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ノブ、それって空耳 作者:奈備 光
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35 刑事への質問

 刑事の事情聴取にも、もう慣れたものだ。
 近況についての質問がいくつか繰り返された後、刑事はこんなことを言い出した。
「殺された金谷さんとのご関係なんですがね。耳に挟んだところによれば、生駒さん、おたく、金谷さんの親父さんがやってられた須磨浦の海の家でアルバイトをされていたことがあるそうですな。大昔のことですが」
 ようやく警察もこの事実に行き着いたらしい。誰かが話したに違いない。
「そのときに金谷さんとも会ってられた可能性がありますなあ。先日のパーティ参加者の中の丸山さんも同じ海の家で同時期に働いていたとか。このことについてはどう思われてます?」
「どうって。とんでもない偶然が働いたんだなとしか」
「偶然ねえ」と、刑事は上目遣い。観察されている気分だ。
「僕はそう思っているんですけどね。警察の方では、意図されたものでもあると?」
「ま、ありうるなと」
「たとえば?」
「それをお話しすることはできませんな」と、厳かに言い渡す。

「僕は警察に協力を惜しみません。でも、そちらが考えておられることを説明していただかないと、なにを話せばいいのかも分かりませんよ。僕自身がこの偶然に驚いているんですから。なにしろ三十年前のことですよ」
「おっしゃるとおりですがね」
「では、なにを話せと」
「ですから、どう思われるかと」
「それは偶然だと申しました。他には?」
「では、おたくがその偶然とやらに、気づかれたいきさつをお聞かせ願えますか」
 生駒はパーティでの丸山との会話、叔父の家で元銀行員に確かめたことを話した。
 丸山が嘘をついていることについても話してしまうことにした。刑事の訪問を受けて、丸山が話してしまっているかもしれない。あの嘘に何の意味があるのか分からないが、それは必要とあれば警察の方で調べるだろう。
 いずれにしろ、たった今、この刑事は丸山も同じ海の家で働いていたと明確に言ったのだから。

 刑事は少し興味を持ったようだ。
 なるほどねえ、と言いながらメモをとると、
「ところで、そのことをどなたがご存知だったのか、申し訳ないけど列挙してもらえますか」と、聞いてくる。

 三十年前のあの事件について聞いてくるのかと思ったが、今のところは肩透かしだ。
 刑事はあの海の家で起きた事件には気づいていないのかもしれない。それは後のお楽しみに取っておくことにして、生駒は質問に答える。
 パーティでその話が出たとき、近くにいたのは丸山徹と祥子夫妻、伊知馨、瀬謡佐知子と美咲の親子。そして芳川了輔と立成清次。金谷謙吾も一部は聞いていたはず。
「でも、それ以外にも知っている人は何人かいると思いますよ。現に、塊田瑠奈さんには私たちが話しましたし」
 そのテーマについてはこれ以上の進展はないと思ったのか、刑事は質問を変えてきた。
「ところで、丸山さんと芳川さんの間にいざこざがあったことをお聞きになっていませんか?」
「はあ?」
「あ、ご存じないならその件は結構です」
 結構ですといわれて、そうですか、では引き下がれない。
「どういうことなんです?」
 刑事がニヤリと笑ったような気がした。これも話す気はないようだ。
「ハハァ」と、ここで頷いたのは優だ。
「それって、ブログの件じゃないですか?」

 刑事の顔が少し引き締まった。
 間髪をいれずに優が畳み掛ける。
「丸山があのミラーサイトを作っていたんじゃないですか?」
 刑事は頷こうとはしなかったが、否定もしなかったし、驚きもしなかった。図星だということなのだろう。

 いわれてみれば、ありえないことではない。
 自分が数値まであげて話したことの半分も紹介されていないことに腹を立てて、芳川の足を引っ張ってやれと考えたのかもしれない。
 あの男ならそんな陰湿な腹いせの方法を考えつきそうだ。
 くだらないことに振り回されてしまったものだ。
 ミラーサイトの謎をいともあっさりと見抜いてしまった優は、調子に乗ってリラックスモードだ。刑事に質問を投げ始めた。

