挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ノブ、それって空耳 作者:奈備 光
8/43

7 だんじり囃子

 自分の番は最後の方だと、生駒は料理に取り掛かった。テーブルに置かれてあるメニューによれば、いずれも有名な老舗から取り寄せたものらしい。だが、そんなことに関心のない生駒には知らない店の名ばかり。
 立成が汗で頭頂部をてからせながら、インタビューを受けた人を手際よく紹介していく。芳川と共同で紹介原稿を作ったのだろう。

 インタビュー一番手だった瀬謡佐知子の次が伊知馨で、会場の隅で手を上げて会釈した。
 必ずしも全員がカップルで来ているわけではないようだが、伊知は中性的な若者を伴っていた。
 珍しいな、あの年頃の息子を連れてくるのは。生駒はそんなことを思いながら、パパラッチのピザミラノ風という少し笑える料理に取り掛かった。

 立成の小気味良い紹介が進んでいく。
 改めて見渡してみると、さすがに子供はいないが、職業も年齢も性別も見事にばらばらだ。
 最も目立っていたのはカナダからの留学生。彼女は紹介されると、後で自分のフルート演奏を聴いて欲しいといって、客の拍手を取った。
 生駒の見知った顔はといえば、主催者である芳川、二番手の伊知、生駒を芳川に紹介した金谷、立成、そしてインタビューに同席していた松任歩美、これだけだった。

「十七番目の方をご紹介します」
 金谷謙吾が手を挙げた。
 トレードマークの長い髪を揺らし、眉間の深い皺を少し開く。
「お題は潮騒でしたね。なかなかのロマンチストでいらっしゃいます。ご職業はイベントプロデューサー。広告代理店やプロダクションにはお勤めにならず、フリーでご活躍中です」
 金谷はダボダボの白いジャケットを羽織っているが、中は生駒と同じように黒っぽいカットソー。
 銀縁メガネの顔にはわずかに朱が差している。職業に似合わず緊張屋なのだ。目が合うと、いつものようにはにかんだ笑顔を見せた。まだ手を上げている。

「あ、金谷さん、もうお手、結構ですよ。えー、彼は心の優しいお方でして、毎週金曜日の夜は老人ホームでボランティアをしておられるとか。お得意の絵の才能を活かしてお年寄りの似顔絵を描いて差し上げるんですよね。ご出身は神戸市。今日はおひとりでのご参加です」
 実は立成と金谷は見知らぬ仲ではない。
 というより、十年ほど前に生駒を立成に紹介したのが金谷なのだ。
 ただ、ある物件で立成を激怒させることを金谷がしでかしてからというもの、ふたりの関係は冷めたものになっている。十七番目に金谷が登場したときには、立成はブログの立案者のひとりとして大いに驚いたことだろう。

 金谷にしても生駒と同様、このブログインタビューに立成が関わっているとは思ってもみなかったはずだ。
 生駒はふたりの関係を知っていながら立成にバトンタッチしたのだが、そのときは、ふたりが顔を付き合わせることになるこんなパーティが開かれようとは思ってもみなかったのだった。

「金谷さんが芳川先生にご紹介されたのは、建築家の先生、生駒延治さんです!」
と、立成が声を張り上げた。おい、ことさらに持ち上げなくてもいいぞ。

 金谷からこのブログのインタビューを受けてくれないかという話を聞いたとき、さすがに面倒な気分がしたものだ。
 金持ちが自分の立場を活かして自由に人を紹介してもらい、食事代は持つとはいうものの、タダで人の話を聞こうというのだから厚かましい企画だ。
 自分は他人から紹介して欲しい人物である、と自ら主張しているようで、なんと生意気な人物だと思ったのだった。

 しかし金谷は、芳川はおもしろい人物だし、商売抜きでも付き合っておいて損はないと勧めた。
 ある人から立成さんを紹介してはどうかとも言われたのだが、まずは生駒さんをと思い、ともいった。
 そこまで言われて生駒は了解したのだったが、もうひとつ、その気にさせた理由がある。

