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  東方乱力録 作者:クロル
ヴォヤージュ1970
 人妖対立がますます深まり、ギスギスした中で慶事が来た。
 つい先日街の名家八意家に息女が生まれた。言わずもがな、八意永琳。
 確証キター!
 やっぱりここ東方世界だった! 永琳と言えばあのAAが思い浮かぶがそれは捨て置き、彼女は月の頭脳・月の住人である。
 月の民は元々地上の民。彼等が月に移住するのは諏訪大戦より以前だったと記憶している。諏訪大戦が大体紀元前300年だから、私は本当に洒落にならないくらい昔に来ていたようだ。どーりで紫も萃香もいないはずだよ……
 紅魔郷が始まる頃には私は何歳になっているのやら。気が遠くなる。
 今が紀元前300年より前だとすると、この超文明はどこかで崩壊するはずだ。いつかは分からないが、少なくとも永琳が成長して月に行ってからだろうし……あと10~30年ぐらい?
 早いのか遅いのか分からん。人間の技術はとっくに平成を通り越してホログラムテレビを作っている。未だに宇宙開発に手が付けられていないのが不思議なくらいである。





 人間が宇宙進出に足踏みをする間に、人妖の対立は決定的なものになっていた。
 人間は強力な重火器で妖怪を駆逐し始め、私と剛鬼の妖の森、あやめの家がある竹林、あとは数匹の大妖怪が守る猫の額ほどの土地以外に妖怪が定住できる場所は無くなっていた。
 私も四の五を言っている余裕は無くなり、妖怪が住む場所を確保しようと奔走している。
 昔人間と妖怪の和平を結ぶと志したが、そんなもの土台無理だった。文明開花の時点で博霊大結界を張った幻想郷の判断がいかに正しかったか分かる。科学を振りかざす人間と妖力を振りかざす妖怪は溶け合えない。争いたくなければどちらかが引き籠もるしかないのだ。
 今更残っている妖怪の領土に結界を張っても土地が足りず生きていけないので、何とか土地を奪い返すしかない。
 力技は主に剛鬼とあやめに任せ、私は諜報活動に勤しんでいた。
 さて、今回の標的は八意家本宅。今日は月面ロケット製造計画会議で大半の住人が出払っている。家に残っているのはまだ幼い永琳と数人の使用人だけ。
「勝手知ったる家の中~♪」
 何度も侵入しているので構造は把握している。解析力と分析力を上げて裏口の扉にパスワードを打ち込んで開き、ひょいひょいと廊下を進んだ。存在力を下げ、妖力を消しているので誰にも気付かれない。ふはははは、使用人が運ぶ盆に乗った菓子をつまみ食いしても平気だぜ。私はやればできる子なのさ!
「出張予定表は書斎かな?」
 戦場では当然怪我人が出る。怪我をしてから医師を派遣するのでは遅い。治療の為に駆り出される八意家の出張予定表を見れば、次に人間がどこを重点的に攻める予定か分かるのだ。
 クッキーをかじりながら書斎の扉を開けると先客がいた。
 若き八意永琳、十歳。本棚に背をもたせかけ分厚い医学書を読んでいる。五秒で一ページめくっているが、それで読めてしまうのが永琳クオリティ。
 流石永琳、私達にできない事を平然とやってのけるっ! そこに痺れる憧れるぅ!
 永琳は本に集中しているし、どうせ気付きもしないだろ。口笛を吹きながら堂々と書斎を探す。机の上には無いな。引き出しの中か?
「何をお探し? 妖怪さん」
「ドッキーン!」
 ぬおわ、心臓が口から飛び出るかと思った。いやちょっとはみ出た気がする。
永琳が本から顔を上げてこちらを見ていた。私がそっと右に移動すると、永琳の顔も右に動いた。
「あれ、見えてる?」
「最近屋敷に侵入者の痕跡があると聞いて、五感が鋭くなる薬を飲んでみたの。
 あなたの事は裏口から入った時から気付いていたわ」
 ジーザス。先日あやめから「白雪って迂闊な所あるよね~」と言われてそんな事無いと否定したのだが、訂正の必要がありそうだ。とりあえずこの場は開き直る。
「で、どうするつもり、永琳」
「私の名前は知っているのね。でも偽名よ、それ」
「それも知ってる」
 本当は八意なんちゃらという名前だった。ややこしい名前だったから覚えていない。公の場でも偽名を使っているので、もうそれ本名にすれば良いのにと常々思う。
 つーか永琳って偽名だったんだね。私は知らなかった。五歳頃に名乗り始めるまでちょっと混乱した。あらゆる薬を作る程度の能力を持ってたから間違いないと確信してたけど。
 ちなみに町の人間の名前は全員覚えている。人間観察……もとい人間偵察の成果だ。しかしここ二百年ほどは人の出入りが激しいので数人は見逃しているかも知れない。
「まあ特にどうもしないわ。あなたをここで排除するのは難しいし。使用人を呼ん だ瞬間に逃げるのでしょう?」
「正解」
 永琳が本に目を戻したので、家捜しを続行する。無いなあ……この部屋には置いてない?先月まで壁に掛けられた電子ブックに書いてあったんだけど。
駄目元で聞いてみようか?
「永琳、出張予定表ってどこ?」
「床下に隠してあるわ」
 普通に答えてくれた。え、聞いておいてなんだけど言っちゃって良いのかそれ。
 探求力と観察力を強化して探すと、床に僅かなへこみがあった。爪を引っ掛けて開ける。小さな空間には重要書類と電子ブックが束になって入っていた。
「何でまたこんな場所に」
「皆あなたに盗まれるのを警戒しているのよ」
 永琳は本から目を離さずに言った。
 何か言葉に違和感があるな……永琳は盗まれても良いと思っているのだろうか。
「参ったねそれは。今度から気をつけるよ。じゃ、さらばだ明智君!」
 書類を抱えて扉の前で振り返ると、永琳は顔を上げて一瞬首を傾げた後、手を振ってくれた。




