Act-3 ライバル
昼休み。
ようやくクラスの連中とコミュニケーションを取れるようになってきた頃、新たな騒乱の火種が俺の元に飛び込んできた。
「お前が転校生か?」
「違います」
トイレの帰り、なぜか敵意剥き出しの男子生徒に声をかけられた。
嫌な予感しかしないので人違いで通す。
「あ、そうなの?ゴメン」
「いやいや、気にすんな」
手短に会話を済ませて自分のクラスに戻る。
ふぅ。
「テメェ!やっぱりお前が転校生じゃねぇか!」
バレた。
「『テメェ』と『お前』が並ぶのって日本語的にどうなの?」
「わたし国語『2』だからよく分かんないなぁ」
梓ちゃんは国語ダメなのか。
「無視してんじゃねーよ!」
いや、だって、ねぇ。
「俺になんか用?」
「今日の放課後、ちょっとツラ貸せよ」
まさか今時こんなオールドタイプのセリフを聞くことになるとは思わなかった。
しかし本人はマジで言ってるっぽい。
「断る」
立ち上がり相手に詰め寄ってはっきりそう言った。
そのプレッシャーに気圧されてかオールドタイプは若干後ずさる。
教室は森嶋と対峙した時とはまた違う緊張感に包まれる。
なんだ、この中学校はこんなのばっかりか。
「て、テメェ……俺の言うことが――」
「お前にどんな理由があるかは知らないが……」
オールドタイプの言葉を遮ってさらに詰め寄る。
殴り合いでも始めようかという距離で、俺は相手の目をしっかりと見ながら告げた。
「俺は今日の放課後、職員室に教科書を受け取りに行くからお前の用事に割く時間はない」
俺のセリフにオールドタイプが一瞬呆ける。
「じゃあその後でも……」
「お前紙の重さ舐めてんの?教科書類全部ってどれだけ重いと思うよ。それ担いで歩き回れってか?それとも何、用事が済んだら半分持って俺の家まで運んでくれんの?」
「え、いや、それは……」
「まあお前が俺の代わりに全部運んでくれるなら考えなくもないけど?」
「い……いーぜ!俺が全部運んでやるよ!」
「よく言った!」
俺は今日一番の笑顔でオールドタイプの両肩をがっしり掴んだ。
「赤城くんは口が上手だね」
鼻息荒く教室を出ていくオールドタイプの背中を見送っていると梓ちゃんがそんなことを呟いた。
「相手が単純だっただけだと思うけど」
もしかしたら根は良い奴なのかもしれない。
それはおいおい見分けていくとして、今日はしっかり荷物持ちの役割を果たしてもらおう。
キーンコーンカーンコーン。
昼休みの終了を告げる鐘が鳴る。
梓ちゃんが時計を見つめて息を漏らした。
「うーん、今日はお休みかなぁ」
「休みって誰が?」
「わたしのお友達」
昼休みが終わる頃にその判断は遅すぎる気がする。
「明日来たら紹介するね?」
そう言って梓ちゃんは意味ありげに笑った。
◇◇◇◇◇
「ぜぇ……はぁ……」
「ご苦労」
教科書の束を降ろしてオールドタイプこと堤元気が息を整える。
「ここまで遠いとは聞いてねぇぞ……」
中学校から俺の新居までは歩いて三十分ほどかかる。
近いうちに自転車通学に変えた方がいいかもしれない。
「お前がチャリ通なら楽だったろうに。まあお茶でも飲んでけよ」
「断る……!」
「意地張んなって。俺に話があるんだろ?」
交換条件とはいえここまでしてもらったのに玄関先で話聞いてはいサヨウナラじゃさすがに無体だ。
お茶くらいは出してやるのが筋ってものだろう。
越してきたばかりのため荷物が散乱するリビングに堤を通す。
「オレンジジュースでいーか?」
「なんでもいい」
「『酒出せ』とか言われんのかと思ったけど意外と普通だな」
「酒なんか飲んだら停学だろ……」
「バレなきゃ平気じゃねぇの?」
強気なんだか弱気なんだかよく分からない奴だ。
単純な不良ってわけでもないみたいだが。
ほとんど物が入っていない冷蔵庫から取り出したジュースをグラスに注いで堤の前に置く。
「ほい。んで、話ってなんだ?」
「お前は俺のライバルだ!」
堤はスビシィっと俺を指差して高らかに宣言した。
会話が噛み合ってない。
「それ飲んだら帰れ」
「聞けよ!」
「いきなりライバルとか言われても意味分からんし」
「ライバルはライバルだ!俺と勝負しろ」
「腕相撲でもするか?」
二つのグラスをどけてテーブルに右肘をつく。
「ヘイ、カモン」
「そーゆー意味じゃねーんだよぉぉぉぉ!」
一人でヒートアップする堤。
ジュースを避難させておいて正解だった。
「とにかくこれから俺とお前はライバルだ!絶対負けねぇ!」
ごく、ごく、ぷはっー。
「じゃあな!」
すごい勢いでジュースを飲み干した堤は嵐のように去って行った。
しっかり全部飲むとは律義な奴め。
こうして俺は転校初日に友達より早くライバルを作ったのだった。