 芳川が書いたブログの文章である。
 洗練されているとはいえないまでも、インタビューを受けた人それぞれの、「音」への思い入れが素直に表現されているようだった。
 芳川なりの解釈がこれ見よがしに付け加えられているようでもなく、肩肘を張ったところもない。記録者としての立場を貫いているところに好感を持ったからだった。

 会ってみると、芳川は金を持った成功者にありがちな「主張」の強い男ではなかった。
 今も芳川は微笑みながら、司会者である立成の脇に立ちつくし、参加してくれた客のために笑みを絶やさず、紹介されるたびに大きな体を折り曲げて丁寧に頭を下げている。

 そして結果としてではあるが、芳川に対する生駒のそんなかすかな敵意は、完全に消えてしまっていた。
 須磨のマンションプロジェクトの件である。
 芳川が立成に生駒を推薦してくれたわけではないが、芳川の物件は生駒に、という立成なりの配慮であることは間違いなかった。

「……というわけで、生駒先生には常日頃から大きな尊敬を寄せているわけでして、今回のプロジェクトでも……」
 なんだ。結局は須磨のマンションのアピールをするために、自分をダシにしているぞ。

 立成は十九番目として自己紹介をし、「では最後の方を」と、二十番目の松任歩美の紹介を始めた。
「芳川さんからはとても優秀な女性だと伺っております。それは私のインタビューにご同席してくださったときにも強く感じました。ご趣味も絵画、陶芸、外国文学の翻訳などなどと幅広くていらっしゃいます。松任さんが翻訳されたイギリスの童話が出版され、ご本名で本屋に並んでおります。えー、なんだか仲人の口上のようになってしまいましたね。あ、そうそう。ピアノの調律もされて……」
 立成は松任をべた褒めだ。

 この女性は、インタビューのときに始めて顔を合わせて以来、それ以降の芳川との会食にも同席している。
 税理士資格を持ち、自らの顧問先も持っているが、芳川の秘書的な役割もこなしているという。
 今日ただひとりの和服姿だが、黒に近い藍色の地に鮮やかな緑色のクローバーの総模様、そこに朱色の帯という大胆な着物。抜群な色合わせのセンスだ。

 生駒の隣に立っていた客が、その着物を見て「格好いいな」と、連れの女性を小突いた。今夜のクール度ナンバーワンの美人だ。さほど若くはないが、ぴったりした黒いドレスが美しいボディラインを強調している。松任とは違った意味で目立っている。
 松任が芯の強さの存在感なら、こちらはパワーで勝負。場のヒロイン役を取り合うライバルといったところだ。もう少し若者らしいグループでは優と瑠奈がかわいらしさを競っているが、こちらのふたりは大人の艶を競っている。
 優が松任を見つめている。きっとこちらが本日のウィナーなのだろう。

 そんな視線に晒されながら、松任が会場の下手で、かしこまって立っていた。立成からの紹介が終わると、ひと言付け加えた。
「今日は芳川の秘書として皆様のサービス係を勤めさせていただきますので、何なりとお申し付けください」
と、頭を下げた。拍手がおきた。

「では皆さん、もう一度盛大な拍手を」
 立成が声を張り上げる。リビングに乾いた音が響いた。生駒も手を叩き、そして拍手を受けたことに対して軽く頭を下げた。松任がオーディオのスイッチを入れた。ギター演奏のラテンナンバーが流れ出した。

ーーーーー0602 芳川ブログ1
ブログデビューである。
人に勧められて始めるわけだが、いつまで続くことになるやら……。
私の日常を書きなぐったものなぞ、なんら価値はないので、テーマを絞って様々な人にインタビューするシリーズ物としてスタートすることにした。

テーマは「音」。
好きな音、気になる音、思い出の音。

お聞きする相手は、これぞと思う人を順にご紹介していただくリレー方式。
条件は実名でここに掲載されることをご了解いただける方、というだけ。
これからどんな人とお近づきになれ、どんなに広がりのあるお話を聞かせていただけるのか、楽しみで仕方がない。

私自身にも条件を課した。
お聞きした内容をできるだけそのままのニュアンスで書き記すということである。私のつたない感想やコメントなどを付け加えないということだ。
目標としては月一回のペースを目指すことにする。

