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【link world project】企画参加中

【LWP】本日、臨時休業

作者: 彩羽

LWP企画に参加させて頂いています。ありがとうございます。

「はぁっ、はぁ……っ」

 腰より長い、くるくると癖のついた金色の髪を揺らしながら、キラは朝日の射す鎮守の森の中を走っていた。金色の髪の隙間から覗く茶色の耳は恐怖に垂れ、水色の着物から伸びる尻尾も怯えを表していた。後方から迫る追手に、少女の目には大粒の涙が溜まっている。

 ガシャン、ガシャンという音が、耳の奥で不気味に反響していた。

 真っ白な頭で、何よりも早く足を動かすよう指令を出す。

 自分より二回り以上も大きな、圧倒的な鉄の塊が三つ。

 毎日の習慣で、店に並べる薬の材料である薬草を採りに来た、ただそれだけのはずだったのに。

「……ぁっ!」

 不意に、小石に(つまづ)いて転んでしまう。立ち上がろうとしたが、上手く力が入らない。

 振り返ると、得体の知れないモノは近づいてきている。

「だ、誰か……っ」

 誰か、助けて――……。

 そのときだった。

 鋭い風が吹き、何かが凄まじい速さで駆けた。

 赤茶色の短い髪と、同色の犬の耳は見覚えのあるものだった。

「アキくん!」

 十三歳と幼いながらも、すでに大人に混じって任務をこなす忍の少年だ。

 アキは素早い蹴りを三体の敵に食らわせ、右手に溜めた電撃でまだ起き上がろうとする一体の頭を掴んで、地面に叩きつけた。

 完全に動かなくなったことを確認したアキは、後ろで震えるキラに手を伸ばす。

「おい、大丈夫かよ」

「アキくん……ありがとう」

 籠の中を確認すると、中身が半分近く落ちてしまっている。

「お前、しばらくは採りに来るな。最近この森、少しヤバイから」

「どうして?」

「下っ端のオレらにはまだ詳しく知らされてないけど、最近森で妙な連中がうろついているらしい」

「そうなんだ。でも、あたしの家は薬屋だから、薬草がないと……」

 生まれて間もなく母親を亡くし、父と二人で営んでいた薬屋は、よく効くと国でも評判だった。忍の国の忍びたちや、遠くから買いに来てくれる客のためにも絶やすわけにはいかない。二年前に他界してしまった父のためにも、客の信頼を失うわけにはいかないし、店を守るのは自分の使命だと思っていた。

「そんなこと言ったって、もう追いかけられたくないだろ?」

 それはイヤである。あんな不気味なのに追いかけられる悪夢など、夢の中だけで充分だ。

「でも、お店が……」

 そう言うと、アキは諦めたように赤茶の髪を掻いた。

「じゃあ、明日から朝は迎えに行ってやる。それでいいだろ?」

「ホント? ありがとう!」

 アキがついて来てくれるなら安心だ。

 素直に礼を口にすると、照れくさそうにそっぽを向いた。



 家に戻ったキラは、すぐに店を開店する準備を始める。

 少なくなった分の薬は昨日のうちに補充してある。今日採った分の薬草は、空いた時間で、売れ具合をみながら薬にしよう。

 店は開店してすぐに客が来た。風邪が流行っているらしく、風邪薬を買いに来る客が多い。

 そこへ、銀色の髪を揺らしながら、背の高い青年がやって来た。

「開いているか?」

「オトガミさま⁉」

 六人衆の一人である弦月オトガミにびっくりして尻尾が自然と伸びる。

「朝早くすまないな」

「いえ、もう開店して随分経っていますし」

「そうか」

 茶色の尻尾が大きく揺れている。緊張で心臓がバクバク鳴っている。

 落ち着け、と自分を宥めながら、キラは店主として声を絞り出した。

「ほんじゅつはお日柄もよきゅ……っ⁉」

 あ、違う違う。

 オトガミも何を言われたのか分からず、目を丸くして首を傾げている。

「じゃ、なくて、本日は何をお求めですか?」

「あぁ。ウロガミが最近咳き込んでいてな。まだ軽いんだが、酷くなると困る。そこで、風邪薬が欲しいんだ」

「え、ウロガミさまが風邪を?」

 忍の国を統率する忍頭領のウロガミが倒れたら大変だ。それに、アキが言うには、鎮守の森に異変があるらしい。

「あの、お言葉ですが、風邪は引き始めが肝心です。あたしが薬を調合しても構いませんが、それよりもお医者さまに診てもらって薬を処方してもらう方が一番良いのですが……」

 店に来た客に頭痛薬や腰痛薬、もちろん風邪薬も調合して売っている。どんな症状が出ていて、どんな薬が必要なのか。簡単な医学知識はあるから、直接病人が訪れることもあるし、自分から出向くこともある。

