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ノブ、それって空耳 作者:奈備 光
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28 弁当箱のタイムカプセル

「アイスコーヒーでいいですか」
 芳川が自分で冷蔵庫から紙パックを取り出した。
 松任は何かを考え込んでいるのか、上司が給仕していることにもまるで無関心だ。
「あんな大雨でさえなければ、もう少しゆっくりもしていただけただろうし、テラスで夕涼みもしていただけたのに。それだけが残念です」
 芳川の言葉に、このゲストハウスで行われたパーティの夜のことが思い出された。

「そうそう。誰もプールに入らなかったし」
と、優が冗談をいった。
 松任を眺めていた立成が、弾かれたように、
「芳川事務所の女性社員の水着ショーでもあれば、なお良かった」
と、乱暴なことをいって笑った。
「うっ、それはセクハラに」
「ウハハハハ!」
 大声で笑った立成の顔は、無理に作ったという感があった。
 確かに、母を殺された娘の前でいう冗談にしては、品がなかったと自分でも思ったのだろう。
「いや、失礼」と、神妙に頭を掻いた。
 芳川は、
「それはおもしろかったかもしれない。今後の参考にお聞きしておきます」と、まじめな顔で頷いている。
 まさか、いい案だと本気で思ったわけではないだろうが、他に反応のしようがなかったというところだろう。

 生駒は、気になっていたことを聞いてみることにした。
 芳川が知っているはずもないと思うが、案外立成は知っているかもしれない。
「あれから金谷さんとはお会いになりましたか」
「いえ」と、ふたりとも首を横に振る。
「パーティの日、あれから金谷さん、どうされたんでしょうか。姿を見かけなかったけど」
 重ねて聞くと、
「そういや、お開きのとき、おられなかったような」
 芳川は、あくまで平静。
 立成は、アイスコーヒーをストローでかき混ぜている。

「んー、待てよ。用意していた手土産は、きちんと人数分渡したと報告を受けているが……」
 芳川の思案顔に、立成が声を重ねた。
「いやあ、すみません。ゲストハウスの玄関にそれらしいものがあったんで、差し出がましいとは思いながら、私が勝手に渡してやりました」
 立成は、ストローをテーブルに置いて、グラスに口をつけた。
「いえね、あの体たらくでしょう。お開きになる前に、そっと帰ったほうがいいって、下まで送ってやったんですよ」
「そうだったんですか。それはそれは、お手間を取らせましたね」
「いえ、なんの。うっかりしてお話しするのを忘れていました」
「タクシーで?」
「いや、歩いて帰るって言うんで。あの雨の中を、地下鉄の駅に走っていきましたよ」
「うちの社員は、お見送りをしましたんですか?」
 芳川は松任にちらりと眼をやったが、相変わらず、あらぬほうを見やっていて、反応がない。よほど憔悴しきっているのだろう。
「いえいえ」
 と言いながら、立成は松任が気になるのか、何度も眼をやっている。
「それはまた、失礼なことをしました」

「誰の目にもつかないほうが、彼も気が楽でしたでしょうから。お気になさらずに」
「さぞ……」
 芳川は言葉を捜したが、あの状況の金谷に掛ける上手い言葉は、多くはない。
「さぞ、シュンとされていたでしょう」と、言うのがせいぜいのことろだろう。

 芳川がゲストに対して何とか礼を保とうとしていたが、
「ああいう男なんです」
と、立成は冷ややかな口調で吐き捨てた。
「まあまあ、そうおっしゃらずに……」
「以前、こんなことがありましてな」

 騙されたという言葉を何度も使って、立成は数年前の金谷の不手際を責めた。

 おでん屋でニュースを聞いて以来、生駒は彼らと顔を合わせるのは今日が始めてだ。
 まずは情報交換といきたかったが、松任を前にしてそんな雑談めいた話をするわけにはいかない。
 話題といっても、事情聴取の時に仕入れた話や、新聞やテレビのニュースを元に見聞きしたことを披露しあうのが関の山だろう。
 新情報があるとしても、事情聴取にどう答えたのか、ということくらいなものだ。

