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ノブ、それって空耳 作者:奈備 光
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23 現場検証の真似事

「警察によれば、後ろから首を絞められて殺されたということだった。覗き魔が見つかってしまって、突発的に首を絞めたのではないか、ということになった」
「そんな事件があったんかぁ。でも、ノブは犯人を見たんやろ?」
「あれが犯人だったのかもしれない、というだけのこと。しかも上半身裸で、後姿だったし、特徴がなくて」
「捕まらなかったん?」
「ああ……」
 裏の歩道を走っていった男が犯人だったのかもしれない。
 しかし、生駒はその男をよく見たわけではなかった。髪型も体格も。短パンの色さえ。
 その直後、全裸死体を発見するという体験がなかったら、もう少し記憶に留まっていたのかもしれない。しかし、驚きのあまり、脳裏に残されていたかもしれないそんなデータのかけらさえ、消し飛んでしまっていたのだった。

「実はあのとき、ふっと、もしかすると大将の息子じゃないかと思ったんだ。でも、てきぱきと動くもうひとりのバイトを見ていて、こいつかもしれないとも思い始めたんだ。それくらい、わけが分からなくなってたということなんだけど」
「それを警察には?」
「言わなかった」
 その後、自分のこの情けない混乱ぶりが、いつまでたっても心に重くのしかかることになった。
 重要な手がかりを目撃しておきながら、情報として提供できなかったことを。

 もともと、大将の息子を、常に目にしていたわけではない。
 乱暴な男で、おとなしい生駒はできるだけ近寄らないでいたい相手だった。
 雇い主の息子という立場を笠に着て、なにをされるか分かったものではない。そういう臭いをプンプンとさせていた。いわば生駒はプレッシャーを感じていたということだ。

「多感な年頃やからねえ。誰にだって……」
 優は言いかけてやめ、海の家の事件に話を戻した。
「事件の後も海の家は営業してたん?」
「してたよ。ただ、もうひとりのバイトはすぐ辞めてしまったけどね。僕の印象ではクビになった感じだった」

 天神橋筋を北に歩く。
 路面の補修工事中だ。夜間工事なのだろう。昼間は、仮設の鉄板を敷いて通行はできるようになっている。
 九月三日夜から十八日夜までと記された工事看板を横目で見ながら、ガソリンスタンドの角を西へ曲がる。
 東行き一方通行の細い道。伊知のマンションは目と鼻の先にあった。

「ここね」
 十一階建てで、ワンフロア数戸程度のペンシル型のマンション。道の南側にあり、間口は小さく、奥行きは深い。
「伊知さんの事務所は何階?」
「二階。北東の隅の住戸。オートロックだから入れないぞ」
 機械駐車場は建物の手前、天神橋筋寄りに設けられていた。ゲートチェーンが道路のすぐ際にあり、来客が駐車するスペースの余裕はない。
「どのあたりかな」
 チェーンを跨いで入っていき、機械駐を眺める。
 地上二段地下一段のパレットが九つある。突き当りになった最奥部に、少しばかりの植栽スペースが見えた。

「あそこだな」
 高さ五メートルばかりのシマトネリコが三本。足元は、徒長枝を盛大に伸ばしたツツジの潅木で覆われている。
 植栽帯の南側には、裏の建物との境界として白いネットフェンスが張り巡らされていた。
「ほら、あそこ、通り抜けられる」
 植栽スペースの左端、コンクリートブロックの塀が回っており、塀とフェンスとの間に人がかろうじて通り抜けられるほどの隙間があった。

「なにかお探しですか?」
 突然、後ろから声がした。
 胡散臭そうな目でこちらを見ている中年男の姿があった。
 作業服の胸元に名札をつけている。株なんとか住サービス。マンションの管理人らしい。
「あ、いえ」
 生駒は適当に退散しようとしたが、優は聞きたいことがあるらしい。
「私たち、伊知さんの友人なんですが、どんなところでお亡くなりなったのか、見ておきたいと思いまして」
「ああ、そうですか」
 男は愛想笑いを浮かべたが、目に浮かんだ不審感は払拭されてはいない。

「この中で見つかったんですよね……」
 優はうなだれて植栽スペースに向き直り、手を合わせ、目を閉じた。生駒もあわてて黙祷する。
「バッグなんかも、この中で……」
 優が独り言のようでいて、管理人に問うような口ぶりでいった。
「はあ」
「伊知さんの車は車庫に入っていたんですよね……」
「そうです」
 男は不審感を解いたようだ。
「車はどれですか?」
「あれです」
 地下ピットの最奥のパレットに納まった車はアルファロメオ。
 国産車に混じってその真っ赤な車体はひときわ存在感を放っていた。

「入口のチェーンはいつも閉まっているんですよね」
 優が振り向きざまに聞く。管理人は振り返って、あのチェーンのことか、と聞き直す。
「駐車場を借りている入居者しか、リモコンを持っていませんから」
 事件時も、もちろん閉まっていたはずだということだろう。
「伊知さんのリモコンは車の中に?」
「それは……」
 男の不審感がまた頭をもたげてきたようだ。

 ちょうどそのとき、照明がついた。
 タイマー設定がされているのだ。マンションの玄関周りやゲートチェーンの辺りが、明るく照らし出された。しかし駐車場の中は薄暗いまま。ブラケットがそれなりの間隔で設置されてはいるのだが、点灯していないものが多い。
「夜になればここは相当暗くなりますねえ」
 管理人は、自分の落ち度を責められると思ったのか、
「管理費の削減をオーナーさんのほうから要望されていまして」
と、無点灯のブラケットにちらりと眼をやった。

 これでは人目につきにくい。
 前の道路にたとえ通行人がいたとしても、駐車場の中は暗がりで見えないだろう。
「では、ごゆっくり」
 管理人はわけのわからない台詞を吐いて、姿を消した。
「ふん。じゃ、ゆっくり見させてもらうとするか」
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