黄色い雨傘、そして黄色い長靴。
 吸い寄せられるような大きな瞳で僕を真っ直ぐ見ている。
 その瞳を見た瞬間、僕の絶対的な決心がガラガラと音をたてて崩れていくのが感じられる。
「今日はどうかしたの?」
 まるで長年の友人に話しかけるような自然さで彼女は僕に問いかけている。
 ゴーゴンに見つめられた騎士がごとき身体が固まっている。
 僕の呪いを解いたのは他でもないメロンパンだった。

「あ!・・・丁度いいや、メロンパン!」
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