 立成と芳川が、金谷の話をしている。
 昔のことだ。
 松任は聞いているのかいないのか、黙って時々は頷いてはいるが、耳には入っていない風だ。

「そうなんですか。なかなか誠実そうな人だと私には見えるんですけどね」
 芳川の反応に、相槌を打つ立成。
「誠実ですよ。見ようによってはね。しかし、脇が甘いというか、抜けているというか……」
 しかし、立成にしても、単に場を繋ぐためだけの話題なのだろう。投げやりで、頭に浮かんだ言葉をそのまま放ったような話し方だ。

「一緒に仕事をするには注意が必要な男だ、ということですな。生駒さんも気をつけたほうがいい」
 立成がいきなり生駒に向き直って、今更ながら口惜しいのか、成り行き上のポーズなのか、微妙にひょうきんな表情で、唇をかんでみせた。
 しかしすぐに、暗い話は飽きたというように、
「芳川さん。例のブログ、どこまでも続くといいですな」
と、朗らかな声で、話題を変えた。
「私がこういうのも変なんですが、ああいうパーティ、私、好きでしてね。いろんな人が集まって、なんとも楽しい」

 芳川自慢の話題に水を向けたのだったが、立成の当ては外れた。
「ブログですけどね。あれ、もうそろそろやめようかと」
 苦笑いをしつつも芳川は、幾分ほっとした表情を見せた。
「そうなんですか……」

 おもしろがって始めたブログだったが、熱は冷めてしまったということだ。
 区切りという意味でパーティをしたのだから、ちょうどいい機会だ。
 しかも、あのミラーサイトが芳川の作であれば、ブログを継続することが虚しくなっている証拠であるし、悪意の第三者の作であれば、なおさら継続する意欲をそぐものだ。
「なにもやめなくても」
と、立成も一応は口にしたが、本人がやめるというものを続けさせる理由はない。

「あのブログのせいで、例のその、伊知さんの事件が起きたというわけではないんですけどねぇ」
 立成がもう一度、未練がましい台詞を吐いたが、積極的に芳川に翻意を促すようでもない。
「どう? 生駒さんが跡を引き継いでみたら」
と、コロリと矛先を向けてくる。
「え?」
「どう?」
 なおも勧めてくるが、本気でないことは目を見ればわかる。
「考えておきましょう。……というのは冗談です。とても私はそんな器じゃありませんから」
 あんな厚かましい企画をできるわけがない、とはいえない。そもそも、全く興味がない。

「おお、それはいい考えだ。生駒さんが引き継いでくださって……」
 芳川も乗ってきたものの、社交辞令であることは、こちらも一目瞭然。
「ところで、解体工事はいつからかかる予定ですか?」
と、さっさと話題を変えてしまった。

 生駒もほっとし、立成も仕事の話になって、すっと背筋を伸ばす。
「三日後からを予定しています」
「はい。で、どんな段取りで?」

「まずはお部屋の中のものを、すべて撤去します。それから内装部材の取り外し。カーペットや畳なんかもそのときです」
 芳川が小さく頷いている。
「最近ではリサイクル関係がうるさくなりましてね」
「ほう」
「たとえば、木材は再生利用しますし、家電製品なども別に取り外します。いわゆる分別ですな」
「なるほど」
「で、がらんどうになった段階で屋根をはずして、構造材を壊します。そして最後に、基礎の撤去という運びになります。芳川さんのお宅は、一戸建てでは珍しい鉄筋コンクリートですから、それらの廃材もコンクリートと鉄とに分別して搬出します」
「なるほど。なかなか手の込んだことをするんですね」
 芳川がニコリとしていった。
「あの、ひとつお願いがあるのですが」
「はい」
「実は、床下に壷があると思うのです」
「壷?ですか」
「いえ、まあ、なんというか、いわばタイムカプセルです。私が子供時分に埋めたものでして」
 芳川はよほどばつが悪いのか、下を向いて、手を揉んだ。
「当時、流行りましたでしょう。中に何を入れたのか、もう記憶にないのですが、実家の思い出の品ということで取り出したいのです」
 言ってしまってすっきりしたのか、意を決したように毅然として立成に伝えている。
「壷といっても、瀬戸物でできた駅弁の容器で、もう粉々になってしまっているかもしれませんが」

