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ノブ、それって空耳 作者:奈備 光
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32 姑息な

 数日後、おでん屋に立成が姿を見せた。馨のニュースを聞いたとき以来だ。
「葬式、行ったんだろ」
 幸い店に他の客はいない。瀬謡は丸椅子に座り直した。
「ああ、生駒さんも来てくれた」
「らしいな。わしにも知らせてくれたらよかったのに」
「そうだね。もっと早くに昔のことを聞いておくんだったね」
「フン。で、どうだった?」
 告別式の様子を話して聞かせる。
「それにしても、かわいそうな姉妹だよね」
 平板な表現だが、感想としてはそう言うしかない。

「犯人はまだ見つかりそうにないのか」
「のようだね」
「旧友として、思い当たることはないのか」
「悔しいんだけどさ」
 まさか、立成がという考えもあるとは、冗談でもいえない。
「実は」
 立成がタバコをくわえた。
「単なる思いつきやとは思うんだが」
 言葉とは裏腹に、声が幾分弾んでいる。
「なぁに?」
「あんた、伊知さんと金谷がどうのこうのって、言ってたやろ。その線はどうや?」
 順当な反応だ。
 ただ瀬謡は、ことこの件に関しては立成に心を許すまい、と決めている。
「どういう意味?」
「仲はうまくいってたのか?」
「さあ」
「丸山と言い争ったとき……」
「そうだね。あたしもそう思った。でもね」
 ふたりがすでに別れていたことは教えてやる。
「そうか……」
「いったい、この店の周りに回ってるっていう人の輪は、どうなってるんだろね」

 須磨の海の家。
 三十年前の出来事。
 馨、美弥子の姉妹。
 立成もあの事件に立ち会っていた。
 生駒と丸山はその店でバイトとして働き……。

「いくらなんでもできすぎや。誰かが画策したのか? それとも偶然か?」
 伊知馨を芳川に紹介したのは瀬謡自身だ。そこには、なにも意図したところはない。
「きっととんでもない偶然なんだよ。でも、馨を紹介したあたしにも責任があるのかも」
「なんの責任が? 殺されたことの? そりゃない。ブログもインタビューのリレー方式も、それに音というテーマにしても、おでんを食いながらの思いつきなんや」
 ふと、この目の前の男が芳川をたきつけ、すべてを仕組んで、ということは考えられるだろうかと思った。
 立成が顔を近づけてきた。タバコの煙と共に口から出てきたのは、感情を押し殺した声だった。
「松任さんな。彼女、伊知さんの娘やそうやな」
「ああ、そうなんだよ。あたしもびっくりした」
「あんたも知らなかったんか」
「そうだよ。生駒さんに聞いたんだね」
 なんだ、生駒は。そんな大事な話を立成にべらべらしゃべってしまったのか。
 推理だとか言いながら、脇が甘いじゃないか。
 三条から聞いた仮説が脳裏に蘇ってくる。ただ、今はまだ立成には絶対に話せないことだ。
 瀬謡はなんとなく身構えた。

「芳川さんも知らんのやないかな」
「言っちゃダメだよ」
「ん?」
「そりゃそうさ。あたしたち、顔見知り以上の仲だよ。立成さんも芳川さんもあたしも。なのに、今まで松任さんは話さなかった。話せない事情があるんだよ」
「そうか。そうやな」
 立成が了解したとばかりに微笑み、
「アリバイ、聞かれたやろ。どう言った?」
と、軽めの話題に変えてくる。

「あんたはどうなのさ」
「わしか。九月四日の夜は八時ごろから得意先の接待で、北新地のラウンジ回り。一時頃タクシーで帰宅。で、朝までぐっすり。新地の店やタクシーは警察の方で調べたはずや」
 アリバイ披露という新鮮な話題に一息ついたところで、立成の表情が穏やかになり、口も回り始める。
 立成だけでなく、瀬謡もそうだった。
「ご自宅は箕面だったね」
「ああ。それからこっそり大阪まで出てきたんやろうと言われたら、どうしようもないけどな。いくらひとり住まいだからって、わしを疑うなよ」
「疑われているのかい?」
「まさか」
「警察は三十年前の事件のこと、馨と立成さんのことを知ってるようだった?」
「いいや。そんな様子はまったくなかったな。単にパーティの参加者のひとりという扱い。で、そっちは?」
「三日も四日も、いつもと同じように十一時頃に店を閉めて、後はお風呂に入ってちょっとだけテレビを見て寝た。それだけ。ずっと旦那と一緒。三日のことも聞かれただろ?」
「ああ。芳川さんと松任さんと一緒にパパラッチで夕食をして、八時頃に別れた。そのまま帰宅。後は久しぶりにビデオ三昧」
「そう。で、他の人はどうだったの?」
「芳川さんの四日のアリバイは完璧らしい。四日から七日まで札幌出張やから。三日は、パパラッチを出てから事務所に一旦戻ってから、芦屋の自宅に帰った、ということやったな」
「松任さんは?」
「四日の夕方から、新装になった梅田の百貨店や本屋をうろついて帰ったそうやが、アリバイになるようなことはなにもないらしい。三日はわしたちと別れてから家に直行」
「詳しいんだ」
「ああ。みんな関心があるからな。自然にこういう話になる」