 それからも何度か八意家に忍び込んだが、ことごとく永琳に見つかった。見つかる毎に指摘される進入方法の問題点を直しているのだが、どうも私のやる事なす事先読みされているらしく、ただの一度も欺けない。
 永琳まじぱねぇ。ここ数年で私の隠行スキルは鰻昇りである。
 永琳の天才度は歳を追うごとにますます上がり、最近では何を言っているか分からない事も多い。
 五で神童、十で才子、二十過ぎればただの人とか言った奴ちょっと出て来い。衰えるどころか磨きがかかってるじゃねぇか。
「昨日の会議で月に行く事が決まったわ」
 ある日書斎のコンピュータの電子ロックを外していると、永琳が部屋に入ってきて言った。三十秒以内にパスワードを打ち込まなければレーザーが飛んで来るので、ロックを解除してから永琳に向き直る。
「それはおめでとう、で良い?」
「おめでとうも残念でしたも同じ事よ」
 なんだそれ。
「月夜見家主導の月面移住計画か……月には妖力が無いから、人の寿命は伸びるだろうね。名家の人間は妖力を`けがれ´って呼んでるけどさ」
「そうねぇ、私は月でも地上でも良いのだけれど、他の名家は命が惜しいみたい」
「いつ出発する?」
「次の満月よ」
 六日後か。
 月人起源を目撃できるとは感慨深いものがある。私が空に浮かぶ衛星に思いを馳せていると、永琳は踵を返した。
「あなたと話せなくなるのだけが残念ね。千年後か万年後か、また会う日を楽しみにしているわ」
 永琳は静かにその場を立ち去った。
 結局、永琳は出合った時から一度たりとも私に敵意を見せなかった。一体私のどこを気に入ったのだろう?
 まあ、私も永琳と再会するのを楽しみにしよう。



 八意家の才女にしばしの別れを。


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