「インスタント通り魔」 in グラインドハウス
とある街のコンビニで深夜アルバイトをしている32歳の男、笹山は重いため息をつきながら、カップ麺の陳列棚の整理と商品の補充していた。
「はぁ…、疲れた…。めちゃくちゃ疲れた…」
しかし働かなければ生活ができない。
働いていた運送屋が不況で倒産した今、深夜のアルバイトでなんとか生計を立てている状態に笹山は疲れていた。
コンビニのバイトは嫌ではないのだ。商品の陳列期限が切れて廃棄処理される弁当や惣菜、パンにデザートなとは食べ放題だし持ち帰りも自由なので、食費がかからないので助かっている。コンビニの商品をタダで食べられるってある意味贅沢だよなとも思ってるくらいだ。
しかし、再就職ができないことは笹山には大きな悩みであった。
なにせ、アルバイトは給料が安いし先の保証がゼロなのだ。
そして、バイトをしていて何よりつらいのは「バイトなんてワガママばっかで融通きかなくて働きが悪い。使い捨てのくせにさ」という扱いを店長にされることであった。
深夜アルバイトのリスクなんて知らないくせに。
いつ襲撃してくるかわからない強盗に怯え、ウザイ酔っぱらいにからまれ、イチャイチャするバカップルにムカつき、挙げ句には同じシフトの奴が怠け者でウザイウザイウザイ!
こんなに心労を抱えて働いてても、保証がない使い捨てなんて……。
やってらんねーし! とふてくされたくもなるだろう。
さしずめ店長は呑気にベッドで高いびきかいてるか、嫁とセックスしてるか、ネットのエロ画像をつまみに酒を飲んでいるかだろう。全くいい気なもんだと笹山は盛大にため息をついた。
陳列棚の整理をしながら再度大きなため息をついて、
「あ~あ~…、いつまでもこんな生活してたら、通り魔でもしたくなるぜ」
ぼやきながら、カップ麺を手に取り、専用の機械でバーコードをスキャンする。
消費期限が切れていないかマメにチェックしないといけないからだ。
どこの店にも悪質なクレーマーが存在して、そいつの餌食になったらたまったもんじゃないからだ。
ピッ――
「あれ?これ、新商品だな…。つーか、何だ? カップ麺にしちゃあやけに重いぞ」
笹山は、不自然な重量感がある黒いカップを手に取り凝視した。
「は? 何だ…?」
その真っ暗なパッケージには白い楷書で『インスタント通り魔』と銘打ってある。
「インスタント通り魔ぁ?」
首を小さくひねり、パッケージに記載されている作り方に目を走らせる。
「なになに…、お湯を注いで3分でお手軽に通り魔が作れますだぁ?」
眉間にしわを寄せて訝しがりつつも、
「この商品は国の健康促進商品に認定されています…? は? 通り魔が健康促進商品て、意味わかんねーし…」
つーかぶっちゃけギャグだろ? と笹山は鼻を鳴らしたがしかし、何だかやけに気になって仕方がない。
お湯を注いで3分で通り魔が作れるって…。
「本当に、通り魔なんて作れるのかよ…」
まじまじと見つめていると、店の入り口のチャイムがなり、客の来店を告げた。
「いらっしゃいませー」
入り口にちらりと目を配らせると、中年男性が千鳥足で店内を徘徊している。
(うわぁ…、明らかに酔っぱらいのオッサンだよ。マジ面倒くせーな…)
カウンターを見ると、もうひとりの女性アルバイターである瀬田がいない。
よく見ると、カウンターの後ろのタバコ倉庫の戸が数センチ空いている。
きっと瀬田は倉庫の中で携帯をいじって遊んでいるのだと笹山は当たり前のように悟った。
(まあ、女の人に酔っぱらいの相手はきついだろうからな…)
心の中で盛大にため息をつき、とりあえず泥酔した客に絡まれないように、なるべく目を合わせないようにと手に持った黒い容器のカップ麺――いやいや『インスタント通り魔』をそっと陳列棚に戻そうとした。
が、しかし…。
「うぃ~、腹減っちっまったあ~。ひっく…。やっぱ呑んだ後はラーメンだよなぁあ! ひひひっ」
右へ左へフラフラとしながら凄まじい酒の臭気を放ち、だらりと締まりのない顔の男は、気が付くと笹山の背後に迫っていた。
(しまった。カウンターに気を取られ過ぎて、オッサンの動きをチェックしてなかった!)