 話題が途切れたところで、立成からおでんの追加注文が来た。
「あら、今日は食が進むね」
 代わりに酒は進んでいない。
 事件のことを探りに来たという意味があるのかもしれない。口調も穏やかで、いつもと様子が違う。

 信用しきれないという気持ちが顔に出ていたのだろう。立成がぼそりと言った。
「機嫌が悪いな」
「当たり前だよ」
「友達が殺されたんやからな」
「そうさ。でも、どうにも収まらないのは、あんたのせいもあるさ」
「ん?」
「立成さん、あれ、オルゴールだったんだろ。どういう意味なのさ。そろそろ聞かせてくれないと、あたしにも考えがあるよ」
「なんだ、警察に教えるぞってか」
「そうさ」
 立成の大きな目が威圧してきたが、さほど迫力はない。むしろ、困ったというような表情で、すっと顔をそむけてしまう。
「どうなのさ」

 瀬謡は様々なことをすでに思い出していた。
 粉々になったオルゴールをきっかけに、蘇ってきた記憶。
 古いアルバムを涙目で繰りながら手繰り寄せた記憶。
 大昔のオルゴール事件のことも。

 それは、瀬謡が大学二回生の春、馨と立成が知り合って一年ほど経ったときのことだった。
 サークルの部室の郵便受けに、ひとつの包みが入れられてあった。
 立成から馨へのプレゼント。開けてみるとオルゴール。
 それを、馨はみんなの前で床に叩きつけた。
 今思えば、立成の裏切り、つまり美弥子への心変わりに激昂していたのだろう。

「どうって、ま、お近づきのしるしに。昔のよしみで、喜んでもらえるかと」
 目の前の立成は、もう伏目がちだ。
「じゃ、なぜ隠す必要があったのさ」
「前にも言っただろ。隠すというより、五十男の照れだと思ってくれよ」
「あんたが、照れねえ。でも、おあいにくさまだよ。馨はさ、あのオルゴール、三十年前と同じように叩き壊してしまったよ」
 立成が大きく息を吐き出した。
「そうか……」

 瀬謡にはことの次第が見えてきた。
 立成は三十年振りに馨と再会し、関係を修復したいと思ったのだ。きっかけになればとオルゴールを贈った。あわよくば付き合いを再開したいと。
 しかし、馨はその期待に沿うつもりは全くなかったということだ。

「あんなことせずに、ちゃんと話したほうがよかったんじゃない?」
「……ああ」
 三十年前と同じようなプレゼントを贈って反応を見るという、姑息で浮ついた手段。
 真剣に好意を寄せているのではない、ちょっとした気晴らしですよという逃げを暗に打っているような。
 結果として馨の反感を買い、まともに話もできないままになってしまった。
 瀬謡は初めて立成が小さく見えた。

 そろそろ三条の期待に応えて、あの質問を投げてやろう。
「そりゃそうとさ、あんたのインタビューに、渚に残した足跡って曲のことがあったでしょ。あれ、思い出の曲?」
「はぁ?」
「自分で言ったことも覚えていないんだ」
「いや、覚えているさ」
「じゃ、どう?」
「思い出といえばそういうことになるかな。でも実は、なんというか、自分でも、なぜその曲に特別な思いがあるのか分っていない」
「海の家で?」
「……」
 立成は口をつぐんでいた。
 目を瀬謡の顔からはずすと、天井を仰いだ。

「須磨の海の家で、美弥子さんが死んだとき」
 瀬謡は代わりに言ってやる。

「……。でも、よくそんなことを思いつくなあ」
 また立成は大きなため息をついた。そして、「さ、そろそろ帰るか」と、立ち上がる。
「いつもありがとうね。今日はごめんね。言いたいこといって」
「いいさ。気にしてない」
「うん。それが立成さんのいいところ。でさ、子供は今、どうしているの?」
「なんのことや? また急に変なことを言うなよ」
と、立成は首を振りながら出ていった。

「そう。三条って子はとんでもないことを思いつくよ」
 瀬謡の独り言は、すでに立成の耳には届いていなかった。
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