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ノブ、それって空耳 作者:奈備 光
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4 ニュース番組

「社長、打ち合わせは五時からですよね」
「お? もう社長か?」
 須磨での現地視察からほぼ一週間が経っている。
「今からそう言っとかないと、口を滑らせるかもしれへんから」
「がぁ? 打ち合わせに出るつもりか?」
「あかん? だってこの辺り、時間潰すようなところ、ないもん」
 生駒の事務所は大阪市内の福島にある。朝日放送やシンフォニーホールがあり、最近でこそしゃれたレストランなどがポツポツと目につき始めているが、淀川に近い生駒のマンションの周辺にはコンビニがポツンとある程度だ。
「河川敷にでも行ってこいよ」
「なんの観察しろっていうねん! 出たらあかんの?」
「いいけど。おとなしくしてろよ」
「はい、社長。コーヒー係を勤めさせていただきまーす」
 最初からそのつもりだったのだろう。優はいつものように肩も露なキャミソールではなく、白いブラウスに黒いパンツという服装で現れたのだった。

「金谷さんの話、なんやった?」
「いや。会えてない」
 金谷と話す機会がないままだった。
 約束の日、ふたりが行きつけの、何を飲んでも一杯五百円のスタンドで生駒は二時間粘った。
 すっぽかされたというのではない。もともと時間を決めていなかった。

「電話は?」
「それが、何度掛けても出ない」
 なんとなく気持ちが落ち着かなかった。
 仕事を紹介してくれようとしているのに、一週間も連絡が取れないままだからだ。
 それに、なぜかいやな予感。生駒と違って金谷は腰が軽く、留守録などにはすぐ反応して掛け直してくるのに。
「メールも反応なし」
「ああーっ、もう! もう少しスカッと営業活動できないもんかなぁ」
「連絡がつかないんだから」
「だったら、金谷さんの事務所に行くとか。そんなことやから、いつまでたっても私に給料を」
 収入を得ることを日々の暮らしの軸にはしたくない、ということを何度話したことだろう。
 生駒にとって、金儲けがすべてに優先されることはありえない。優にも、それはよくわかっているはずだ。

「わかった、わかった。まるで、秘書だな」
 金のことを冗談にするわけではないが、ふたりが金のことを話すとどうにもサマにならない。
「そか、秘書かぁ。やっと私の秘書検定一級の資格が生きるときが来たか」
 すぐに話の焦点がずれてしまう。
「おまえのその言葉遣いじゃ、だれも秘書として雇わんだろ。客が来たらビシッとしろよ」
「ホイ、かしこまりました、でござりまする」
「あのなあ」

 打ち合わせの相手、立成清次と芳川了輔は程なくやってきた。
 芳川も立成に負けないほどの巨漢だ。ふたりが並んで打ち合わせテーブルにつくと、広いテーブルがまるでちゃぶ台のような印象になった。

 生駒の住むマンションはいわゆるファミリー向けのマンションである。
 七十㎡ほどの3LDKだが、それを中古で購入してから大幅に改装していた。リビング続きの和室と洋室を潰してスタジオとし、玄関扉を開けばすぐに打ち合わせスペース。
 スリッパに履き替える必要はない。土足のままだ。

「先日はご馳走になりました」
「なんの。たいしたことができなくて」
 一週間前のパーティでは、心のこもったもてなしを受けた。
 まずは礼をいう。
 しかし、芳川は疲れているようだった。頬はいくぶん血の気がなく、目も赤い。出張続きでよく眠れていないのかもしれない。

 さっそく生駒は図面を広げた。立成はちらりと見るなり、うんうんと頷き、
「いかがです?」と、芳川に振る。
「ええ。すばらしいと思います。ただ、何度も言いますが、私はあなたに土地をお売りするわけですから、計画内容について、とやかく言う立場ではありません」
 その通りだろう。
 しかし、立成は元の所有者に敬意を表してご意見を頂きたいというのだ。
 近隣のこともある。細い道が入り組み、立派な住宅が並んだ須磨の古い、いわば高級住宅地でのマンション建設。計画内容について、元の所有者である芳川を仲間に引き入れておいて損はない。そんな計算が立成にはある。

「なにか、不都合な点がありましたら、ぜひ今の段階でおっしゃっていただきたいのですが」
 などと、自分の意見を言う前に、盛んに芳川の意見を求めている。
 いつものざっくばらんで少々乱暴な言葉遣いは消え、立成はビジネスマントークになっている。切り替えが巧みだ。ただ、威圧感はそのまま。
「そうですねえ。しかし、そうおっしゃられても……」
 とはいえ、芳川は立成に恐れ入るような男ではない。
 税理士として社会的地位もある成功者であるし、胆力もありそうだ。腕力でも立成といい勝負をするかもしれない。