笹山は自らの凡ミスを悔いたが時すでに遅し…。
「よお~、にいちゃん、元気かぁあ~?」
ひひひっと笑いながらご機嫌で語りかける酔っぱらいに、
「あぁ、…は、はい」
とりあえず酔っぱらいは機嫌を損ねると非常~に面倒くさいので、曖昧な笑みを浮かべつつも、客の応対をする。
「ラーメンはいいよなぁ~。ひひひひ」
「は…はい(いいからさっさと選べよ)」
「ラーメンは、やっぱりいいよなぁ~。ひっひっ、ひゃひゃひゃ、あひゃっ♪」「……(あ~あ…、ジジイ、笑いのスイッチ入っちまったよ…)」
「あひゃっ♪うひひゃ♪おひょひょはひゃ§¢£*」
(アホ丸出しだな…)
やれやれと思いつつ、泥酔者の奇妙な笑い声なんて、笹山にはもうすっかり慣れっこだったりした。
とりあえず、酔っぱらいでもたとえ数百円の金しか落とさなくとも、客は客。笑顔は絶やさずに。
笑顔、笑顔。笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔…
(んまー、うぜえよ、ジジイ。早く帰れっつーの)
無理な笑顔によって蓄積されるストレスを客に悟られないように飲み下す。
「ひひひ。おぅっ、こりゃ何だぁ?」
客は、カップ麺の棚に手を伸ばしそれを取り、焦点の定まらない目を凝らして、
「なになに~、インスタント通り魔だぁああ~?」
瞬時に笹山はしめたと思った。このジジイにこれを買わせて、中身を確認できればと考えたのだ。
「そちらは、ウチのオリジナルでしかも限定品です」 適当な説明で客の反応を伺う。
「何? 限定品とな?」
酔ってはいるものの、このオッサン、よほどラーメンが好きらしく、笹山の話にがっつりと喰いついてきた。
「うまいのか? これ、うまいのか?」
「そりゃあ、限定品ですので、味はもちろん」
「何味だ? しょうゆか?味噌か? 塩か?」
「ちなみにお客様は何味がお好きですか?」
笹山が尋ねると、
「俺か? 俺ぁ~、やっぱり味噌だなあ~♪」
「そうそう、偶然にもこれは、味噌味なんです」
「おお~、味噌かあ~」
客は躊躇なく『インスタント通り魔』を手に取った。
記憶があやふやな泥酔者を誘導するのは案外楽であることも笹山はしかと心得ていた。
「お湯がありますので、すぐに食べられますよ? よろしければ、お作りしますが」
「おお~、にいちゃん、バイトのくせに中々気が利くじゃねぇ~か! 近頃のバイトっちゅうのは、働きが悪い割にゃあ~、愛想はないわふてくされてるわ――――」
「はいはいそーですねー」 普段はムカつく客の暴言なんぞは、今は全く耳には入らず、簡単に受け流し適当に相づちをうつ。
(インスタント通り魔、インスタント通り魔、インスタント通り魔…)
笹山は、ほんのりワクワクしながらレジへと向かう。
笹山と客の気配を察知したのか、瀬田が倉庫から怪訝そうな顔をにゅっと出し、渋々姿を現した。
やる気のない挨拶を蚊の鳴くような声で面倒くさそうにつぶやくと、嫌味混じりのため息をひとつついた。
「ねぇ、瀬田さん、この商品知ってる?」
笹山はレジに入り小声で訪ねた。パッケージを見て瀬田は「は?何?インスタント通り魔ぁ…?」とつぶやき、更に眉間にしわを寄せた。
「お湯を入れたら、3分で通り魔が作れるらしいよ」 笹山がそう説明すると、
「バカじゃない? どうせそんなのシャレでしょ?」
瀬田は笹山を明らかに見下すように、今度は嫌悪感をちりばめたため息を盛大についた。
「……」
笹山は思う。
インスタント通り魔がもし本当に作れるなら、この口だけ達者で怠け者のクソ女を真っ先に始末して欲しいと。
心の中でぼやき、レジでバーコードをスキャンすると、
「515円になります」
向かいで左右に揺れる酔っぱらいに金額を提示する。
「515円、そりゃあ高級品だなぁ…ひひひ」
おぼつかない指でポケットをごそごそと漁り、ぐしゃぐしゃにヨレた千円札をカウンターに置いた。
(うわぁぁ、汚ねーなあ…)
笹山は若干イラっとしたが、まあ、金は金だし、自分のモノになるわけじゃないので、
「千円お預かり致します」
手早くレジに預り金額を打ち込みお釣りを渡した。
「では、お湯をいれて作りますので少々お待ち下さいませ」
笹山は、カウンターから出てバリスタの隣に設置してあるポットへと向かった。
「さてさて…」