さて、その第一号として、おでん屋のママ、瀬謡佐知子さんにお話を伺った。
大阪の天神祭りで有名な天満宮の近くにある、「すみよし」というなかなか素敵な店の女将である。

彼女が選んだ音は「だんじり囃子」。


関西の大学に進学してから大阪に住むようになり、そのまま居ついてしまったのですが、いろいろと刺激的なものを見聞きすることができました。
大阪の人にとっては普通のこと、いつも眼にしていることであっても、関東育ちの私には驚くようなことが多かったのです。
そのうちのひとつを、音で表現すると「だんじり囃子」ということになります。
もう、二十年以上前のことです。ある夏の日、知人から大阪市内の平野という町にある杭全神社の祭りに行こうと誘われました。

そのお祭りには本当にびっくりしました。その勇壮たるや。

だんじり祭りといえば岸和田が有名で、新聞にも写真入で報道されていますので、だんじりがどういうものなのかは知っておりました。しかし、実際にそれを間近で見るのと写真で見るのとでは大きな違いがありました。

それは音。だんじり囃子。

コンコンチキチンという鐘と太鼓の音。
そして青年たちの掛け声。観客の歓声。
そういったものが夜の神社の境内にこだましていました。
もうもうと立ち上がる砂埃、とうもろこしや焼き鳥などを焼く香り。
リンゴ飴の甘い匂い。

それらが充満した空気を、だんじり囃子が震わせていました。

私は感じました。ああ、これはかなわないなって。
ものすごい盛り上がりなのです。
観光化されているわけでもなく、人に見せるわけでもなく、純粋に自分たちの祭りとして一心に楽しんでいるのです。
平野で生まれ育った人は自らだんじりを担ぎ、この音を聞き、歓声をあげて大人になってきたんだ。これは平野の人たち自身の祭りなんだと。

聞きかじりを少しご紹介しますと、杭全神社というのはスサノオノミコトを主神とする神社で、創建は室町時代とされています。平野の町はかつて河内地方の産物であった木綿の集積所として栄えた街らしく、こういった祭にも町衆の経済的あるいは文化的な力が現れているそうです。毎年七月にこのお祭はあるのですが、十三日の宮入りの日には九つの各町内が代々守り受け継いできただんじりを、その勇を競いあうように神社に奉納するわけです。

いざ祭りとなれば、各町内の競争意識はすごいものがあるそうです。
夜の七時ごろから深夜に掛けて順番に宮入りを行うわけですが、最大の見せ場、一の鳥居の手前、国道二十五号線を越える交差点でのパフォーマンスでは、それぞれの町内の心意気と言いますか、祭りにかける意気込みがここぞと発揮されます。
昼間はだんじりに綱をつけて子供たちが曳いて町内を練り歩いているのですが、夜の宮入りでは綱をはずしてだんじりの動きを軽やかにして暴れまわるのです。

あの音。体が震えるような感動。
余所者の私がそう思うくらいですから、地元の人にはどんな音に聞こえているのでしょう。
私がかなわないなと思ったのは、そういうことです。
私が大阪に住み始め、そろそろ大阪人、地元民になったかなと思ったときに連れて行ったもらったものですから、そんな甘い考えは吹き飛ばされてしまいました。
郷土愛なんて抽象的であいまいな言葉ではなく、まさしく平野の人にとってはこれこそが原風景なのですね。血の中にだんじり囃子が流れているとでもいえるでしょうか。

それがない私はハンデキャップを背負っている。
もっとがんばらなくては。一所懸命働こうと。
そんな気分にさせられました。

付け加えておきます。
音もそうですが、あの臭いも印象的でした。
宮入りが終わっただんじりに触らせていただいたのですが、あたりに木と油の匂いが漂っているのです。
だんじりを担いでいる人はこの臭いの中で汗にまみれているのですね。
ああ、この圧倒的な質感。

私にとってだんじり囃子は大阪で生きていく力となってくれました。
大げさな言い方をすれば、頑張るためのきっかけといいますか、エールといいますか、そういうものなのです。

女性の私がだんじり囃子という音を選んだことはおかしいですか?
cont_access.php?citi_cont_id=127017837&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