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ノブ、それって空耳 作者:奈備 光
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24 ラ

 生駒と優が、伊知のマンションで現場検証の真似事をしているころ。

・・・・・・・・・
 立成清次は事務所に工事業者を呼び、芳川邸解体工事の打ち合わせを行っていた。土地売買契約が整い次第、工事にかかる予定だ。契約は近い。
 業者とスケジュール確認をしながら、もっと工期を短縮できないかと希望を出した。

 業者が帰ると、ソファに浅く腰をかけ直し、背もたれに首を乗せ、目をつぶって深くため息をついた。
 ポケットから携帯電話を取り出し、アドレス帳を開いて瀬謡の番号を探した。
 しかし発信はせず、メニュー画面に戻ると、溜め込んだ画像の中から亡くなった妻の写真を開き、再び吐息をついた。

・・・・・・・・・
 芳川了輔は神戸市灘区にある丸山のコンビニエンスストアを訪問していた。
 店に顔を出すと、丸山がアルバイトの学生を怒鳴りつけている最中だった。
 丸山は突然の芳川の訪問に驚き、思い切り気まずい顔をして店から連れ出した。

 近くの喫茶店で、芳川は丸山と向かい合って座った。
 丸山は緊張していた。汗をかき、パーティの日、金谷とひと悶着を起こした挙句に挨拶もせずに帰ったことを、繰り返し詫びた。

 芳川は須磨の海水浴場のことや、ミラーサイトなどの話を出した。
 丸山が飛びつきそうな話題だが、丸山は関心を示さず、ただただ神妙な顔をして、はいとか、いいえとか、そうですね、などとはぐらかすのだった。

・・・・・・・・・
 松任歩美は塊田瑠奈の自宅にいた。
 新大阪にある高級マンションの一室。
 ひとつずつピアノの鍵盤を叩きながら、専用のスパナで弦を締めこんでいった。
 作業が終わると、広くて眺めのいいリビングに移動し、瑠奈が用意していたケーキを前にする。

 瑠奈のこれ見よがしの自慢話に適当に相槌を打ち、さりげなく嫌味のひとつも返し、芳川の話題になったときには目に見えない火花を飛ばしあった。

 ただ、心を占めていたのは目の前にいるふざけた女のことではなかった。
 ずっと気になっていたこと。
 それは、芳川に、伊知馨が自分の母親であることを言い出しそびれてしまったことだった。
 隠す必要のあることではなかったのだが、黙っていたことで、元は秘密でもなんでもないことが、秘密になってしまっていた。

・・・・・・・・・
 塊田瑠奈は優越感に浸りながら、松任に嫌味を言った。
 あなたの試みは失敗だったわね、あんな小細工をして、と。
 向かいに座った女は、それこそ蛙の面に水で、しらっとしているが。

 塊田はもうひとつ、嫌味な質問をした。
 あなたがしていることを、芳川さんが知ったらどう思われるかな?
 これにも、しらばっくれた顔。
 ミラーサイトのことよ。あなたしかいないじゃない。
 あんな腹黒い根暗な犯罪を思いつくって、どんな神経をしているの?と。
 結果は同じ。
 松任は予想通り、これもあっさり否定し、ケーキにもコーヒーにも口をつけず、席を立った。

 瑠奈は今日のことをどのように芳川に報告しようかと、考えるだけでわくわくした。

・・・・・・・・・
 新婚の美咲は、家で夕食の支度があるからと帰ってしまい、瀬謡の店にはいつものように常連客がやってきた。
 しかし瀬謡は、すべてのことに明らかに上の空だった。
 聡い客の中には、どこか具合でも悪いのか、と心配するものもいた。そして注文を間違っていると叱られた。

 馨があんな性格だからといって、親友であることには違いない。
 あらためて寂しさが募ってきたのだった。
 そして犯人への怒りがこみ上げてきていた。

 客が途切れた間に、立成に電話を入れて会う約束をすると、今度は松任に電話を入れ、パーティ出席者名簿に記された丸山の連絡先を教えてもらった。


ーーーーー0809 芳川ブログインタビュー20
二十番目にご登場いただくのは松任歩美さん。
女性の辣腕税理士であり、弊社の社員でもある。
お題は「ミラノのドゥオモの静寂」


海外旅行の経験は多くはないのですが、非常に印象に残ったところがあります。
それはイタリアのミラノの中心街にあるドゥオモ。
ゴシック建築では世界最大の最高傑作として、有名な大聖堂です。

中に入ると巨大な広がりをもった厳粛な空間に包まれます。
高い天井を支えている装飾的な列柱。
美しい大理石のモザイクの床。
薄暗い中にろうそくの明かりが揺れ、ステンドグラスを通して厳かに光が落ちています。
暗い中で見てこその光の存在、光の崇高さ、照らし出される空間の奥行き、そんなことが実感できました。

さて、大聖堂の中の音。
イコール賛美歌という答えが思いつかれますが、私の胸に響いてきたのは、パイプオルガンがお腹を揺する音ではありませんでした。

むしろ静寂という音です。

私たちが日ごろ、いかに多くの雑音に満ちた暮らしをしているか、ということを改めて感じました。
大聖堂の中は全くの無音状態かというと、そうではありません。
人の歩く足音もしますし、観光客の話し声だって聞こえます。
でも、静寂。
あの空間だからこそそう感じさせるのかもしれません。

シーンと静まり返ったなかでの小さな足音と控えめな話し声。
あ、そうそう、カメラのシャッター音も聞こえますね。
そういった音があるからこそ、いっそうその空間の静寂さが際立つとでもいうのでしょうか。

じっとベンチに座って祈りをささげている人。
マリア様の彫像に見入っている人。

そういった人々から離れたところにひとり座って、正面ずっと奥の祭壇を眺めていますと、私の耳にある音が聞こえてきました。
耳鳴りのような音です。ような、ではなく耳鳴りなのでしょう。
アーーーと長く長く引いた音。
はるか遠くに聞こえる列車の汽笛の音のような……。

本来、人の鼓膜が、外部からもたらされた振動によって感じる音がないときでも聞こえている、つまり脳が常に感じている音、というものがあるのなら、こういう音なのでしょう。

それは、音程で言えばラの音でした。
そういえば、私の好きな時間のひとつに、コンサートの始まる前のチューニングの時間というのがあります。
あれはラの音を出して各パートの音を合わせるのですが、その期待感溢れる数十秒ほどの時間がとても好きです。
あの時間も同じように静寂ですね。
ざわついてはいるけれども、それがやがて静まり返り、そして瞬く間に感動と驚きの時間が始まる。
その前触れである静寂の時間……。

静寂。
そしてそのとき、頭の中に響いてくるラの音。
それを感じることができる時間というのが好き、というお話をさせていただきました。

前の人が、自分の好きな曲のことを話されたので、私もひとつだけ。
ショパンのノクターンが好きです。
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