透明なビニールの包装を外して、ペリリとフタを3分の1程剥がす。
すると、黒いビニールのようなものが敷き詰めてあり、そこには
※注意。この上から直接お湯を入れて下さい。
と記されてある。
黒いビニールの上には、まるで液体スープのような袋が2つ入っている。
「なになに、『武器の素』こっちは『残酷スパイス』…どう考えても液体だよなぁ…」
怪しいなと思いながらも、武器の素と、残酷スパイスを黒いビニールの上に流し入れ、お湯を注いだ。
肉まん用のキッチンタイマーを3分にセットして、ちょっとドキドキしながら出来上がりを待つ。
酔っぱらいは、ATMの前で大の字になり寝てしまった。
「ジジイ、3分くらい待てよな…」
笹山は鬱陶しいとばかりに舌打ちしてオッサンをにらんだ。
瀬田は、何も言わずにまたタバコの倉庫へと姿を消した。
笹山は店内でひとり、お湯を入れたインスタント通り魔なるものを見つめて3分間を待つ。
そしてふと思う。
(もしも、本当に通り魔ができたら…ひょっとして)
自分も通り魔にころされるんじゃないか? と言う疑問が浮かんだ。
(だって、通り魔だろ? あれって無差別に人を殺すよな…)
背中に嫌な汗が滲んだ。
(俺、もしかしたら、結構ヤバイことしちゃったかもしれないな…)
タイマーを見ると、残り1分。
(うわぁぁ…、何か怖え…)
てか、どうやってこんなカップから出てくるんだ? ランプの魔神やくしゃみしたら壺から出てくるアレみたいな感じでボワワワ~ンっ! て感じ?
タイマーはあと30秒をきった。
(どうする? とりあえず、危険かもしれないから盾になるもの!)
笹山は、おでんの木蓋を右手に、左手にはお玉を持って構えた。
ピピピピ――――
キッチンタイマーが店内に3分経過を告げる。
笹山はごくりと唾を飲んだ。
が、しかし…。
インスタント通り魔は反応なし。うんともすんともない。
(やっぱガセだったのか?)
笹山は、そろりとカップに近づき蓋に指をかけようとした。
すると、蓋が勝手にペリペリとめくれて、
「あああああああああああああああああああぁあああああ~~~~っ!」
と、地を這うような低い声が店内に響き渡った。
「ちょっと何? うるさいんだけど!」
瀬田は、倉庫から顔を出して笹山を睨んだ。
「あわわわわわ…」
笹山は怖くなり自動ドアの近くでいつでも逃亡できる体勢をとる。
カップの中からは、にょろにょろ~っと黒い何かが出てきている。
「ちょっ…、何? あれ…気持ち悪い!」
瀬田は嫌悪感丸出しで顔をしかめた。
「イ、インスタント、と、と通り魔」
笹山がつぶやくと、
「は? 何? 嘘…でしょ?」
黒いにょろにょろしたスライムのような物体は、やがて人間の形になり、黒から色を帯びて、スタッと床に降り立った。
「あああああ~っ! 腰が痛いのぅ…」
擦れた声でそうつぶやく物体は、しわくちゃで腰の曲がったじいさんだった。
(つーか、真っ裸かよ!)
笹山は心の中で激しく突っ込みを入れた。
「ちょっと、じいさん、全裸でキモい! どっかいけよ!」
瀬田はじいさんを睨んだ。
「まあああああああああああああああああああぁーーーーっ! 最近のおなごは目上の人間に対する口の聞き方も知らんのか!」
じいさんは激怒して、杖を瀬田に向けてガチャンと構えた。
「な、何よ!」
瀬田は一瞬怯んだ、がしかし、特に何も起こらない。
「あ、あれ…? あれっ? あれれれれ??」
じいさんは杖を覗き込み、首を傾げた。そして再度ガチャンガチャンと杖を構えたが、何も起こらない。
「た、弾がでんぞ! どーなっとんじゃ!」
じいさんは笹山を睨んだ。
(いやいやいやいや! 睨まれても、俺、意味わかんねーし!)
言葉を発することなく、首を小刻みに左右に振った。
「ま、まさかっ!」
じいさんはぷるぷるとふるえながら、カップをじーっと見つめた。
「あああああああああああああああああああぁああああああああああああああああああああああああぁーーーー!!!」
じいさんはけたたましく叫ぶ。
「消費期限がああああああーー!!!」
叫びながら、じいさんはどろどろと溶け出して、やがて蒸発してしまった。
「……何だったの? マジで…」
瀬田は、茫然自失である。
笹山は、恐る恐るカップをじーっと見つめた。
「あ、これ、消費期限が切れてたんだ」
笹山も茫然自失になってつぶやいた。