「伊知さん自身の言葉によれば、金谷さんとは幼馴染みたいなものだったらしいんです。どんな幼馴染だったんでしょうか。小学校が一緒とか?」
 差支えがないと思ったのか、刑事は意外にもこれにはあっさり説明してくれた。
「おっしゃるとおりですな。小学校、中学校が一緒。家が近いのでそれ以降も顔を合わせることはあったでしょう」
「へえ。じゃ、大学は?」
「伊知さんは関海学院大学へ進学し、金谷さんは演劇関係の専門学校ですな」
「金谷さんの友人関係とかも、お調べになったんですよね」
「ええ、まあ」
 途端に刑事の口が重くなる。
「クラブとか趣味とかの関係は?」
 金谷にはたくさんの交友関係があったらしい。しかし刑事はその具体的な例は挙げずに、質問者は自分だといわんばかりに逆襲してきた。
「そこで、生駒さん、当時の海の家でのことを思い出して、金谷さんの交友関係についてご存知のことを教えてください」
 そうは言われても思い出せそうなことは皆無だ。
「そんな昔のこと、無理ですよ」
 刑事がにやりと笑った。
「それはそうですな。失礼しました」
 生駒も笑った。
 どうやら、刑事は三十年前の事件のことも念頭において捜査しているらしい。それが分かっただけで十分だ。あの事件はもう時効が成立している。警察もいまさら蒸し返しはしないだろうが、それに気がついてくれただけで満足だ。

 そこでまた優の質問。
「教えていただきたいことがあるんですが、よろしいでしょうか」
 刑事はしぶしぶでも、どうぞ、という。
「伊知さんが札幌から乗った飛行機の便は、お調べなんですよね」
「もちろんです」
「いつですか?」
「それは重要機密ですな」
「三日の夜ですか?」
 刑事はニヤリとしたものの、応える気はないようだ。

「では、金谷さんが入水したのは何日ごろだとお考えなんでしょう。本当に、生駒の携帯に連絡が入った、八日の夜以降なんでしょうか。死体は白骨化し始めていたと記事にありましたが、たった十日ほどでそうなるものなんでしょうか」
「いいところを突かれますな。大阪湾の水温が高いとはいえ、とだけお答えしておきましょう」
 生駒も優に勇気づけられて聞いてみた。
「彼はいつも懐中時計を使っていました。それは動いていましたか?」
 刑事はすっと眼を細めた。ここでこのふたりを味方にしておくほうが得策かどうか、と考えているのかもしれない。
 答えは、「上着から見つかりました。それは九月二日の朝で止まっていました」ということだった。

 優が微笑んだ。
 しかし、いくらなんでも次の質問は調子に乗りすぎだった。
「それから、もうひとつ。伊知さんの携帯電話の指紋のことですが」
「それはお答えできませんな」
 刑事が憮然とした。
「厚かましくいろいろお聞きしてすみません。さらにもうひとつ。ある人の過去について調べていただきたいことがあるんです」
 さすがに刑事は本気で眼を剥いた。
 しかし優は、臆することなくその名をあげた。

 刑事が帰っていくなり、須磨の叔父から電話が架かってきた。
 丸山が海の家を辞めた理由を碁敵が思い出したのだという。
 店の売上金をくすねていたことが大将に見つかり、放り出されたのだということだった。
「と、いうことなんだと」
 生駒はその情報を優に伝えたが、反応は冷たいものだ。
「ふん。所詮、小物。臆病な奴ほどよくしゃべる」
 一蹴して終わり。
「そうそう。小さいやつに限って偉そうに振舞うし……」
「そんな解説、聞きたくもない」
 優が机に突っ伏して考え始めた。

「前に言ったやんかあ。音というのは、色や臭いと違って」
 髪の毛の中から声が聞こえてくる。
「なんだ、また、その話かよ」
「ルナの特定音階嫌悪症はgisタイプ」
「それがどうした」
「gisっていうのはドイツ音名なんやて。ドレミでいうとソの♯。ラの半音下の音。瑠奈が気にならなくなったのは微妙に音程が上がったから。ラの音に近づいたということやね」
「なんのこっちゃ」
「ね、ね、三十年前の夏、流行っていた音楽ってどんなん?」
「また、もう、わけのわからんことを」
「海の家で有線とか、かかってたやつ」
「覚えているか、そんなこと」
「ハッスルは? てか、どんな曲?」
「ドゥ~・ザ・ハッスル!」
 生駒は節をつけて叫んでやった。
「あ、覚えてるやん。流行ってたんやね」
「ん? 待てよ。あ、そうか。あれが流行ったのはあの年だ。僕が高校二年生のときだぞ……。でも、それがどうした」
「立成さんのインタビュー記事に出てたやん。渚に残した足跡とか」
「ん、そういや」
「例の事件のあった日、海の家でも流れていたかも」
「だから、なんなんだ!」
「よかった。瀬謡さんに間違ったこといわなくて」
「あー、もう! なにか教えたのか?」
「だからあ。立成さんに会うって言うから、ちょっとだけ電話でアドバイスしてあげた」
「おい、瀬謡さんはまだ」
「そう。犯人候補のひとりってことに変わりないよ。少なくとも彼女の話を聞いた限りでは、はずす根拠はない。今はまだね」
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