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ノブ、それって空耳 作者:奈備 光
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39 稚拙な工作

「現在進行形の事象についても一応は整理しておきます。過去ではなく現在起きている何かが原因で、ふたりが殺されたのだとしたら、誰がいったいどんな理由を持っているのだろう、あるいは得をするというのだろう、ということです」

 立成はどうか。
 金谷を恨んでいた。金谷のちゃらんぽらんな情報のせいで多額な金銭的損失を被ったから。しかし今になって殺すほどのことではない。
 しかも、ほぼ同時期に伊知と連続して殺す理由などない、と言いきってしまっていい。
 それを逆手にとって、などとアクロバットのような思考は当てはまらない。そんな危険な賭けに出る必要はないからである。

 丸山はどうか。
 丸山は祥子を金谷から奪うことに成功したが、不安を募らせていたことだろう。
 酔った勢いとはいえ、衆目のあるところで金谷に詰め寄られたのだから。金谷が今後どんな行動に出るか分かったものではない、と恐怖を感じたかもしれない。
 しかし、伊知を殺す理由はない。

 松任はどうか。
 母親とその交際相手を殺したのか。この推論にも説得力があるとは思えない。
 養父への愛情があるとしても、ふたりを殺してしまうほどの怨みにまで、突如気持ちが高じていったとは思えないからだ。
 そしてもちろん彼女が犯人ではありえない。松任は車と名の付くものが大嫌いで、そもそも運転免許を持っていない。その点がなぜ松任犯人説を排除するのかは後で説明する。

 最後に、芳川や瀬謡にいたっては、思いつきさえも浮かばない。
 もちろん彼らとなんの利害関係もない瑠奈は、事件とは無関係だ。

「以上は推論です」
 生駒は金谷も殺されたのだと断定した。
 誰も反論するものはいない。

「いいですね。犯行の動機を現在進行形の事象に探してみても、これといったものがありませんね。やはり、三十年をさかのぼる過去の出来事にその根元はある、という考えに立つ方が説得力があるわけです。なにしろ三十年前の出来事も、殺人事件。しかも、殺されたのは伊知さんのお姉さんだからです」
 瀬謡がテレビの音量を一旦さらに小さくしたが、結局は消してしまった。
 店内はますます静まり返った。
 おでん鍋からたち昇る湯気が、音もなくレンジフードに吸い込まれていく。

「次に、伊知さんの事件における、関係者のアリバイについて整理してみましょう。犯行が警察の推察どおり、四日の夜十時過ぎ以降から深夜にかけてとした場合の、皆さんのアリバイを検証していくとこうなります」

 立成。五日の午前一時にかけて北新地を練り歩き、タクシーで自宅に直行、就寝。ラウンジのママとタクシー運転手の証言がある。
 芳川。四日から札幌にいて七日に東京に移動。新幹線で帰阪し、立成と落ち合って生駒の事務所で打ち合わせ。
 瀬謡。四六時中旦那と一緒で、四日もいつものように午後十一時頃に閉店、テレビを見て就寝。
 丸山。妻と共に、三日から二泊三日で信州の別荘へ旅行。麓のレストランに証人がいる。
 松任。大阪市内徘徊で、アリバイはなし。

 立成さんが一旦帰宅してから、四日の深夜、正確に言うと五日の午前二時頃に車を飛ばして天神橋まで来ることは容易ですが、そんな夜中に伊知さんがマンションから出てくるとは思えません。
 しかも、マンションの防犯カメラには、二日の朝以降、伊知さんが帰ってきた映像も、出て行った映像も残されていません。
 ということは、ふたりはどこかで会う約束をしていたということになりますが、深夜のことで、あまり現実的ではない。
 で、まずは白に近いグレーゾーンに立成さんを置いておきます。

 芳川さんと丸山さんについては、札幌、信州と、遠方でもあり、一応は圏外です。
 瀬謡さんは最も家が近い。夫と共謀してという可能性はゼロではないので、候補からはずせません。
 松任さんはもっとも具合が悪く、全くアリバイがない。ということになります。

 今話したのは、犯行が四日の夜十時過ぎ以降から深夜にかけて、の場合です。 
 しかし、もし犯行が三日の夜だとしたら、様相はがらりと異なってきます。

 立成さんと芳川さんと松任さんは、夜の八時まで梅田で食事。その後、芳川さんは事務所で残業してから帰宅。立成さんと松任さんはそのまま帰宅。どなたか正確な帰宅時間を証明することはできますか……。
 はい、返事がありませんね。そのまま続けますよ。

 瀬謡さんは四日と同じ状況ですから、一応の候補のまま。
 ということで結局、丸山さんを除いて全員のアリバイはないということになります。

 生駒はここでゆっくりと間を取った。
 今更犯人が名乗り出るとは思えなかったが、情けを掛けたというところだ。
 丸山は両日共に圏外だといわれて、安心しきって座っている。結局、この男が海の家で働いていたことをなぜ隠していたのか、分からずじまいだ。
 しかし、もうどうでもいいことだ。
 海の家の売上金をくすねていたことを生駒に知られたくなかった、知られてしまえばあのアルバイト学生たちの耳に入るかもしれない、とちっぽけな保身を図ったなどというくだらないオチだろう。
 のんびりとビールを口にしている丸山を横目で見ながら、生駒は話を再開した。