 面倒なことだ。
 壊してはいけないものが、しかもそんなに深いところに埋まっているわけでもないものを気にしつつ解体するというのは。
 しかし立成は、そんな表情は微塵も見せずに、
「お安い御用です」と、朗らかに言った。
「見つかりましたら取っておきますよ。どの辺りに埋められたんです?」
「いや、そんなお手間は取らせませんよ。自分で探しますから。床板はいつ外されます?」
「はあ。内装を外すときの最後に」
「じゃ、そのときに探しに行きます。お邪魔にならないようにしますから」

 仕事の話といっても、おまけのような話だった。
 解体業者に頼んでもいいのだろうが、万一見つけるのに苦労すれば、作業員から立成は嫌味のひとつも言われるだろう。
 芳川自身が自分で探すと言うのだから、好きにさせておく方が気が楽だと思ったのか、立成はあっさり芳川の妙な申し出を受け入れた。

「では、正確な日程が決まり次第お知らせします。でも、どの部屋の床下とおっしゃっていただいた方が正確ですな。多分、床板の撤去は一日で済むとは思いますが」
「別棟の中央の部屋です。そこが私の部屋だったもので」
「あぁ、木造部分の建物ですな。わかりました」

 立成の方も、思い出したというように芳川に申し入れをした。
「お庭の木のことなんですが」
「はい?」
「生駒さんに見てもらって、切るものと残すものを判断してもらおうと考えています。芳川さんの方から、これは切らずにおいて欲しいというものはありますか?」
「そうですねえ。これといって……ないですね。お任せしますよ」
「立派なお庭ですし、思い出もたくさんおありかと思いますが」
 重ねて問うたが、芳川はそれには関心がない様子だった。

 短い茶話会は終了となって、手すり調査隊は事務所を出た。
「助かったよ」
 立成がエレベータが下り始めるなり礼を言ってくる。
「なんの。僕が来なくても、立成さんが見つけられたでしょう」
「それにしても、あれは妙だったな」
「施工不良ではないですね。きちんと五枚ずつというのは、意図的な臭いがする」
「うむ」
「おっしゃったように、内部の犯行ですね」
「芳川さんに恨みを持っているやつが、社内にいるんだろうよ。あれほど一気に大きくなった会社だ。社外はもちろん、社内にもいろいろ軋轢があるんだろうな」
「かもしれませんね」

 透明感のある秋の日差しとはいえ、大地に蓄えられた熱はまだ冷め切ってはいない。
 三人は、せっかく冷ました体を灼熱の車内に入れることをためらうように、ロビーに立ち止まった。
「ところで、これまた急な話で申し訳ないんだけど、さっきの話。須磨の敷地の木」
「はい」
「残しておいた方がいいものを、選んでおいてくれないか」
 立成が鞄から数枚の書類を取り出した。
「描いてもらっている計画に即した形で構わない」
「ええ」
「芳川さんはあのとおり。わしも生駒さんにお任せだ」
 立成がよこしてきた敷地図には、手回し良く、めぼしい木にはすでに印が付けてあった。

「移植というのは無しにして、その場で残すものという目で選んで欲しい」
「了解です」
「で、その残す木を、解体業者に伝えておいてくれたらいい。業者にはわしから、生駒先生から指示があると連絡しておくから」
 解体工事のスケジュールや業者の連絡先を記載した書類を手渡された。
「それでな、例のタイムカプセルってやつ」
 立成が現況図にマークをつけた。
「もし時間があるようだったら、ついでに……」
「彼の口ぶりでは、見られたくないもののような」
「そうかな」
 生駒は、単に面倒なだけだったが。
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