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サカズキ

作者: 希鳳


 これは、俺がまだ高校二年生だったころの話だ。当時の俺はかなりヤンチャをしていたと思う。酒も飲んだし、煙草も吸った。無免許でバイクに乗って警察に捕まったこともあった。今思えば相当馬鹿な奴だったと思う。

 そんな馬鹿だった俺にも親友がいた。そいつとは幼稚園からの馴染で、高校に入るまではいつも一緒にいた。高校に入ってからもそれは変わらなかった。そいつの名前は『倉澤月音』という。身長が一五○くらいしかなくて、体つきも華奢だし声も高いもんだから私服の時はいつも女子だと間違われていた。すごく人懐っこい人柄でどんなに俺が悪い奴とつるんでもにこにこ笑いながら昼飯に誘ってくるような奴だった。

「マサくん、一緒ごはん食べよう?」

「……お前、学校でマサくんはやめろって」

「え、どうして?」

「…………いや、やっぱいい。屋上行こうぜ」

 その日も、俺たちはいつものように屋上で一緒に弁当を食った。下校途中に拾った猫の話や、家で飼っていた犬のラヴがぼけ始めたこと。学校の近くでものすごく美味しいラーメン屋を見つけたこととか、そんな他愛もない話をしながら飯を食った。

 ――何も変わらない、ほんとにいつも通りの日常。代り映えしない日常にしびれを切らして馬鹿やってる俺とは対照的に、月音はそんな日常を楽しんでいるようだった。

「ねぇ、マサくんは幽霊とかって信じる?」

「いきなりなんだお前」

「いや、どうなのかなって」

 突然そんなことを聞いてきた月音の顔はほんのすこしさみしそうに見えたのを覚えている。あの時俺、なんて答えたんだっけ。


      ◆


 その日の晩、俺は酒を飲んで家に帰った。友達の家で飲み会をして、深夜零時を回ったところでお開きになり、おぼつかない足取りで家に帰ったのを覚えている。満月が綺麗な雲ひとつない夜空には無数の星が瞬いていた。いつもは街の明かりのせいで星はあんまり見れないのだが、あの日の晩は夜が遅かったからか、いつもよりも綺麗に見えたのが印象に残る。

「おかえり。遅かったね」

 家に帰りつくとなぜか玄関前に月音がいた。玄関にもたれるようにして立っている月音は、屈託のない笑顔を俺に向けていた。

「何してんだお前」

「マサくんこそこんな夜中まで何やってたのさ」

「……何でもいいだろ」

「あ、顔が赤い。マサくんお酒飲んだでしょ」

「うるせぇ。とりあえず上がれよ」

 会話もそこそこに、俺は月音を俺の部屋に招き入れた。月音はきょろきょろと部屋を見回し、ニッと笑うと「昔となんにも変らないね」と言った。この日以前、最後に月音が俺の部屋に入ったのは確か中一の頃だったと思う。基本的にいつも俺が月音の家に遊びに行く形で、月音から誘いに来ても、家に上がることはほとんどなかったと思う。

 俺と月音はベッドに隣り合わせに腰かけた。隣に立ったり座ったりすると、月音がいかに小さいかがよくわかる。当時の俺もそんなに身長が高いわけではなくて、平均身長よりも若干高い程度だったのだが、月音はそんな俺よりも頭一つ分、いやもうちょっと小さいか。そのくらい小柄な体つきだった。

「今日はねどうしてもマサくんに渡したいものがあってさ」

 そういって月音がパーカーのポケットから取り出したのは、文字盤の裏側に三日月の彫刻がされた懐中時計だった。時計だとか、ブランドだとかそういうのに疎い俺にも分かるくらい高そうな時計だった。

