Act-5 ラプラスの悪魔
朝。
「今日こそ勝負しろ!」
「顔を合わせるたび勝負勝負ってポ○モントレーナーかお前は」
昼休み。
「今日こそ『デュランダル』の錆にしてあげるわ!」
「それ剣なの?杖なの?」
放課後。
「私達が引き寄せられたのは『イーリスの天空架橋』で交わした大天使との誓いによって……」
「お疲れっしたー」
転校して五日。
俺の周りには変人が溢れている。
「赤城くん、何見てるの?」
「部活の一覧表」
昼休み。
担任から渡されたそれとにらめっこしていると梓ちゃんに声をかけられた。
「前の学校では?」
「帰宅部のエースだったぜ」
以前通っていた中学校はその辺ゆるかったのだが、こっちでは必ず部活に所属しなければならないらしい。
堤が「剣道部に入って俺と勝負しろ!」といつものごとく絡んできたので丁重にお断りしたのが昨日のこと。
だって俺、剣より銃派だし。
「じゃあまだ未定なんだね」
「そーゆーこと」
「それなら私と同じ部活はどう?」
梓ちゃんは、俺の心を潤す笑顔でそう言った。
◇◇◇◇◇
その日の放課後。
特に目ぼしい部もなかった俺は梓ちゃんに招かれるままにとある場所へ到着した。
入り口に取り付けられたプレートには『図書室』の文字。
梓ちゃんは文芸部らしい。
「それでも国語は『2』なんだ」
「国語が『2』だからこそ文芸部なんだよ?」
なるほど、逆転の発想というやつか。
「つまり梓ちゃんの国語力はこれから伸びていくわけだ」
「そうなったらいいな~」
えへへへ、と笑う梓ちゃん。
そんな梓ちゃんの右手側に立つ俺とは真逆の位置を陣取ったシャルが悩ましげにため息を吐く。
「なんでアズサはこんなヤツ……」
聞こえてるぞ。
どうやら俺の同伴がお気に召さないご様子。
「そんな邪険にしないでくれよ」
「アンタのせいでクラスメートにアタシの秘密がバレちゃったのよ!?」
「あれは俺のせいじゃないだろ……」
シャルが気付いてなかっただけで周囲にはとっくにモロバレだったじゃねぇか。
責任転嫁も甚だしいこのフランスっ娘は梓ちゃんの親友であり同じ文芸部だそうだ。
こうして日本語を正しく操り日本の文学を楽しめる辺りに素養の高さを感じさせる。
これで魔法だなんだって言い出さなけりゃな。
ガラ。
扉を開いた梓ちゃんに付いて図書室に踏み入る。
特筆すべき点の見当たらない、至って普通の図書室。
「こっちだよー」
人影もまばらな図書室内を突っ切り、手に取る生徒なんか皆無だろう分厚いハードカバー類が収められた書架が並ぶ奥まった場所。
そこに色褪せた1枚の扉が鎮座していた。
「『資料室』?」
「うん、ここが文芸部の部室なんだ」
どうして文芸部はこんな肩身の狭い場所に追い込まれてんだ?
そんな疑問が口からまろび出る前に梓ちゃんがガチャリとドアノブを捻って扉を引いた。
「あ、水森先輩。こんにちは」
「やあ梓にシャル……と君は誰かな?」
薄暗い資料室。
その中でパイプイスに腰かけ、暗がりゆえに栄える白い脚を組んだ黒髪の女性が右手の人差し指でメガネの位置を整えながら俺にそんな質問を投げかける。
「この間転校してきた2年の赤城悠介です。今日は梓ちゃんに誘われて文芸部の見学に」
「そうかい。このように辺鄙な所だけど諸手を挙げて歓迎するよ」
「ありがとうございます。先輩の名前をお聞きしても?」
「ああ、ごめんね。私としたことが自己紹介を失念していた」
こほん、と咳払いを一つしてから、先輩はこう名乗った。
「3年の秋里優姫乃だ。またの名を『ラプラスの悪魔』という」
「……その『ラプラスの悪魔』ってのはアダ名かなんかですか?」
「“違うよ、これは全知の存在を指して使う言葉さ。私のような、ね”」
いきなりフランス語で語り出した秋里先輩に対し、コイツも同類かよという呆れを込めて
「“我々は知らない、知ることはないだろう。それが人のあるべき姿だと思いますよ”」
とりあえず俺もフランス語で返答することにした。