 だが、相手は忍頭領のウロガミである。無責任かもしれないが、下手な薬を渡して酷くなっては大変だ。

「とりあえず、咳止めを渡しておきますので、熱が出たり、咳が長引くようなら楡ヶ森先生に診てもらった方がいいと思います」

 オトガミと同じ六人衆の一人である、医者の楡ヶ森オウルを思い浮かべながら進言する。

「分かった、そうしよう」

 頷くオトガミを見て、キラは薬を入れた引き出しから咳止めの薬を出した。

「呼びましたか?」

 そこへ、つい今しがた名前が出た当の本人が登場する。

「あ、楡ヶ森先生! えっと、ほんじゅつはお日柄もよきゅ……っ」

 また噛んでしまった。

「おや、店主がいませんね。今日は休みでしたか?」

「ここにいます!」

 手を大きく上げて存在を主張すると、今気がついたと言わんばかりに、わざとらしく目を丸くした。

「おやおや、小さくて気がつきませんでした。こんな子どもが店主をしているとは、感心です」

「子ども扱いしないでください! あたし、もう十六歳なんですから!」

 たとえ偉い人でも、そこはしっかり主張しなければ気が済まない。

「外見はともかく、腕は信頼していますよ。……前置きはこのくらいにしておいて」

 酷い話である。

「薬を頂けますか?」

「え、お薬ですか?」

 医者であるオウルも薬の調合はできるはずである。それも、自分が調合するより良く効く薬を。

「森の調査のために派遣した忍のケガに薬が追いつかず、最近では風邪まで流行り出しているようで。薬が追いつかなくなっていましてね」

「そういうことですか……分かりました」

「明日で構いません。内容はこちらに記載していますので、朝一番で持って来て下さい」

 渡されたメモには細かく薬の名前や数がびっしりと記載されていた。これを明日の朝までに用意するためには、徹夜しなければならない。

「では、頼みましたよ。それからあなたさえ良ければ、ウロガミ様を診ますが?」

「あ、あぁ。今薬を貰ったところだからな。これで治まらなかったら、そのとき頼む」

 急に話を振られたオトガミがそう返事を返すと、オウルは少し残念そうに笑った。

「そうですか。それでは」

 用件を済ませて満足したのか、オウルは飛び立って行った。

 そこで、今朝のことを思い出したキラは、オウルを追っていた視線をオトガミに戻した。

「そういえば、オトガミさま。今朝、鎮守の森で……」

「何かあったか?」

「えっと、大きな鉄の塊が三体、追いかけてきて……アキくんが倒してくれたんですが……」

「その件なら報告が上がってきている。俺も実際に目にしたが、見たことのないカラクリだった。お前も、森に行く際には気をつけた方がいい」

 そうしてオトガミも、「世話になった」と言い置いて去って行った。

 残されたキラは、渡されたメモを眺め、薬草の確認をした。奥の引き出しを開けていき、がっくりと肩を落とす。

「薬草が全然足りない。明日の朝までだし、採りに行かなきゃ」

 しかし、またあの変な鉄の塊に追いかけられたらどうしよう。先ほどオトガミにも、森に行くならば気をつけろと言っていたばかりだ。

 そこへ、新たな人物が訪れた。

「キラ、いるか?」

「アキくん!」

 赤茶色の耳を動かしながら入って来た少年に、キラの尻尾が振れる。

「軟膏が切れてるのを忘れててな、在庫あるか?」

「うん! そうだ。アキくん、この後仕事?」

「いや、今日は非番だけど……何かあるのか?」

「実は、楡ヶ森先生にお薬を頼まれて、これから薬草を採りに行かなきゃいけないんだけど……もし時間があるならついて来てくれないかな?」

 そう言うと、アキは呆れたように口を開いた。

 首を傾けてお願いする。アキの身長はキラとあまり変わらず、顔がはっきり見える。

「別に、それくらいいいけど……店はどうすんだよ」

「今日は臨時休業」

 急ぎの客は対応するが、それ以外の客には後日改めて来てもらうことにしよう。

 軟膏を手渡しながら、キラは困ったように笑った。

 それでも、オウルの仕事を手伝えるのは光栄だ。

 自分は医者ではないから、助けられない人が大勢いる。そんな、自分の助けられない人を助けてくれるのが医者だ。そして、そんな医者の手伝いをできるのを誇らしく思う。それと同じくらい、国を守るアキたち忍の手伝いをできる自分も誇らしい。

 自分がこの国で、どれだけのことができているかは分からないが、自分にできる精一杯で、たくさんの人の期待に応えたいと思う。

 そう胸に誓いながら、キラはアキと共に森へ向かった。


明日の朝の薬は何とか間に合いました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何といってもキラちゃんのキャラクタ-! イラストや設定は以前から拝見していましたが、実際に小説を拝読すると魅力が増しますね。 [一言] 拙作のオウルを登場させていただきありがとうございます…
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