 芳川に考える時間を与えるように、立成が声を掛けてきた。
「おお、そうだ。生駒さん、今さっき、芳川先生が土地代金の値引きに応じてくださってね。これで心おきなく事業が進められる」
「それはよかったですね」
 事業化できるかどうか分からないプロジェクトから、確度の高い仕事へとステップを一段登ったということだ。
 そして土地代が安くなることは、生駒にとっても歓迎すべきことだ。土地購入にではなく建物建設に比較的多くの事業費を振り向けられるからだ。
 芳川の表情は冴えないが、もしかすると立成に強引に飲まされた条件なのかもしれない。しかし、それは生駒には関係のないことだ。

 生駒は芳川に助け舟を出すことにした。
 プランの内容を解説する。
 たかだか一フロア四戸の三階建てのマンションプランなので、説明せずとも一目瞭然なのだが。
 ポイントはたった二つ。エントランスに至る長いアプローチの意味と、すべての住戸に海の景観を楽しんでもらえるレイアウトについて。

「ほう、いいですね。私もひとつ購入させていただこうかな。あ、一棟売りの賃貸物件でしたね」
 芳川がようやく目を上げて微笑んだ。
「ええ、今のところは。でも、販売会社をつけて個別分譲する案も、まだ捨てきってはいません。そのときはどうぞご検討をよろしくお願いします。ところで、この駐車場の回し方はいかがです? お隣の住戸に、車のヘッドライトがまっすぐ当たるように思いますが」
 立成が痛いところをついてきた。さすがに何十年もこんな仕事をやってきているだけのことはある。
「なるほど、そうですねえ……」
 芳川は几帳面な性格をしているのだろう。
「確か、お隣りには……」と、隣戸の家族構成まで話し始めた。

 体格と性格は相似形ではないのだな、と当然のことを考えて生駒はおかしくなった。
 六十前だと思われる年齢にもかかわらず、引き締まった体を持つ好男子。頭髪もまだ健在で、スキンヘッドの立成とは好対照。
 神経質で慎重な芳川と、大まかで豪胆な立成。
 大手会社の顧問契約をたくさん抱えている開業税理士と、どこかダーティーなイメージを発散させている不動産ブローカー。
 ありきたりの表現をすれば、生粋のインテリジェントエグゼクティブと成金の不動産屋との対比とでもいえようか。
 そんなふたりがどこにでもあるようなおでん屋で意気投合し、こうして仕事に結びつき、結果として生駒も仕事にありつけたのだから、人の縁とは不思議なものだ。

「立成さん、まっすぐ行きましょう」
「え? 南森町の交差点を曲がった方がよくないですか?」
「天神橋筋が工事中なんですよ。渋滞しているといけないから。ちょっと遠回りになるけど、その方が確実です」
 打ち合わせが終わって、四人で例のおでんでも食いにいこうということになった。
 国道一号線を快調に東進してきた立成の青いベンツは、芳川の指示通りに南森町の交差点をやり過ごしてひとつめの信号を南に折れた。

「芳川先生は新大阪駅から直行で来られたんでしょう。税理士ってのも大変ですね。札幌、東京とずっと出張続きだったとか。お疲れでしょうから、今晩は早々に切り上げましょう」
「いや、毎度のことですから。出張といっても北海道はパーティとゴルフがメインでしたし。あ、そこを右へ曲がって」
「お詳しいですな」
「ハハ、そりゃ常連ですから。そう言っちゃ、立成さんに失礼か」
 目的地のおでん屋が近づくにつれて、会話も徐々に砕けたものになってきた。疲れた様子だった芳川も調子を取り戻しつつあった。

「立成さんは飲んじゃいけませんよ。これで一応、私は忠告しました。連座制なんてごめんですからね」
「やなことを、おっしゃいますなあ」
 車は天満宮の南側へと向かう。
 神社の緑が見えてきた。夏の天神祭りの際には大賑わいだが、天神橋筋商店街から少し東に入ったこのあたりは、比較的静かな住宅街といった風情だ。
 百円パーキングのちょうど前に、目指すおでん屋はあった。立成と芳川が数年前に出会った店である。
 古びた木造二階建て。上は住まいなのだろう。「すみよし」と染め抜かれた紫色の暖簾が少しばかり高級感らしきものを醸し出してはいるが、それ以外はなんの変哲もない店構えで、裕福なふたりが通う店にしては意外な気がした。
「さあ、今日は前祝いということで存分に楽しみましょう」

 しかし、その楽しみは長くは続かなかった。
 おでん屋の天井にぶら下げられたテレビから、ニュースのアナウンサーの声がこう告げるまで、それほど時間はかからなかった。

「今日の午後三時ごろ、大阪市北区にあるマンション、グランハイツ天神の植え込みで女性の死体が発見されました。管理人の話ではこのマンションに住むディスプレイ業の女性らしいということで、警察では身元の確認を急いで……」
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