「なんだよこれ」

「何って、懐中時計だよ?」

「いやそれはわかるんだけど……」

「もしかしていらなかった?」

「いや、そういうわけではなくて……」

 なんて言えばいいのか分からなかった俺は小さく「ありがとう」と言って時計を受け取った。そんな俺を見て月音は楽しそうにクスクスと笑う。

「何笑ってんだよ」

「なんか可愛くて」

「可愛がられるのはお前の仕事だ」

「そういえばそうだね」

 微妙な沈黙。俺は気まずくなって部屋の窓を開けた。窓からは大きな満月がのぞいている。窓から入り込む新鮮な空気が心地よかった。

「僕ね、マサくんのこと好きだよ」

「は、はい? どうしたいきなり」

 突然のことにうろたえる俺。月音はまた楽しそうに笑った。

「かっこよくて、強くて、頭もよくて。友達思いでとっても優しいところもあって。僕はずっとマサくんに憧れてた」

 ぽつぽつと独り言のように言葉を紡いでいく月音はどこか儚げで、今にもそこから消えてしまうのではないかというぐらい存在感が希薄だった。

 触れれば壊れてしまうのではないかというような華奢な体に俺は手を伸ばした。そっと俺の手が月音の肩に触れる。

「どうしたお前。何かあったのか?」

「いや、ちょっとね……」

 不意に視界が陰る。月音に押し倒されたと思った時には遅かった。唇に触れる柔らかいものが月音の唇だと気付いて体が硬直する。ベッドに倒れた俺に月音が覆いかぶさる格好。いったい何が起きているのかさっぱり理解できない。そっと月音の顔が俺から離れる。ほんのり上気した顔が本当に女子のようで変な気分だった。

「お、おお、お前酔ってんのか!?」

「失礼だなぁ酔ってるのはマサくんじゃないか」

 そう言って月音はゆっくりと俺の上から離れると、まっすぐに部屋から出て行った。出ていく直前に少しだけ振り返って「じゃあね」と言った月音の優しい声がいつまでも頭に反響していた。


      ◆


 翌朝学校に行くと月音の机には花束が置かれていた。なんでも月音は心臓発作を起こし、昨日の深夜零時に息を引き取ったのだということだった。

 ――俺は走った。家に駆け込み、自分の部屋に辿り着いて机の上に目をやると昨日の懐中時計と、昨日はなかった手紙が置かれていた。手紙には小さく「さよなら。大好きでした」と書かれていた。いたんだ、ここに。アイツは昨日、確かにここにいた。

「ねぇ、マサくんは幽霊とかって信じる?」

 今思えば月音はきっと、自分の死期を悟っていたんだと思う。だからこそあんな不思議な質問を俺に投げかけたんだ。あの日の俺はただ泣くことしかできなかった。生まれつき心臓病を患っていることは知っていた。だからって、急すぎると俺は泣いた。親友を失った悲しみと、親友の気持ちに応えてやれなかった自分の不甲斐無さに泣いた。


      ◆


 そして今、俺は大学で心霊現象だとか、そういったものについて研究している。もう一度、月音に会うために。今度は俺が月音に伝える番だ。

 今日はあいつの三回忌。あいにく満月ではないし、若干曇っているがまぁそれは仕方がない。深夜零時の俺の部屋で、俺は部屋の窓を開けて床に胡坐をかいて月を見ながら日本酒を飲んだ。

「お前と一緒に飲みたかったなぁ酒。なんで逝っちまうんだお前は」

 俺がそんな独り言を呟きながら酒を飲んでいると後ろに誰かが立つ気配があった。一瞬母さんかと思ったが、その声ですぐにわかった。

「ただいま。今度は僕が遅くなったね」

「バカ野郎。もっと早く出て来いってんだ。月音のくせに生意気だぞ」

「ひどい言われようだな」

 月音は苦笑しながら俺の横に座る。微かに光っているように見える月音は、もうこの世の人間ではないのだと言外から告げているようだった。

「月音、お前酒飲めんの?」

「少しなら」

 俺たちは二人並んで月を見ながら杯を交わした。高校時代の話や大学での出来事だとかそんな他愛もない話をしながら酒を飲んだ。どのくらいの時間が経っただろう。月音はゆっくりと立ち上がって「もういかないと」と言った。

 立ち上がった月音はあの時のようにまっすぐに部屋から出て行こうとした。

「月音!」

 呼び止めると月音は困ったような顔で俺を見た。

「もう時間がないんだ……」

「関係ないね」

 月音の言葉を遮って俺は月音と唇を重ねる。驚いたように固まる月音から離れ「好きだ」と言った。

「好きだった。月音のこと、ほんとに好きだった」

 月音はしばらく唖然として、クスッと笑いぼろぼろと涙をこぼした。月音のこぼす涙は床に落ちる前に虹色の光になって消える。その虹色に月音の体が包まれていく。

「また一緒に酒飲もう。『じゃあね』とか『さよなら』とか言うな。こういうときは『またな』って言うんだよ」

 月音は泣きながら笑っていた。虹色の光に包まれて、とうとう月音の顔が見えなくなった。

「ありがとう」

 最後にそう言い残して月音は消えた。残ったのは「またね」と書かれた小さな紙切れ。

 俺はこれからも心霊現象の研究を続けるだろう。もう一度、月音と酒を飲むために。


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