《春眠暁を覚えず》
何だかよく分からんが、国語の教科書に載っていた。覚えているのは中華風の話って事くらい。ついでに、中華料理に喩えると、フカヒレのあんかけって感じ。学の乏しい奴は、こんな事しか思い付かぬ。許せよ、秀才。常識人。あたしは成人式に行ってない二十代だから、さ。
……関係ないよね。
しかし、どうしてこんなに眠いのか。
午後二時ともなるのに、布団から出たくない。
寝返りを打つ。
朝七時に目が覚めて、起きる準備をして、コーヒー二杯飲んだのに、布団に入って煙草を吸って、最近お気に入りのバンドの曲を聴いていたら、いつの間にか眠っていた。 カフェインよりも、春の魔力は強いのか。
“春の魔力”
眠気だけじゃない。
絶対、淫靡な力もあると思う。その証拠に、春先に露出狂。やっぱりさ、“北風と太陽”の旅人みたいに暖かいと服を脱いでしまうんだ。露出狂は屈折してて極端だけれども。露出狂説は却下しよう。グッバイ、露出狂。
春風を身体に受けると、気持ちが高揚する。
がっつりセックスしたいんじゃない。
“春の魔力”は、あくまでも、しっとりと、欲情を刺激する。
例えば、薄い群青か紫に近い色をした夜に真っ白な月が出て、夜桜なんぞを眺めて、冷酒を啜る。
できれば襦袢なんかを緩く羽織り、男前の晩酌をしたい。
男前の丹前は、今時の男子お得意の腰パン並みに、帯の位置は低めによろしく。
黒髪の長髪の男なら、無造作に束ねるか、綺麗に流して、華やかな色柄モノをやはりゆるく着流していて欲しい。
すっきりと短パツの男前なら、藍色。きりりと黒に近い紺の帯を。
無造作パーマのねこっ毛のかわいい男前なら白に桜の柄が足許に入っているようなのがいいかもしれない。
多分、好みならどの男前にどの着物でもいいが、取りあえず。
あたしはなんとか水の如し、って奴を冷で呑む。漆塗りの盃に桜の花びらを浮かべて。
男前は辛口の酒に、黒っぽい焼物の猪口に白い月を浮かべて呑んでもらう。
生暖かい夜風の中で、騒ぐ酔っ払いは排除だ。
微酔いの思考回路には春霞。
しっとりと濡れた唇を吸う。
内腿を撫ぜられ、男前の酒の味を知る。
春の本能は従順にして情緒的。
唇が濡れる。しかし、膚は汗ばむことはない。
夏のように熱くならない。
秋のような感傷はない。
冬のように互いの体温を貪らない。
まどろみの延長上の情事。たまらない。
あたしの、春に確かに覚える欲情は、真夜中の野良猫ほど、賑やかではない。
しかし毎年、春風が鼻孔をくすぐると、確かに沸き起こる。
人間は年中欲情できると云うが、春の欲情は、四季の中でも著しく、いやらしい。
淫靡な力が、あると疑わずにはいられない。
あとは“春の魔力”を感じ取れる男前がいれば、いいのだが。
窓辺で、煙草を吸いながら、そんなことを考えていると、お向かいの犬が、交尾に励んでいた。
桜はまだか。
春は来たぞ。
相手のいない女は惰眠を貪る。これもまた、“春の魔力”。 |