 でも、なぜ警察は三日の夜のアリバイも確かめたのでしょう。
 これは時間差を利用した簡単なアリバイ工作が可能だからです。
 それは、伊丹空港近くの駐車場の領収書で可能になります。犯人はその駐車場に車を停めておき、四日の夜、札幌からの便が到着した後に出庫する。そして手に入れた領収書を、カード支払いの控えとひきかえに伊知さんのバッグに忍ばせ、死体の傍に転がしておけばいいのです。

 このアイデアに私が気づいたのは、伊知さんの性格から考えて、妙だと思ったからでした。
 伊知さんはどんな小さな額でも必ずカード払い。駐車料金は二泊三日ですから、四、五千円くらいにはなっていたでしょう。きっとカードで支払うはずです。しかもその駐車場は係員が常駐。カードを利用することに不便はないのです。
 それとも伊知さんはカードで支払った上に、領収書をもらったとでもいうのでしょうか。変ですよね。
 これはやはり、伊知さん以外の誰かが入手した領収書だと考えた方がいい、と考えたわけです。

 それを刑事に確かめました。
 刑事は、伊知さんが三日の夜に飛行機に乗ったということを認めはしませんでしたが、否定もしませんでした。
 私は、伊知さんが四日ではなく、三日の夜に大阪に帰ってきていたのだ、と確信しています。

 つまり犯人は、自分が手に入れた四日夜の領収書を使って警察の捜査をミスリードしようとした、と考えられるのです。
 犯人は三日の夜に伊知さんを殺し、そのまま死体を運び出すつもりだった。ところが天神橋筋は道路工事中。こうこうとした明かりの中に、たくさんの作業員やガードマンがいます。その目と鼻の先で、伊知さんの亡骸を車に積み込まなくてはいけない。その危険を避けて、犯人は工事の進捗を見ながら後日運び出そうともくろんだのです。
 ただ、死体を運び出す前に発見されてしまうかもしれない。その場合を考えて、犯行日時に眼くらましをかけようとしたわけです。結果はそうなったわけです。一応そういう仮説を立てておきます。

 他方、金谷さんの死亡日時にも、気にかかっていたことがありました。
 彼から私宛てに最後のメールが来たのは、八日の夜、ここで飲んでいたときのことです。したがって、金谷さんが死んだのは一応は八日の夜以降ということになっていますが、十九日に須磨浦海岸に打ち上げられた死体の腐乱具合から見て、少し遅すぎるという判断が警察にはあるようでした。
 そしてもうひとつの証拠は彼の懐中時計です。
 発見された死体の上着に、懐中時計が入っていました。それは九月二日に止まっていました。止まったままの時計を一週間以上も持ち歩いていたとは考えられないでしょう。
 しかも、あのパーティ以降、彼に連絡を取ろうにも、携帯にも出ないし、事務所も留守のまま。
 金谷さんとの接点は、唐突に来たその一方的なメールだけだったのです。

 これも、犯人が時間差を狙ったのではないかと考えれば、容易にその工作に気づくことができます。
 犯人は金谷さんを殺害するとき、携帯電話を奪っておいたのです。それを使って、伊知さんへは今日の午後に会いたいと四日に、私にはファックスが届いたと八日にメールを入れさえすればいい。
 もっと以前に殺害されていたにもかかわらず、八日の夜まで生きていたと思わせるために。
 非常にチープなアリバイ工作です。

 そうなってくると、伊知さんの携帯電話も怪しくなってきます。
 犯人が伊知さんの携帯電話も手に入れていたとしたらどうなるか。三日の夜、伊知さんの携帯電話から会社に、飛行機に乗り遅れたので四日の夜に大阪に戻るというメールが届いた。ところが、四日の昼の瀬謡美咲さんの披露宴に出席の予定なのに、それに対しては何も連絡がない。メールも、もちろん生の声での断りも。
 それは、犯人がそんな予定があることを知らなかったからです。
 また、本来返信するなり、電話なりをする必要のある仕事上のメールに対しても、なんら返事をしていません。まだ生きているはずの四日の日中にもかかわらず。

 発見された伊知さんの携帯電話。
 犯人は手袋をするなりしてそれを操り、先程のトリック、つまり会社にメールを入れるという仕掛けを施してから、すでに死んでしまっている伊知さんの指紋をつけ直してバッグに戻した。きっとそういうことなのでしょう。
 すると、こういうことが分かります。
 伊知さんの携帯電話から会社にメールが入ったのは、三日の夜十時四十三分。つまり、この時点で、すでに犯人は伊知さんの携帯電話を手に入れていた、ということです。

 生駒はここでも間を取った。
 そうです、それをしたのは私です、とここで言ってくれなければ、もう後がない。
 一気に結論まで突き進むことになる。
 しかし、誰も名乗りをあげようとはしない。
 しかたがない。生駒は腹を決めた。
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